ミーイズム(4日目)
彼が浪費家であることは周知の事実であるかと思うが、それにしたって限度と言うものがある。いや、使う額が多すぎると文句を言っているわけではない。もちろん、彼が山を一つ丸ごと買い取ったときは仰天したが、まだ山は使い道があったのだ。貴重な資源が採取できるというその山からは、どんどんと新たな鉱脈が発見されるらしく――彼は単純に自らの研究のために買ったらしいが――毎年のようにどんどんとお金が舞い込んでくるらしい。
だが、そんなまともな買い物(ある意味で投資?)など、彼の中では一握りである。幾ら浴びるほど金があるとはいえ、もっと買うものを考えてもらいたい。今日の買い物は、彼の物好きさを語る良い例だろう。
――それは、私には単なるガラスの玉に見えた。
紫色の絹布の上に置かれた、ちょうど掌におさまるくらいの無色透明の石である。横から覗き込むと、石の中には小さく歪曲した自分とベネディクトが顔を並べて映っていた。彼はまじまじとそれを見下ろしてから、続いて手に取る。掌に乗せて、視線の高さまで持ち上げた。
「そうか、これが」
ベネディクトはそう言った。
私は当然、続く言葉を待っていたのだが、ベネディクトの中ではそれで完結していたらしい。無言でガラス玉を覗き込んでいた。だが、これが何だというのか。私が聞き返そうとすると、目の前にひざを付いていた商人が自信満々に胸を叩いた。
「えぇ。こちらが、未来を映しだす幻の水晶玉でございます」
は、と私は思わず息を漏らした。
何だそのふざけた代物は――そう思ったのは私だけだったらしい。そんな眉唾の商品を持ち込んだ男は未だに満面の笑みを崩していなかったし、ベネディクトは興味深そうに首を傾げた。
「見た目は単なる水晶のようだが」
「えぇ、一見しただけではこの水晶の価値は分からないかもしれません。ですがこれは、三千年前、大賢者が世界を支配していた大魔女の魔力を封じこめたとされる貴重な水晶なのです」
「なるほど」
何が「なるほど」だ。
男の与太話に頷くと、ベネディクトは当然のように聞いた。
「幾らだ?」
「本来ならば値がつけられないほど貴重なものなのです。ですが、べラスコ様とは長くお付き合いさせていただいておりますし、手放すのは断腸の思いではありますが……三百でいかがでしょうか?」
「三百!?」
明らかな詐欺だとか何だとか、そんなことよりも、ただ一言。馬鹿げている。私は思わずそう叫び返したが、商人もベネディクトもこちらの声など聞こえていないようだった。彼らはどうも、私とは違う世界に生きているらしい。
「それで良い」
「毎度、有難うございます」
商人は代金を受け取り、営業スマイルを超えた素敵な笑顔を振りまいて帰っていった。――それはそうだろう、と私は思う。こんな掌大のガラス玉が、三百なんて金に化けたのだ。笑えて笑えてしょうがないはずだ。
それはそうと、ベネディクトはまだ水晶玉を覗いていた。そんな小さなガラスの中に、彼はいったいどんな未来をみようとしているのか。私は呆れた声音のまま聞いた。
「輝かしい未来は見えたかしら?」
「自分が見える」
「……そりゃ、自分の顔が映ってるだけでしょ」
「この材質で反射光がここまではっきりとした像を結ぶなら、それはそれで興味深いな」
何を言っているのか分からないが、要するに本当に何かが見えていると言いたいのだろうか? 私は面食らったが、未だに視線を外そうとはしない彼の表情は、あくまで真剣そのものである。少しだけためらったが――すぐに好奇心に負けた。にせものだと信じているが、もしかしたら、と思ったのだ。何が映るのか、ドキドキとしながら玉を覗き込んだ。
が、透明な水晶の中には、何も映っていなかった。当然か。
期待した自分を恥じるように、私は肩を竦める。
「何も見えないけれど?」
「それはおかしいな」
「……おかしいのはあなたの頭でしょ」
「自分の顔も映ってないのだろう?」
言われて、私は目を瞬かせた。
再度覗き込むが、確かに何も映っていない。角度を変えてみても、何も見えない。さっき見たときはベネディクトと私の顔が二人で映っていたのに?
「面白いな。大魔女の魔力が封じられているだけはある」
彼はあっけに取られている私を見て、楽しそうに笑った。




