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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
36/88

ディレッタンティズム(3/5)


「なんなのよ、いったい」


 大伯母が亡くなったときは、あんなに探しても姿一つ見せなかった母である。それが、急に目の前に現れたかと思えばベネディクトを口説いているのだ。娘である私のことなど無視して、である。いったい、何をしに来たのだろう。ベネディクトに会いに来たと言っていたが、本気でそれだけを目的に来たのだろうか。


「だいたい、魔女が金髪ってどうなのよ」


 前に見たときは間違いなく黒髪だったため、脱色しているか鬘をかぶっているのだろう。だが、黒目黒髪を持てるのは魔女だけ。魔女としての誇りはどこに行ったのだ。そんな愚にもつかない文句を呟いていると目の前に壁が現れる。

 部屋も玄関も飛び出した私は、広い庭をあてもなく歩き回っていた。が、いつの間にか庭の端まで来てしまったらしい。目の前の石造りの壁を触りながら、いっそ逃げ出してやろうか、とも思う。確かに庭は壁でぐるりと囲まれているが、越えられない高さではない。ここから外に出て、町を歩けばどんなに楽しいだろう。この屋敷に連れてこられてからというもの、半年以上、一歩も外に出ていないのだ。


「——おい」


 すぐ背後で足音がした直後に、低い声がかけられる。誰かが近くにいると思っていなかっただけに、私は飛び上がるほど驚いた。慌てて振り返ると、そこには二人の男性と、何故だか二つの剣がある。日の光に照らされて輝く二つの銀刃に、私は瞬きをした。鋭い切っ先はまっすぐに私に向けられている。

 恐怖を感じるよりも先に、きょとんとしてしまった。半年もこの屋敷にいれば、使用人でも顔見知りになる。すっかり見慣れてしまった顔に向けて言った。


「どうしたの?」

「大人しくしていれば、怪我はさせない」


 状況が分からないままにそんなことを言われても困ってしまう。

 ぽかんとした私をよそに、男たちは大きな麻の袋からロープを取り出すと、乱暴に私の手を取った。わけが分からないながらもそれを振り払おうとするが、男の力に敵うはずもない。


「あなた、屋敷の使用人でしょ。どういう——」


 つもり、という言葉が途中でさえぎられた。もう一人の男からタオルのようなものを口に押し付けられ、そのままぐるりと回されて後頭部で硬く結ばれる。暴れようとするが、いつの間にか両手は後ろ手に縛られていた。男の一人は私を押さえつけ、もう一人は持っていた特大の麻袋を広げていた。 何をしようとしているかは明白である。


「んー!」


 必死の抵抗もむなしく、私の体が持ち上げられる。麻袋の中に詰められそうになった私は、思いきり叫ぼうとしたが、ほとんど声にならなかった。動けない両腕の代わりに両足をばたばたとさせると、今度は足首まで縛られる。気づけば、完全に袋の中に詰められていた。手足がむりやり押し込まれる。頭の上でぎゅっと口が閉められるのが分かる。何するのよ!と叫んだが、やはり声にならない。


「大人しくしてろと言ってるだろ」


 肩のあたりに衝撃がある。蹴られたのだろうか。ひどい痛みではなかったが、私を黙らせるには十分だった。どこに連れていかれるんだろう、何をされるのだろう——そんな恐怖が、ここにきてようやく襲ってきた。

 相手の狙いは何なのだろう。彼らはただの使用人ではなかったのだろうか。考えても分かるはずはなく、私はぎゅっと口をつぐみ、守るように身を縮める。袋に入れられたまま、荷車のようなものに乗せられるのが分かった。


 閉じ込められ心地は最悪である。なにせ不自由な体勢で袋の中に放り込まれ、そのまま運ばれているのだ。私の感情は痛い、辛い、苦しい、の三語に尽きる。振動するたびに床に頭をぶつけるし、袋の内面はざらざらとしていて肌を傷つける。手首と足首には痛いほどロープが食い込んでいるし、口が圧迫され、袋の中も空気が足らず常に息苦しい。

 これがいつまで続くのか。こんな状態で、いつまで耐えられるのか。どうして私がこんな目にあわなければならないのだろうか。そんなことを泣きたい気分で考える。いっそ気を失ってしまえれば楽なのだろうが、やろうと思ってできるものではない。


 どれくらい運ばれただろうか。

 やがて荷車が止められ、袋に入れられたまま屋内に運ばれたようだった。屋敷からそう遠くない場所かもしれなかったが、私にとってみれば気が遠くなるほどの時間である。袋から出されてロープやタオルを解かれたときには、大声で叫ぶだけの気力も残っていなかった。

 ぐったりと冷たい床に体をつけたまま、目だけで周囲を見回す。


「……なによ、ここ」


 目の前に広がる格子に顔を顰めた。縦横に並んでいる太い鉄の棒。牢屋のようにも見えたが、それにしては四方が小さかった。猛獣を入れるための檻のような場所である。物のように袋に入れて運ばれたかと思えば、次は鉄の檻。女の子に対して、あんまりすぎる扱いではないだろうか。

 私の思いを汲んだのか、男は鼻で笑った。


「あんたみたいな魔女には似合いだろ」


 このあたりの人間は、魔女に対して良い印象を持っていないのだと聞く。魔女に対する扱いがこれだということか。疲弊していることもあって、怒るよりも泣きたい気分になったが、ここでそんな真似をするのは惨めすぎる。ぐっと涙をこらえて男達を見上げた。

 目の前の男はベネディクトの屋敷で雑用をやっている男である。また、閉ざされたカーテンの隙間から外をうかがっているもう一人の男は、庭師をしている人間だ。どちらもベネディクトのすぐ側で何度も見かけたことがあるし、何度か声をかけたこともあった。その時はごく普通の男達に見えていたが、それは仮面だったのだろうか。

 私が無言で見上げていると、男は下品な笑い方をした。


「そんな顔をするなよ。べラスコさまが金さえ払えば、自由にしてやる」

「……お金?」

「あんたの身代金だよ。魔女を買いたいと言う物好きは多いが、そっちに売るよりべラスコさまに売ったほうが金になる。べラスコさまは興味のあるものに対する金は惜しまないし、どういうわけかは知らないが、あんたはべラスコさまの大のお気に入りだ」

「そんなの、犯罪じゃない」


 ベネディクトから力ずくで奪ったものを、ベネディクトに買わせる。あまりに理不尽ではないだろうか。だが、私の言葉に、男は二人そろって呆れたような顔をした。


「あんたを誘拐した時点で、犯罪に決まってる。それとも合意の上か?」

「こんなところに閉じ込めたくせに、馬鹿なこと言わないでよ」

「馬鹿なのはあんただろ」


 彼らはそう言って笑うと、二人そろって外へ出て行こうとした。私はそれを慌てて引き止める。


「ちょっと、ベネディクトがお金を払わなかったらどうする気?」

「他の人間に売るだけだ。一万なんて馬鹿みたいな大金を払うのはべラスコさまだけだが、千くらいなら出せるという人間もいる。——まあ、何にせよしばらくは大人しくしてることだな。どうせ、叫んだところで誰も来やしない」


 そんな台詞を残すと、今度こそ彼らは私を置いて外に出た。

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