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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
49/88

ヒロイズム(9/13)


「君らも、オスカーに騙されて私を殺しにきたのか?」


 ベネディクトはとっくに戦意を無くしているように見える護衛から剣を引くと、今度はそれを平民達へと向けた。動けないでいる私をかばうように、目の前に回りこむ。淡い金髪の襟足が血に濡れているのが見えて、私は息を飲んだ。


「だまされて? ——だまされているのは、あんただろう」


 口を開いたのは、じりじりと距離をつめてくる男達の一人だった。手にしている武器は、他の男達と同じで、兵士のもつような剣や槍なんて立派なものではない。使い込んで刃の欠けた大きな斧は、身に切迫した、生々しい恐怖を感じさせた。


「魔女なんかにだまされて、俺達を裏切るとはな。これまで俺達は、あんたのことを随分と買いかぶっていたらしい。我々を踏みつけて私腹を肥やした先代や先々代と比べれば、格段に分別がある人間だと思っていたが、所詮、蝮の子は蝮。人でなしの子は人でなしか」


 憤りの感じられる口調。彼らにとって、ベネディクトはそれなりに良い隣人だったのかもしれない、と改めて思った。同じ平民でありながら彼らの生活を虐げてきた父達とは違い、ベネディクトは彼らの生活に干渉することはなかったのだ。それどころか、彼を頼ってきた貧しい人々を雇用し、村人に請われるままに金を送っていた。ベネディクトがまともな性格をしていたら、今頃は、付近の住民に慕われる立派な人物だと呼ばれていたことだろう。

 だが、ベネディクトはあからさまに不可解そうな声を出した。


「裏切るという言葉は理解できないな。元より、何かを約した覚えもなければ、志を同じくしたことも無い。だいたい、魔女を囲っただけで何をそんなに騒ぐことがある? 魔女が災厄をもたらすなどという迷信は、何の科学的根拠も無い。そのような考え方じたい、完全に時代遅れの代物だと思うがな」


 どうしてそう、火に油をそそぐようなことしか言えないのだろう。

 男達の顔がみるみる険しくなっていくのを見ながら、私は身を縮めた。ベネディクト、と諌めるように声をかけたが、彼は振り向くそぶりすら見せない。

 代わりに、男達の気を引いてしまったらしく、彼らの視線が一斉に集まった。男達の目に、ぎらりとした異様な光が点る。一人が、私とベネディクトを見比べるようにして、言った。


「あんたには失望したが、あんたに恩義を感じている人間もいるからな。あんたが——もしその魔女を殺して平和を取り戻す努力をする気があるなら、あんたの命は助けてやっても良い」


 魔女を殺す。そんな声に押されるように、私は小さく後ずさった。

 平和を取り戻す努力をと彼は言ったが、私の存在が、いったいどんな争いをもたらしたと言うのだろう。だが、それを言い返すどころか、彼らと目を合わせることすら出来なかった。思わず前に立っているベネディクトの背中を見るが、彼は私を振り返らない。どんな顔をして立っているのか、想像もできなかった。

 しばし流れた沈黙が、不安を掻き立てる。どうしてベネディクトは何も言わないのだろう。もしも、自分の命と私の命を天秤にかけているのだったら——自分の命をとるに違いない。誰だって、私だって、自分に剣が突きつけられていたら、何をおいても助かろうとするはずだ。


 本当にベネディクトが私を殺そうとしたら、私はどうしたら良いのだろう。ベネディクトの上体が微かに動いて、私の体はびくりと反応した。こちらを振り返って剣を向けるのではないかと思ったからだったが、単にふらついただけのようだった。


「君らは要するに、私を殺せば金が手に入ると言う嘘に踊らされてここにいるのだろう。ならば私が魔女を殺しても私が殺されることは目に見えている。真面目に議論するのもばかばかしいな」


 そこまで言ってから、彼は一呼吸おいた。男達を見回したが、勿体つけたというより、単純に息が続かなかっただけらしい。立っているのもつらいといった様子で、剣を持っていない方の手を頭に当てる。


「ついでに言えば、私を殺した君らが殺人罪でオスカーに断罪されることも目に見えている。一応、他人事ながら忠告させてもらうと、貴族の言う言葉を信じるのは愚かとしか言いようが無いぞ。そもそもオスカーが関わっているとも思えないが、本当だったところで、彼は報酬——納税の免除だったか——など渡すつもりは無いし、私を殺した罪をかばうつもりなど無い」


 ベネディクトの言葉に、男達は少しだけひるんだようだったが、それでも殺気のような荒んだ気配が減じることはなかった。逆に自らを奮い立たせるように、強く武器を握るのが分かる。


「命乞いはそれで終わりか? 魔女を殺す気が無いのなら——」

「無いな」


 男の台詞を遮るように、ベネディクトはそっけなく言った。


「だが、自分の命も惜しいと言えば、惜しい」

「動くな!」


 歩き出そうとしたベネディクトに、一斉に男達が武器を突きつける。にもかかわらず、ベネディクトは全く気にした風も無く、くるりと背を向けると私の鎖を引いた。


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