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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
24/88

アナーキズム(2/4)


 ベネディクトは私の顔を見るなり、出かけるぞ、と言った。

 私は意味が分からずに、目をぱちぱちと瞬かせる。「出かける」なら分かるが「出かけるぞ」。彼は今まで、一人で屋敷を出ることはあっても、私を外に出したことはない。私は彼に買われてからずっと、この屋敷に繋がれているのだ。目の前でちゃくちゃくと準備を進めていく彼に、私は首を傾げた。


「誰が?」

「私とソフィアが」

「どこに?」

「中央教会に」

「いつ?」

「今からだ」

「何をしに?」

「悪いが、質問をするのなら、一気にしてもらえないか。一つ一つ言われては時間の無駄だ」


 彼はそういうと、黒のジャケットを羽織った。黒いスラックスに黒いシャツ。葬式にでも行くのだろうかと思うほどに黒尽くめである。彼は自分の支度を終えると、今度は上から下まで私の格好を眺めた。私が着ているのは、濃灰色のワンピースだった。腕の裾と足の裾部分には銀色の糸で花柄模様が刺繍してある。ちなみにこの家にある私の服は全て、彼が選んだものらしい。私自身はさほど服にはこだわらないが、控えめに言っても彼の趣味は良いと思う。彼は少し考えたようだったが、結局、まあ良いか、と呟いた。


「上着だけは着ていった方が良いな。外は冷えるからな」

「だから、何をしに行くのよ」

「教えない」

「……なにそれ」


 立ち尽くしている私の肩に、女物のコートがかけられる。

 家の中でコートを着る機会などなかったから、初めて着る服だった。彼が女物を持っているわけがないから、私のためにわざわざ用意させたのだろうか。彼の黒尽くめとは対照的な、白の毛皮だった。綺麗だとか可愛いとか思う前に、泥が跳ねたらどうしよう、なんて思ってしまうのは貧乏人の発想だろうか?


「教会に何の用? お葬式?」

「だから教えないと言っている。言ったら動かないだろうからな」

「言われない方が余計怖くて動けないわよ」


 私は眉を寄せる。そもそも彼が言い出すことに、ろくなことは無いのだ。彼に力づくで引っ張られそうになったら、柱に抱きついて全力で抵抗するしかない。ー、そんな決意を込めて、私は柱に身を寄せた。それが伝わったのか、彼は一つ息を吐いた。


「儀式の間、突っ立っていてくれれば良い。得意だろう」


 何が得意なんだ。

 そう言い返そうと思ったが、それよりももっと切実な質問を返すことにした。


「何の儀式?」

「婚礼の儀式だ」


 こんれい?

 意味が分からずにきょとんとなった私に、彼は冷静に言葉を添えた。


「どうせ誰のと聞くのだろうから最初に言っておこう。私とソフィアのだ」

「婚礼……って結婚式!?」

「そんな大げさなものじゃない。単に婚姻届を提出し、中央協会にそれを認めてもらうだけだ」


 それを結婚といわずして何を結婚と言う。

 私はぶるぶると首を横に振った。彼が何を考えているのかは知らないが、そんなことをすれば完全に、私とベネディクトが夫婦だと認められてしまう。私は断固動かないという意思をこめて、冷たい柱に抱きついた。


「それが大げさじゃなくて何なのよ!」

「別に、結婚といっても形だけだ。何が変わるわけでもないだろう。私はこれまでどおり暮らすし、ソフィアもこれまでどおり暮らせば良い。何か問題か?」

「そういう問題じゃないでしょ! これまでどおりなら、どうして私がベネディクトと結婚しなきゃいけないのよ」

「こちらには色々と事情があるんだ」


 彼はそういうと私の鎖を引っ張ろうとした。が、それくらいで結婚させられてはたまらない。首に巻かれているベルトが引っ張られるが、私は両手でしがみついたままの柱を手放さなかった。代わりに、抵抗するように大きく悲鳴を上げる。


「痛い痛い痛い痛い!」

「たかが結婚でそんなに嫌がる必要があるのか?」

「たかが結婚というのなら、誰か他の人としなさいよ! 部屋が埋もれるほど申し込みが来てるでしょ!」

「その申し込みを受けたくないから、ソフィアと結婚すると言っているんだ」

「そんなの、知らないわよ!」


 なんだか泣きたくなってきた。私が泣きそうな声で叫ぶと、ベネディクトは軽く眉を下げた。 観念したように、彼は持っていた鎖を手放す。私の喉は圧迫から解放され、ごほ、と一度咳をした。私は、彼の気が変わらないうちにとすかさず部屋を出る。思いきりドアを閉めて逃げ出そうとしたが、背後のベネディクトが追ってくる気配は全くない。私は、少しだけ拍子抜けした気分で振り返った。

 彼は秀麗な顔に困惑を浮かべていた。それはまるで、子供が途方に暮れているような表情で、私は少なからず驚いた。彼でもそんな顔をすることがあるのだ。何事にも動じず、いつだって超越した雰囲気をまとっているイメージしかない彼が。

 彼の口から出た言葉は、さらに予想を上回るものだった。


「最近、使用人と仲良くしているらしいな」

「なに、いきなり」


 唐突すぎて怖い。私は探るように返答をした。

 使用人というのはもちろん、エリックのことだろう。知られているとは思っていなかったが、ベネディクトが屋敷の中のことを知っていてもさほどおかしなことではない。それよりも問題は、彼がなぜ、ここでそんな話を持ち出すのか、だ。

 彼は少し考えるようにして、言った。


「あまり近づかない方が良い」


 なにそれ。

 思わず顔を見返すが、冗談を言っているようなものではなかった。もしかしたら、妬いているのだろうか? 一瞬、そう考えてしまったが、すぐにそんなはずは無いと思い返す。私がエリックと仲良くしているのに嫉妬して、それで結婚しようと言い出した? そんなこと、ありうるはずがない。そんなのは、どう考えてもベネディクトらしくない。

 しばらく続く言葉を待ってみたが、彼は何も言わなかった。私は少し躊躇ったが、結局、その場から逃げ出すように自分の部屋に駆け戻った。

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