ミーイズム(8日目&11日目)
国王の孫娘であるファンディーヌ姫がベネディクトに一目惚れをしたのは、四年前のことらしい。当時のベネディクトは十八歳、そして姫はなんと七歳である。それからベネディクト一筋の純愛(?)を四年間も続けているのだから、随分とませた女の子だ。
それはそうと、ベネディクトにも私と同じ十代の頃があったのかと思うと、とても不思議な気がする。彼が子供だった頃なんて、想像すら出来ないではないか。だいたい、ここに私が来る前に彼がどのような暮らしをしていたのかすら、想像が出来ない。私を買う前は、彼はいったいどんな生活をしていたのだろうか。
ちょっと気になったので、屋敷の人間に聞いてみることにした。
使用人①の証言。
「ここで二年間働かせてもらってますが、べラスコさまは全く変わりませんよ。個性的で素晴らしい方です。え、何かべラスコさまにまつわる話を聞かせて欲しい? …………いや。私の口からは何とも」
護衛①の証言。
「べラスコさまは、お若い頃から泰然としていらっしゃってな。十人の暴漢に襲われたときも、私達が奮闘している中でお一人、通りすがりのご老人と会話をしておられたんだ。随分と意気投合しているとは思っていたが、気づけば、いつの間にか通行人と共に姿を消しておられた。もしや暴漢に連れ去られたのではと慌てたが、どうやら珍しい生物の剥製を集めているという老人の家に行っていたらしい。……あの時は肝が冷えた」
使用人②の証言。
「一年くらい前のことなんやけど、大広間が火事になったんよ。なんでも、べラスコさまが原始的に木をすり合わせて火を起こしたらしい。何でそんなことしたんかなぁ。あんた分かる? 何にせよ、あんときはほんと大変やったんよ。使用人総出でバケツリレーをやったり、書斎の本を全部庭に移動させたりしてさ。しっかし、なんで屋敷の中で火を焚くかなぁ。ねえ?」
執事①の証言。
「私はべラスコさまが十六の頃からお仕えしておりますが、べラスコさまは昔からしっかりした方でしたよ。十六のときには学会で研究を発表しておられましたし、十八の時には王宮に招かれて立派にスピーチをしておりましたし、十九のときには王族の方を屋敷に招いて立派にホストを務めておりました。文句のつけられない方です」
護衛②の証言。
「三年前だったかな。一度、屋敷中の廊下を使ってドックレースをやったんだ。金をかけて勝敗を予想してたんだけど、何レースやっても不思議とべラスコさまが勝つんだよ。最初は何か仕掛けがあるんじゃないかと疑ったけど、最後に残った犬を選んだとしても、やっぱりべラスコさまが勝つんだ。やっぱあの人は何か持ってるんだろうねえ。結局、負けた人間達を不憫に思ったのか、最後はお金を全部返してたけどね」
おおよそ、彼らしいエピソードである。
結局、何年前だろうと今の彼と全く変わりが無いらしい。一応、本人にも聞いてみた。
ベネディクトの言。
「ソフィアが来る前の暮らし? 別に、今と何も変わらないと思うが」
そうですよね。
*11日目
言い訳をさせてもらって良いだろうか。
ここ二日ほど日記が書けなかったのは、決して私のせいではない。確かに私はマメな方ではないが、たった八日で日記を挫折するほど飽きっぽくはないのだ。それではいったい誰のせいかと言えば――それは皆さんもお分かりだろう。ベネディクトである。厳密に言えば彼というよりも、彼の連れてきたモノなのだが、まあ彼が元凶であることには違いない。というか、大抵、どんなことでも原因は彼であるだろう。
あれは二日前の昼下がり。
珍しく庭に出たベネディクトと一緒に日光浴を楽しんでいたときのことだった。最近は気温が低い日が続いており、日光浴と言っても少し肌寒いのだが、それでもやはり陽を浴びるのは気持ち良い。彼の気が変わらないうちにと、庭の中心に向かって意気揚々と歩いていた私だったが――次の瞬間、噴水に頭から突っ込んだ。
水の深さは膝丈ほどだが、足をとられて全身で突っ込んだのだ。頭の先から爪先までを水に濡らし、私は思わず悲鳴を上げた。溜まっていた透明な水は、びっくりするほど冷たい。その上、天に向かって噴き上げる水が、追い討ちをかけるかのように頭の上に落ちてくる。私は慌てて噴水から外に這い出た。
――その一部始終を目撃していれば普通、そこで少しは心配したり取り乱したり手を差し伸べたりしてくれるのではないかと思うのだが、ベネディクトはやはりベネディクトだった。
「どうした?」
噴水に落ち悲鳴を上げた女の子に対する、彼の反応の全てがそれである。
驚きも笑いもせず、彼はただ首を傾げる。どうして噴水に飛び込んだのだろう、とでも言いたげな表情に声音。私は風の冷たさに体を震わせながら立ち上がり、彼の背後にちらちらと見え隠れする物体に指を突きつけた。
「何よそれ!」
そこには彼と同じくらいの大きさがある謎の生物が立っていた。どう表現したら良いのだろう。私の知っているどんな動物にも似てない。真っ白でふわふわとした毛を持った、首の長い生き物。目がぱっちりとしたそれは、私の視線を感じたのか、隠れるようにベネディクトの後ろに回った。
「あるぱかだ。学名はビクーニャパコス。それはそうと、行水するには少し寒いと思うのだが、魔女にとってはそうでもないのか?」
あくまで真顔で発されたその質問は、皮肉なのか本気なのか判断が付かないところである。が、何にせよ、腹が立つことには変わりが無い。だいたい、何故、噴水に突っ込むなんて間抜けなことになったかといえば、植木の間からぬっと現れたそれに驚いたからなのだ。
「寒いに決まってるじゃない! それに驚いたから水に落ちたんでしょ!」
「それはまた派手な驚き方だな」
彼が感心したようにそう言ったとき、あるぱかが猛然と走ってきた。私の方に、だ。驚いたわたしは慌てて逃げようとして――もう一度、噴水に突っ込んだ。走り去るあるぱかの足音と、噴水があげ続けている水音が、冷たい水に両手両足をついたままの私に響く。あと、ベネディクトの問いかけも。
「日光浴がしたいと言っていなかったか?」
ええ、水浴びではなく。
魔女は人間よりも体が丈夫だとされているが、たまには風邪くらいひく。
――と言うわけで、ここ二日ほど寝込んでいた。風邪を引いたのは、実に数年ぶりである。その間の話や、庭にいた謎の生物についての話はまた後日にでも。疲れたので今日はこの辺で。




