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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
番外編(ミーイズム)
59/88

ミーイズム(6日目&7日目)


 彼が屋敷を出るのは珍しい。

 どれくらい珍しいかと言えば、庭に隕石が降って来るくらいの珍しさである。皆さんご存知だろうか。隕石とは、流れ星のことである。夜空を滑り堕ちた流れ星は、地面に落ちれば隕石という石になるらしい。あの美しい光が石の塊になるとは俄かに信じられないが、ベネディクトに言わせればそれは世の中の常識らしい。彼の常識が本当に常識なのかどうかは疑わしいが、何にせよ、そこに私の知らない世界があるのは確からしい。


 そんな彼は先日、庭の石を拾い上げてこれは隕石だと言った。馬鹿な話である。どうみても真っ黒なその石が星だったなんて信じられない。

 が、先日見た流星群では視界を埋め尽くすほどに星が落ちてきたのだ、ここにも星の欠片が落ちていないほうがおかしいだろう、と真顔で言われれば、そんな気もしてくるから不思議である。掌の中に納まるほどの小さな欠片だが、見た目よりもずしりと重い。彼は一つを自分の研究用にし、もう一つを私にくれた。元は星だったというそれは、確かにロマンとやらをかきたてられる。単なる石とは言え、星なのだ。――だが、幾ら流れ星だと言われても、結局は単なる石である。汚い石でしかない。

 扱いに困ったので、とりあえず私はそれを鏡台の上に飾っている。ちなみに同じ鏡台の上には、同じように扱いに困った魚の化石やら用途の分からない幾何模様の箱やらとことんリアルなカメの置物やらが置いてある。私はいったいこれらをどうすれば良いのだろう。


 ああ。

 話が大幅にそれてしまったが、つまり彼は外出しているのだ。


 用件は知らない。昼過ぎても彼の姿が見えず――昨日は随分と遅くまで演奏していたということもあるし――まだ寝ているのではないかと思っていたが、いつの間にやら屋敷を出ていたらしい。彼にしては勤勉なことである。

 何かのっぴきならない事情でも生じたのか、思わず屋敷を飛び出すほど彼の興味を惹くものが外の世界にあったのか。非常に気にはなったが、どちらにせよ彼が帰ってくるまでは分かるはずも無い。


 と言うわけで、今日の日記はここまで。


*7日目


 外出していた彼が帰ってきたのは、今日の正午だった。

 彼は馬車で庭に乗りつけると、そのまま護衛たちに抱えられるようにしてベッドに倒れ込む。彼が外出するのは珍しいが、外出した彼がこういう状態で帰ってくるのは珍しくない。どれだけ外に出たくないのか――それともどれだけ体が弱いのか、と言うべきなのか――彼は屋敷に帰ってくるなり必ずといって良いほどひどく疲弊している。そのまま何日も寝込んでしまうか、一晩寝たら回復するかは、そのときの体調しだい、といったところだろうか。


 とは言え、幾ら体調が悪かろうと、ベネディクトはベネディクトである。彼はすぐに私を寝室に繋ぐと、ひとりで寝ているのは退屈だから何か喋ってくれと言った。私は勝手に椅子を持ち出して、彼の枕元に座った。


「どこに行ってたの?」


 私の問いかけに、彼はぴくりとも反応しなかった。喋ってくれと言ったのはほんの数秒前。まさか寝てしまったわけではあるまいが、そう危惧してしまうほどに動かない。私は眉根を寄せた。


「ねえ。聞いてるの」

「喋ってくれとは言ったが、喋りかけてくれと言ったつもりは無いんだが」

「……なにそれ。反応も無いのに一人でずっと喋ってろっていうの」

「独り言は得意だろう」

「そんな特技を持った覚えは無いわ」


 私がそういうと、彼は目を閉じたまま口元だけで笑った。だが、さすがに体調が悪いと言うだけあって、もともと白い顔は白を通り越して青く見える。

 

「ファンディーヌに呼び出されたんだ」

「……だれそれ?」


 ベネディクトの口から女性の名前が出てくるのは、稀である。稀と言うか、初めてではないだろうか。私は驚いて、思わず目を丸くした。しかも、ファンディーヌとは随分と親しげな呼び方である。まさか、恋人だろうか。いや、まさか。


「ファンディーヌ・エルヴィラ・ローチ。陛下の孫娘にあたる女性だ」

「は? ……王女様ってこと?」

「まあ、周囲からはファンディーヌ姫と呼ばれているようだな」


 私は目を瞬かせる。姫。

 それは魔女なんかよりもずっと希少な生物ではなかろうか。


「なんでその姫にベネディクトが呼ばれるの」

「それは私が聞きたい。毎度、家庭教師にしたいだの何だのといって呼び出されるが、彼女が実際に私の話を聞いたことなど無いからな」


 彼は心底、うんざりしたようにそう言った。

 だが、姫のほうがベネディクトに好意を抱いていることは間違いない。そうでなければ、どうして国王の孫娘が王族でも貴族でもないベネディクトをわざわざ呼びつけるのだ。プリンセスと呼ばれる彼女の周りには、呼ばなくても幾らでもちやほやしてくれる男が集まるはずである。だいたい、ベネディクトは王女に呼ばれたからといって嬉しがるはずが無いし、愛想を振りまくわけでもないのだ。それを敢えて呼びつけるからには、相当、気に入られてるのだろう。

 ちょっと複雑なものを感じながらも、私は言い返す。


「凄いじゃない。気に入られたら、将来の国王になるかもしれないのね」

「それのどこが凄いのかは分からないが、どちらにせよあり得ないな。ファンディーヌはまだ十一歳だぞ」


 それはまた、随分と若い。というか幼い。

 とは言え、五年後は十六歳と二十六歳。あり得ないというほどではないのか。


「その小さなお姫様に、何でそんなに気に入られてるの?」

「一目惚れだと言っていたから、単純に顔が気に入ったんだろう。迷惑だと言っているのだが、陛下が彼女のことを猫かわいがりしているからな。ファンディーヌが祖父に"お願い"したら、どうあっても連行される」


 彼はそういうと、ぐるりと私に背を向けてシーツを頭からかぶった。


「子供は嫌いだ。話が通じないからな」

「話が通じないということであれば、ベネディクトも大差ないわよ」


 私の突っ込みに、彼は返事をしなかった。ただ、一言。


「疲れた」


 そんな言葉だけを残して、彼はそのまま眠ってしまった。そんなに体調が悪いのかと心配したが、翌朝にはけろりと起き上がっていたあたり、本当に単純に疲れていただけなのだろう。が、一つ収穫があった。

 ――彼にも一応、悩みらしきものはあるらしい。意外だ。

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