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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
37/88

ディレッタンティズム(4/5)


 ぽつりと一人で取り残された私は、しばらく彼らが出て行ったドアを見つめる。明かりも無い部屋は、昼間だというのに薄暗い。差し込む光は、部屋に一つしかない窓にかかったカーテンからもれる光だけだ。


 助けを呼ぼうかとも思ったが、猿轡を外したということは本当に周囲には誰もいないのだろう。ここは普通の家ではないらしい。窓は一つだし、ドアも一つ。キッチンもなければ机も無い。小さな作業小屋といったところだろう。町外れに建てられていてもおかしくない。

 そうでなくても、大声で叫ぶ体力は無い。冷たい鉄の床に頬をつけながら、私は呟く。


「一万って……馬鹿じゃないの」


 はじめ、ベネディクトが私を買ったときに払った金額が五千である。それでも馬鹿げた金額だと思ったが、一万といえばその二倍。普通の人間ならば逆立ちしても出てこない金額である。それを真面目に要求するなんて、いくらなんでもふざけている。

 もちろん、ベネディクトならばそれを払えるだけの財力は持っているのだろう。だが、それにしたって限度がある。——そうでなくても、果たしてベネディクトは私のためにお金を払ってくれるのだろうか。

 

 彼が私を買ったのは、魔女に興味があったからだ。だが、半年以上も一緒に過ごしていれば魔女についての興味などとうに失っていてもおかしくないし、何より、今はママがいる。


「同じ魔女なら、ママの方が良いなんて言い出しそうだし」


 ママなら私よりもずっと美人だし、女性としての魅力もある。何より、百年以上も多く生きている彼女は、私よりもずっと多くのことを知っている。ベネディクトにとってみれば、私なんかいなくても、ママがいれば十分なはずなのだ。

 考えれば考えるほど、ベネディクトが私を助けてなどくれないような気がしてきた。頭に浮かぶやり取りは、だいたいこんな感じになるのだ。


(魔女を返して欲しければ、一万を用意しろ)

(魔女? メーヴィスならば私の横に座っているが)

(そっちの女じゃない! ソフィア・メーヴィス・レインの方だ)

(ソフィア? ああ、そういえば姿が見えないな。——そんなことより、姿が見えないといえば、エルビートの姿が見えないんだが。彼の書いたこの論文について聞きたいことがあるんだ。呼んできてくれないか、君)


 そんなベネディクトしか浮かんでこない。だめだ、頭が痛くなってきた。

 

「私、これからどうなるのかしら」


 ベネディクトがお金を払わなければ、他の人間に売りつけるのだと言っていた。今度こそ、魔女の生き血を吸って不老不死を手に入れるなんて妄想を抱く変態や、魔女を解剖して研究しようなんていう変態に売り飛ばされるかもしれない。そうでなくても——運が良かったとしても——せいぜい、いつまでも若い姿でいる魔女の体が目当ての変態だ。どう頑張ってもそんな想像しか出来ないのだ。

 それを考えると、頭どころか胃まで痛くなってくる。ああ、気分が悪くなってきた。


***


 散々悩んでいるうちに、目の前に足が見えた。

 黒のスラックスから徐々に視線を上げていくと、そこに見慣れた顔がある。

 私は鉄格子越しに見えるベネディクトに、一瞬、状況がつかめなかった。きょとんと彼を見上げると、ベネディクトはいつもどおりの表情と声で言った。


「誘拐されたと聞いたが」


 そういえばそうだった。

 悩んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。どうしてこんな檻の中にいるのかをようやく思い出す。私は重たい頭を持ち上げ、上半身を持ち上げると、精一杯、真面目な顔を作っていった。


「見て分かるでしょ」

「のん気に眠っているようにしか見えなかったが」

「いきなり連れ去られてこんな檻の中に一人で閉じ込められてるのよ。眠れるわけないじゃない」

「私もそう思う」


 彼はそういうと、もったいぶるように腕を組んだ。

 それきり黙ってしまった彼に、私は不安になる。檻から出してくれる気配は一向に無い。私のことを助けに来てくれたのではないのだろうか。それとも、一万なんて大金を私なんかに払えないと考えたのか。もしかして、檻に入れられている私を笑いに来たのではないだろうか。


「何しに来たのよ」

「ソフィアを回収しに来たに決まっている。そうでなければ、こんな天気の良い日にわざわざ外に出たりはしない」


 彼の言葉に、私は深く安堵の息を吐いた。ちなみに先日は、天気の悪い日にわざわざ外に出るはずが無いと言っていた彼である。そんな彼がわざわざここまで足を運んでくれたということは、それなりに私のことを心配してくれたということか。


「回収って。お金は?」

「一人で金を持って来いと言われたからな。護衛が持って行った」

「護衛が?」

「私に一人で持って来いという意味だったのかもしれないが、一万なんて金を私が持ち運べるはず無いだろう。一番、腕力のありそうな人間を選んで持っていかせた」


 確かにそんな大金では、紙幣の重さだけでも相当なものがあるだろう。彼の細腕で容易に持ち運べるものでもない。そうでなくとも、彼が匙よりも重いものを持ちたがるとも思えない。そんなことを考えていると、ベネディクトは私の目線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。


「怪我は無いのか」


 心配している台詞の内容とは裏腹に、彼の表情には変化が無い。しかし、私の手首を掴んだ彼の掌がとてもやさしくて、何だかいきなり恥ずかしくなった。視線を外し、自分でも可愛くないと思ってしまう、ぶっきらぼうな態度で言う。


「あなたがそうやって持ってる手首、すりむいてて痛いんだけど」

「後で医者に診てもらおう。他には?」

「……別に、診てもらうほどの大した怪我は無いわ」

「それは良かった」


 ベネディクトはそういうと、外にいる護衛たちを中に呼び寄せた。てっきり檻から出してくれるのだと思っていた私は、おもむろに護衛たちが私ごと檻を持ち上げようとしたことに驚いて声を上げる。


「ちょっと、何?」


 全部で十人ほどの護衛や使用人たちは、私の周りをぐるりと囲んで格子に手をかけている。せーの、という掛け声と共に檻が揺れたが、私が制止の声を上げるとすぐに止まった。ベネディクトはそんな私を見て、首を傾げる。


「どうした?」

「どうした……じゃないわよ。開かないの?」

「いいや。その檻の鍵なら金と引き換えにもらったが」


 ベネディクトはそういうと、懐から平然と鉛色の鍵を出した。 私は思わず鉄の棒を握り、彼に顔を近づける。


「じゃ、早く開けなさいよ」

「出たいのか?」

「当たり前じゃない! なんで鍵があるのに、わざわざ檻のまま運ぶ必要があるのよ!」

「せっかくの立派な檻だ。ここに置いていくのはもったいないだろう」


 意味が分からない。

 だいたい、ベネディクトの辞書に「もったいない」なんて単語があったこと自体が驚きなのだ。どう言うことか、説明を求めようとしている私の体が、勇ましい掛け声とともに浮いた。もちろん、檻ごとである。抗議の声を上げたが、今度は護衛たちも聞かなかったし、ベネディクトはいつものようにどこ吹く風である。檻が持ち上げられるのと同時に立ち上がっていた彼は、興味深そうに私を眺めた。


「鎖に繋がれている姿も似合っていたが、檻に入っているのもなかなか似合うな」

「な」


 どんな趣味だ。

 私は結局、檻に入ったまま馬車に乗せられ、そのまま屋敷に戻った。

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