ヒロイズム(10/13)
「逃げる気か……!?」
いいや、と彼は言ったが、そのまま一番近い部屋へと入った。鎖を引かれていた私も当然後を追ったが、私の背後にいる男達は誰一人として私に武器を向けはしなかった。魔女を畏れているというのは、本当なのかもしれない。だが、さすがにベネディクトを逃がす気はないらしく、彼らはそのまま部屋になだれ込んできた。シンプルではあるが豪奢でもある部屋に、みすぼらしい格好をした男達はかなり浮いた存在に見える。
ベネディクトは、普段と変わらない様子でソファに腰を下ろすと、優雅に足を組んだ。
「君らにとって最善となる道を提示しよう」
「なに?」
「君らは私を殺して金が欲しい。正確に言えば、私を殺すことで私の金がオスカーに入り、君らはオスカーから税を免除してもらいたいと思っている。実際には、10割の確率でそんなことはないんだが、君らはそう思っている。貴賤を問わず、妄想は自由だからな。勝手にすれば良い。魔女が云々と言っていたが、結局のところ、君らが苦しんでいるのは貧しさに対してだろう。ここから魔女を放逐したところで、君らの生活は何も変わらない」
だから何だって言うんだ、と男達は訴えた。生まれながらに恵まれたベネディクトなどとは違い、彼らは生きるために必死なのだろう口々に不満を訴える彼らの様子を見て、ベネディクトは首を傾げようとした。だが、傷の痛みに気づいたのか、代わりに顔を顰める。
「いっそ不思議なんだが、人の屋敷を襲撃しておきながら、それをわざわざそれをオスカーに報告しに行き、僅かばかりの分け前をもらう必要がどこにあるんだ? いっそ、ここの金を皆で山分けする方がよっぽど大金を手に出来るだろう。加えて、殺人や強盗の罪を全てなすり付けられる危険性も減る。賭けても良いが、オスカーに報告しに行けば、全員、その場で殺人の罪で投獄されるぞ」
「……金を盗むのは、盗人の所業だろう。私たちは、領主様の命で動いているんだ」
「それを大義にすれば責任を転嫁できると思っているのかもしれないが、それで逃れられるのは罪悪感からだけだ。罪は罪だし、盗人と殺人はどちらの方が罪が重いか、考えればすぐに分かる」
ベネディクトはそう言ってから、そういう問題ですらないな、と加えた。必死に話を聞いている男達が、すがるようにも見える様子で問いかける。
「どういうことだ?」
「話が逸れてしまったな。私は、私とソフィアの命を、君らの言い値で買おう。私の財産全てが必要だと言うのなら、それも良い。それならば、君らは盗人にも殺人者になることはないし、オスカーから与えられる予定だった富よりも多くの金を手に入れることが出来る。オスカーや他の貴族から利用されることもない。罪悪感もない。君らにとっては最善の道だろう」
「……俺らがここの金を持っていくのを、あんたは黙って見ていると?」
「死ねば金など必要なくなるからな。金を惜しんで死ぬことほど、愚かなことはないだろう。好きにすれば良い」
ベネディクトはそう言うと、自らの血がべったりと付いた掌を見下ろした。彼の視線が外れたせいか、男達は強張らせていた顔を困惑した表情に変えて顔を見合わせる。ベネディクトの言った言葉を、どこまで信じて良いのか、ということだろう。そんな男達に対し、ベネディクトは視線を落としたまま、軽い口調で話しかける。
「金庫を開けたいのなら、鍵は隣の部屋のデスクの底だ。ついでに言えば、その辺に転がっている壺を一つ持っていけば、新しい土地で遊んで暮らせるだけの金にはなるはずだが」
男達はぎょっとした顔で足元にある壺を見下ろした。彼らはしばらく凍りついたようにそれを見ていたが、やがて、一人が恐る恐る手を伸ばす。それを見た瞬間、彼らは火がついたかのように猛然と走り出した。廊下を走っていく音、ドアが開けられる音が色々な場所から聞こえてくる。他の人に盗られてしまうくらいなら、自分が、というところだろう。略奪が開始された音は、派手だった。




