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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
21/88

オカルティズム(1/2)


 アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。

 

 彼は科学に造詣が深い。

 世界中から論文を取り寄せて最新の研究を探り、著名な研究者たちを呼んで教えを乞う。そんな彼の持つ知識は、本職の研究者と比べてもなんら遜色なく、科学者としても十分に食べていけるほどである。しかも、それは一分野にとどまらず、天文学から医学、物理学、自然科学までと彼の知識は広範囲に及んでいるのだ。彼は観測的にこの世界が球体であるということを証明できるし、万物を形作る元素なるものの発見に力を注いでいる。大気圧を測定する水銀気圧計を自作することも出来る。玄人跣もいいところである。およそ、一般人が持ち得ない知識を持ち、知能を持っているのだ。


 にも関わらず、彼は非常に非科学的な人間である。

 彼は宇宙人から送られてくるメッセージを解読するため、しばしば夜空を見上げているらしい。奇怪な動きをする光を観察して暗号解読に勤しんでいると言ったが、残念ながら私はそのような光にお目にかかったことは無い。また、どうして外に出ないのかと聞くと、屋敷の外を徘徊している悪魔と目が合うのが嫌なのだと言った。白い花には妖精がいるから嫌いだと語り、嵐の夜はデュラハンが出るといって窓に張り付く。ちなみにデュラハンとは首なし馬が引く馬車に乗った首なし妖精のことである。始末の悪いことにそいつは自分の首を持って現れるらしい。死を告げる妖精らしいが、そいつを見たら確かに死ぬほど驚くことだろう。

 そんな彼は、この屋敷には霊がいると語る。開けてもいない金庫の中身が綺麗に整頓されているのは死んだ父が金を数えているからであり、たまに朝起きると本棚の本が全て上下逆になっているのは死んだ祖父が悪戯をしているからであるらしい。また、書きかけていた論文の検証部分が全て血文字で書かれていたり、寝ている使用人の眉が剃られたりするのも全て彼らの仕業であるらしく、悪戯好きもたいがいにしてもらいたい、と彼は語った。


 彼の言葉がどこまで本心かは知らない。

 ただ、幽霊だろうがなんだろうが、彼の親たちが普通であるはずが無い。——そう思うのは、私の偏見だろうか。


 ***


 ——気のせいではない。

 完全に気のせいではないし、気の迷いでもない。寝ぼけてるわけでもない。


 私は恐る恐るシーツから顔を出した。

 その瞬間、窓の外がひときわ明るくなり、私はベッドの中で思わず身をすくませる。続いて激しい雷鳴が響き、窓ガラスを震わせた。たびたび差し込む銀色の雷光によって、壁掛けの振り子時計が二時を刻んでいるのが見える。深夜二時。普段ならとっくに眠っている時間であるし、草木も屋敷の人間もダチョウもとっくに夢の中だろう。

 昨日から降り続いている強い雨は、深夜になってもおさまる気配が無く、むしろ激しさを増しているようだった。嵐になるのだろうか。風も強まり、数時間前からは雷まで鳴り始めた。雨粒がガラスをたたく音は間断なく続き、何となく眠れずにいるうちに、気付けばこんな時間。こんなに大きな屋敷にこもっていれば、落雷が怖いと言うことはないが、がたがたとなり続ける窓や窓から見える黒々とした木々が不気味でないかと言えば、そんなことはない。

 そのうえ——そのうえ、だ。


 先ほどから、聞こえるのだ。

 深夜だと言うのに、廊下を徘徊する足音が。


 はじめは使用人が通ったのではないかと思って気にしていなかったが、それにしては行動がおかしすぎる。遠くからひたひたと近づいてくる足音は、私の部屋の前を通ってやがて遠ざかっていき——また戻ってくるのだ。

 階段がある方から近づいてきて、書斎の方へ遠ざかったと思えば踵を返してまた戻ってくる。もしくは書斎方向から階段へ向かった足音が聞こえなくなると同時に、また書斎側から足音が近づいてくる。前者はこんな夜中に廊下を往復する理由が分からないし、後者は一人で出来る業ではない。複数人で次々に部屋の前を横切っているのだろうか。こんな夜中に?


「誰?」


 十何度目か、部屋の前を横ぎろうとした足音に向けて私は思いきって声をかけた。

 足音は、わずかにそのスピードを緩めたように思えたが、立ち止まらずに階段へと向かっていった。階段の方へと消えた足音は、だが、決して階段を下りる音を聞かせはしない。階段から現れるときも、階段を上ってくる音など聞こえないのだ。雨のせいか、ぐっと冷え込んだ気候にぶるりと体を震わせて、私はシーツに包まるように身を縮めた。

 何なのだろう。

 また、逆方向から足音が近づいてきた。かつんかつんと、靴底が床を打つ音が大きくなる。そういえば、この屋敷の廊下にはずっと絨毯が敷かれていなかっただろうか? いかにも高価そうな分厚い絨毯。その上を歩いて、こうも大きな靴音を響かせることが出来るのだろうか。


 今度は、声をかけていないのに足音が止まった。

 思わずぎくりと身を竦ませる。足音がやんだのは、ちょうど私の部屋の前。部屋の前に誰かいる。息を詰めてドアを見つめた。私の部屋には鍵なんてものはない。ベネディクトがいつでも出入り出来るようにだろうが、入ってくるのはベネディクトだけとは限らないのではないだろうか?

 向こうには誰がいるのだろう。いつドアが開けられるのだろう。背筋はぞくぞくと恐怖を訴えていたが、ドアから目を逸らすことは出来なかった。やがて詰めていた息を苦しいと思いはじめ、硬くしていた体も緊張を保てなくなるほどの時間が経ったが、ドアは開かれることは無かった。足音も聞こえない。私はもう一度、小さな声を出す。


「誰なのよ?」


 いなくなってしまったのだろうか。

 ほっとすると言うよりも、それはそれで不気味である。そう思っていると、部屋の前でわずかに音がした気がした。衣擦れのような、吐息のような、そんなかすかな音。同時に足を踏み出す音がした。足音はドアの前から階段の方へと離れていき、やがて聞こえなくなった。

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