ミーイズム(16日目)
今日は朝から、庭のすみに「あるぱか小屋」が建てられた。
ベネディクトはそれを見届けてから使用人に世話を任せると、すっかり満足したらしい。二年後に毛がどれくらい伸びているのか報告しに来てくれとだけ言うと、あっさりと小屋に背を向けた。使用人とともに残されたあるぱかは、歩き去るベネディクトを見ながらムーと切なげに鳴く。彼なりに、置き去りにされるのが分かったのだろうか。
それにしても、二年後って。
さて、そろそろ彼の観察日記もネタが尽きてきた。
――と言いたいところだが、彼の不思議な言動には終わりが無い。
今日の彼は泣いていた。泣いていたのだ。目を真っ赤にはらし、立ったまま涙を流している。声は上げていない。ただただ、透明な雫だけが頬を伝い続けていた。
私は当然、ぎょっとしたが、すぐに涙のわけが分かった。――彼はなぜか部屋で玉ねぎを刻んでいるのだ。
「……何やってるの」
それ以外、私に聞ける言葉があるだろうか。
ここは厨房ではない。普段、ベネディクトが使用している寝室だ。にも関わらず、なぜか調理台とナイフと大量の玉ねぎが置いてある。彼はナイフを持ったまま、手の甲で目を押さえた。
「泣いてる」
「……玉ねぎを切ってるわけじゃなく?」
「玉ねぎを切って泣いてる」
その言葉からすると、目的は玉ねぎを刻むことではなく、涙を流すことなのだろうか。それにしても、彼が料理(?)をしている姿は非常に違和感がある。彼は私が見ている間にも、危なっかしい手つきで玉ねぎを叩いていた。細剣は扱えても、包丁を握ったことなど無いのだろう。
「なんで玉ねぎ切ってるの」
「涙の効能についての論文を読んだんだ。瞳を保護するために涙が出ると書かれていたが、ならば感動したときや悲しいときに出る涙は何なんだろうな。その感情の涙と、目にゴミが入った際に出る瞳を保護するための涙がどう違うのか、気になるだろう?」
だろう、と当然のように聞かれても困る。
彼は赤い目を手の甲で拭った。そうやって涙を拭う彼は、何だか子供のようで少し可愛い。また、泣いているからか鼻にかかったような声になるのも、いつもよりも幼く見えるから余計である。
「まずはサンプルの採取からはじめようと思ったんだが、いかんせん、涙を集めるのは難しいな」
「……別に自分の涙じゃなくても良いんじゃない?」
「もちろん、それはそれで集めさせてる。私は、感動して涙を流すような特殊な芸は持ち合わせてないからな」
「感動して涙を流すのは、特殊じゃなくて普通よ普通」
「寡聞にも、人間以外の動物が感動の涙を流すなんて事象を聞いたことは無いが」
どうしてそこで動物の話になるのだろう。
自分は人間ではないとでも言うつもりだろうか。そんなことを考えているうちに、じーっとベネディクトがこちらを見ているのに気づいた。私は首をかしげる。
「何?」
「そういえば、魔女の涙が人間の涙とどう違うのかも興味があるな」
「……」
それから一時間、私は彼と一緒に玉ねぎを刻まされた。
おかげさまで一生分の涙を流した気がする。感動するわけでも悲しむわけでもなく、こんなくだらないことで涙が枯れてしまったらどうする。




