リアリズム(3/3)
「結局、彼らは何をしにきたのよ?」
私はテーブルに置かれたフレッシュジュースをかき混ぜながら聞いた。
レーゼル伯爵とその娘は、会話も早々にベネディクトに追い出されてしまったため、彼らが何のためにベネディクトを訪ねたのかわからなかったのだ。娘に至っては、泣き声と悲鳴以外、一言も言葉を発していない。
すでに白衣を脱いで自室でくつろいでいたベネディクトは、読んでいた論文から目を上げると、何とも言えない顔をした。
「なんとも不可解なのだが、私が玉座を狙っているという噂があるらしい」
「はぁ?」
驚いた私をよそに、ベネディクトは淡々と続ける。
「私が結婚をしないのは、国王の孫娘であるファンディーヌ姫との結婚を狙っているからなのだそうだ」
「結婚って……でも、ファンディーヌ姫ってまだ十二歳でしょ?」
実際に彼女にあったことはないが、ベネディクトの話によるとファンディーヌ姫というのは、たびたびベネディクトを王宮に呼びつける王女のことだった。七歳の頃にベネディクトに一目惚れして以来、祖父である陛下に「お願い」し、ベネディクトに対して様々なアタックをしているという彼女だが、まだ十二歳の少女である。まだまだ結婚など先の話であるのではないだろうか。私がそう言うと、ベネディクトも頷いた。
「まだ十二歳だな。まだ結婚するには早すぎる。が、五年もたてば、彼女は十代後半で私は二十代後半だからな。釣り合わないという年差でもない。だから、私は彼女が適齢期を迎えるまで、独身でいなければならない——という理屈らしい。別に欲しければ何人でも妻にすれば良いと思うのだが、さすがに王女を二番目の妻には出来ないらしいな」
「だから、ベネディクトは結婚をしてないってこと?」
「そのようだな」
他人事のように言った彼に対し、私は首を傾げる。
確かに彼ほどの人物が結婚をしないのは何かがあると思われるのかもしれない。だが、何せ相手はベネディクトである。彼に一度でも会ったことのある人間ならば、多少、彼が常識から外れようとおかしくないと思わないのだろうか。
「そもそも、なんでそんな話になるの?」
「そんなことは私の知ったことではないが、ファンディーヌが私のことを気に入っているのは周知の事実だからな。そして、まだ幼いとはいえ、彼女はいずれ王冠を戴く可能性がある人物の一人だ」
「だから?」
「だからと聞かれても困るが、普通はチャンスだと思うのではないか」
チャンス、と言う言葉をベネディクトは慣れないものを口にするように発音した。確かに普通はそこで王女との結婚を狙うと考えるのだろう。王族と血縁関係を結ぶことができるし、運がよければ自分が女王の夫にでも王様の父にでもなれるかもしれないのだ。
そして、ベネディクトはどんなに有力な貴族からの求婚にも全く反応しないし、国の役人が持ってきた縁談にも見向きもしない。何か別のものを狙っているとしてもおかしくはない。
「それならさっきの貴族の人は、それを邪魔しにきたの?」
「それなら娘は連れてこないだろう。あれでも相手は見合いのつもりらしい。——これもなんとも不可解な話なのだが、噂のせいで縁談が減るどころか倍以上に増えた。姫に取られる前にと思っているのか、それともそれだけ王族とも親しいならばなお好都合だと思っているのかは知らないがな。まあ、レーゼルは単に意地になっているだけという気もしているが。私のような一般人に、娘の縁談を断られたのがよっぽど頭にきているらしい」
よっぽど頭に来ている相手に対して、何としても娘との縁談を成功させようとしているのであれば、随分と間抜けな話である。そうでなくとも大切な娘を嫁がせて、ベネディクトを義理の息子に迎えようというのだ。空よりも広い心と海よりも深い懐が必要だというのに。
「お陰で最近、周囲が騒がしくてかなわない。求婚の書状も増えたが、果たし状やら嫌がらせやらの手紙も増えたらしいからな。本当にファンディーヌを狙っている人間や、貴族でもない人間が王族に近づくのは許せないなんて人間から、私は殺したいほど憎まれているらしい」
全く筋違いだと思うのだが、と。ベネディクトは他人事のように語った。
「その誤解、解かなくて良いの?」
「私も近づきたくて近づいているわけではないが、ファンディーヌからの誘いを断ると斬首刑だからな。どちらにせよ、生死に関わる」
淡々と言われた言葉に、どこまで本気なのだろうと首を傾げる。
王族に逆らったら処刑だと言うなら、ベネディクトなどとっくの昔に断頭台に上っているのではないだろうか。だが、本当に王女がベネディクトのことを気に入っているのだとしたら、殺せるわけもない。私は考えることを放棄して、結局、軽く肩を竦めた。
「もてるっていうのも、意外と命がけなのね」
「魔女でいるのも命がけだろう」
さらりと言われた言葉に、私は目を瞬かせる。彼の口からそんな言葉が出てくるのは意外であったが、それは確かにそうかもしれない、と思う。
魔女としてこの世界に存在するのは、確かに命がけである。ただ街を歩いているだけで連れ去られて、こんな男に売り飛ばされるのだから。




