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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
44/88

ヒロイズム(4/13)


 彼は庭に出るような気楽さで、馬車の外へ出て行こうとする。私の横をすり抜ける直前、私は彼の手から伸びる鎖を掴んだ。外出していても、私の手首の鎖は、彼の手首に繋がれたままなのだ。


「ねえ、危ないんじゃないの?」


 相手は武装していると言っているし、何より弓矢を持っているらしいのだ。外に出て、遠くから矢が飛んできたらどうするつもりだろう。


「もちろん、ソフィアはそこにいれば良い。ソフィアまで出て行くと、余計に相手が興奮するだろうからな」


 彼はそういうと、私が掴んだ鎖を引っ張った。懐から取り出した鍵を使って、私たちを切り離す。私がとめる間もなく、そのまま外に出た。乗るときには御者が踏み台を出してくれたが、さすがにこの状況でそんな悠長なことをやるはずはない。彼は少しだけ周りを見回すようにしてから、危なげなく飛び降りる。

 砂埃の立つ白い道と、緑と茶色の混ざる大地。遠くにまで広がる田畑やぽつりぽつりと見えるあばら家のある景色にあって、ベネディクトの存在は浮き立つことこの上ない。王宮にまで出入りする仕立て屋が作った、最上級の衣服に身を包んだ麗人。完全に場違いである。

 しん、となってしまった周囲を見回して、ベネディクトの方から口を開いた。


「私は道を急いでいるんだが、何か用か?」


 彼の声を聞いて、人々の金縛りが解けたらしい。数十人はいるのではないかと思う民衆が一斉に口を開いた。天災が、魔女が、と断片的な単語は聞こえてくるが、なにせ数十人が思い思いに叫んでいるのだ。あまりに混沌とした声の渦が、頭の中で意味を成さない。ベネディクトはそんな彼らの前にじっと立っていたが、やがて腕を組んだ。


「なるほど。君たちが言いたいことは分かったが、魔女が災厄を呼ぶなどという噂は単なる噂だ。とるに足らない迷信だな」


 ベネディクトの言葉に、人々が憤りを隠さない様子でまた声を上げる。彼はいつもこんな調子だが、民衆からすると彼の口調は、見下したものであるように聞こえてしまうのだろう。私が馬車の中から固唾を飲んで見守っていると、彼はしばらくして首を横に振った。


「君たちのいうとおり、確かに今季の雨は少ない。屋敷で降水量を測っているが、昨年の同じ時期と比べておよそ半分だな」


 彼が言葉をきると、野次のような声が一斉に上がる。それにしても、何故彼は、人々の言っている事を聞き分けられるのだろう。ベネディクトは再度、首を横に振って、民衆の言葉を否定した。


「それが統計的に見て突出しているかと言えば、答えは否だ。三年前の雨季も今と変わらない量の降水しかなかったし、二十年前の旱魃のときは一年を通してほとんど雨が降らず、田畑の8割が干上がったと聞く。また、八年前は豪雨で洪水が多発したし、十年前の長雨では日照不足に悩まされたはずだな。忘れたというのなら、後で統計データを持たせよう」


 流れるようなベネディクトの言葉に、人々は思考がついていかずに固まった。ただ、言っている意味はなんとなく伝わったのだろう。少しだけ、考えるような顔になる。彼らは本気で私が——魔女が——いるせいで、天災が起こっていると信じているのだ。

 彼らは再度、声を上げた。馬車に乗ったままだからだろうか、相変わらず私の耳には一人一人の言っている言葉の意味が捉えられなかったが、ベネディクトには伝わったようだった。


「それは私には関係の無いことだ。君らが納税しているのは貴族、領主であって、私ではない。私は君らから何ら恩恵を受けていないし、税を搾取されるという点では君たちと同様の立場にある。それでどうして領主ではなく、私に文句を言うのか、甚だ理解が出来ないのだが」


 彼はそう言ってから、組んでいた腕を下ろした。

 要するに、民衆達は不満がたまっているのだろう。降らない雨と、減らない負担。懸命に働いているにも関わらず、作物は育たず、貴族に納税するために食べ物にも困る生活を余儀なくされる。それらの原因が、魔女にあると考えれば、彼らの怒りが爆発するのも頷ける。

 だが、ベネディクトにしてみれば、謂れのない恨みである。確かにベネディクトは立場的には目の前の民衆達と何も変わらないのだ。彼は少し考えるようにしてから、嫌そうに言った。


「もっとも、君らをたきつけている人物なら、おおよそ予測がついて——」


 ベネディクトの声は、空気を裂くようなかすかな音によって途切れた。

 それが私の視界に捉えられたのはほんの一瞬。ベネディクトが地面に倒れ込むのが見えて、それから地面に矢が突き立つのが見えた。外から射られたのだと気づいた時には、私は思わず悲鳴をあげていた。

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