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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
19/88

モダニズム(1/2)


 アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。

 

 彼は新しいものが好きだ。

 ほとんど屋敷を出ないくせに、巷で流行しているものを耳聡く仕入れてくる。王侯貴族たちの間で流行っている斬新な衣服を買い付けたかと思えば、異国の地で有名である吟遊詩人をわざわざ屋敷に招き、市民たちの間で流行している安物の料理までシェフに作らせる。流行に乗りたいというよりも、新しいものは何でも自分で試してみたいらしい。

 そんな彼は先日、王宮でも飼われているというオウムなる鳥を手に入れ、真剣に話しかけていた。何でも、人語を覚えるという、世にも珍しい鳥らしい。鳥に話しかけ続けること三日。商人に騙されたのではないかと思っていた矢先、オウムが「ハダカのオオサマ!」とはっきり叫んだ。どうしてよりにもよってそんな言葉を覚えさせたのかは知らないが、それで彼は満足したらしい。高価な鳥であったにも関わらず、あっさり窓から逃がした。彼にも優しいところがあるのだと感心したのもつかの間。後ほど、街を飛び回る鳥が王族侮辱罪を問われ指名手配を受けているらしいと聞き、私は哀れな鳥に同情したものである。

 

 もっとも、古いものに興味が無いかといえば、そんなことはない。

 研究でも論文でも最先端のものをそろえたかと思えば、最古のものを集めたりもする。古いものがどうやって進化してきたのか。もしくは古いものはどのようにして朽ち果てていったのか。それらを探求するのが面白いらしい。新しいものはすぐに古いものに変わる。では、古いものは何に変わるのか。より古いものに変わるのか、それとも新しいものとして生まれ変わるのか、もしくは完全に消えていくのか。

 ——何にせよ、彼の興味には果てがない。彼は過去のことも現在のことも未来のことも、全てを知りたいのだ。


 だが、私は彼ほど知識を求めていない。

 私が知りたいのはもっぱら、彼が何を考えているか。その一点に尽きる。


***


 その日、起きて一番に出会ったのは、大きな怪鳥だった。


 自室の部屋のドアを開けると、私が見上げるほどの大きな鳥が目の前に立ちふさがっていた。太く長い足の上にあるのは、黒い羽毛に覆われた大きな体。やつは、まぎれもなく自分が鳥であることを示すかのように、大きな羽を膨らませていた。その動作は今にも飛び立ちそうにも見えたが、どう見たって空を飛べるサイズではない。

 真っ白になった私を見て、長い首の上に乗った小さな首が傾げられる。ぱっちりとした、大きな黒の瞳と目が合った。そいつは何を思ったか首をのけぞらせると、いきなりくちばしを振り下ろしてきた。


「痛い!」


 額を強打され、私はよろめく。

 痛い。あまりの痛みになみだ目になるのと同時に、夢ではない、と思った。ここは、先ほどまで遭難していた大海原に浮かぶ無人島ではないらしい。ベネディクトに埋められそうになっていた砂漠でもなければ、昨日の夢に出てきた宇宙でもない。ベネディクトの屋敷にある自分の部屋である。


 ——どうして屋敷に、こんな怪物が。


 私はずきずきと痛む額を押さえて、一歩二歩と後ずさりをした。部屋の中に押し入られるのではないかと恐怖したが、よく見れば鳥?の細い首には首輪が巻かれている。そこから伸びているのは、あろうことか私とおそろいの銀の鎖だ。

 鳥はきょろきょろと首をめぐらせてから、急にドアの前から消えた。ばたばたと大きな足音が、みるみると遠ざかっていく。


 なんなの一体。

 私は恐る恐る廊下に出て、周囲を窺った。怪鳥が走り去った右を見て、念のため左までチェックしてその姿がない事を確認する。そして、額を押さえていた手のひらを確認した。血が出ていないことにはほっとしたが、絶対、青あざになっているはずだ。未知の生物に出会った恐怖と、顔に傷をつけられたことに対する怒りとが、半分ずつこみ上げてくる。


 その時、右足につけられていた鎖が引かれる感触があった。


 ベネディクトが呼んでいるのだろう。いつもは多少の別はあっても何かしらの抵抗はするのだが、今日はそんな気にもなれなかった。あの怪鳥について、ベネディクトが関与していないはずがないのだ。

 それに、彼はここ二日ほど寝込んでいた。体調が気になるというのも、正直に言えば、少しはある。私は細心の注意を払いながら——先ほどのように、未知の生物に奇襲されてはたまらない——彼の部屋に向かった。


 部屋に入ると、一番に目に入ってきたのは鎖につながれた怪鳥だった。改めて見てもやはり大きい。身長はベネディクトよりも優に大きく、体重も二倍はあるように見える。思わずドアを開けたまま足を止めたが、ベネディクトの側にいる護衛に鎖を引っ張られる。仕方なく、部屋の中に入った。

 ベネディクトは、部屋に怪物がいるにも関わらず、何食わぬ顔でソファに深く腰掛けて本を読んでいた。獰猛な動物ではないのか、それとも届かない長さに鎖を調節しているのか。何にせよ、私も恐る恐る彼に近づく。


「なにその怪物」


 人を部屋に呼んで鎖に繋いでおきながら、彼は顔を上げさえしなかった。仕方なく私が聞くと、彼はようやく本を閉じる。彼の顔色はお世辞にも良いとは言えないが、彼の口調は普段どおりだった。


「ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウだ」

「なんですって?」

「駝鳥だ。生物学上、ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属に分類される。南の大陸に生息する生物で、最大種の鳥類とされているらしい」

「はあ」


 ダチョウとか何とか言う怪物は、やはり鳥らしい。私は地団太を踏むようにばたばた足音を立て続けている黒い生き物を恐ろしげに見やった。飛んで逃げようとしているのだろうか。ダチョウは鎖に繋がれている首を振り、大きな羽をばたばたと羽ばたかせる。窓も開いていないのに、風で前髪が浮いた。


「なんでそんなものがこの屋敷にいるの」

「美味しいらしい」

「食料なの!?」

「まだ食べはしない。今、ローストチキンに出来る大きなオーブンを作らせているところだ」


 確かにいくら大きかろうが鳥は鳥である。鶏はいつも美味しく食べているのだから何を言えたものでもないが、目の前のダチョウを丸焼きにするなんて発想にはぶるりと体が震えた。何せ自分の体よりも大きい鳥なのだ。大きくくりくりとした黒の瞳には、愛嬌があるように見えなくも無い。

 目に見えて嫌な顔でもしていたのだろう。私の表情を見て、彼は笑った。


「冗談だ。大事な研究体だからな。焼くのは勿体ない」

「研究体?」

「これほど大きな鳥というのは、非常に珍しいだろう。生物学、医学、それから工学の研究者も興味を持っている。——まあ、料理人たちも興味を持っているみたいだが」


 生物学の研究者や医学の研究者はまだ分かるが——そして、見たことの無い食材で料理がしてみたいという料理人も分からないではないが——工学の研究者がどうして鳥なんかに興味があるのだろう。私はそのまま問いを口にした。彼は淡々と答えてくる。


「ダチョウは、羽はあっても飛べない鳥だからな。飛行可能な別の鳥類と比較して、どうすれば人類が空を飛ぶことが出来るのか、解明したいと思っているのだろう」


 ふうん、としか言えなかった。確かに空を飛ぶことは人類の夢かもしれないが、私からすればそんなものは単なる子供の夢にしか過ぎない。興味の無い返答をした私に、彼は青い瞳を向けた。


「まあ、ルームメイトみたいなものだと思って、仲良くやってくれ」

「思えるわけないじゃない」


 彼はくつくつと笑うと、おもむろに立ち上がる。そのまま私の横をすり抜けて部屋を出て行こうとしたので、私は慌てて声をかけた。


「ちょっと、どこに行くのよ」

「別の部屋だ。さすがに、あんなダチョウのいる部屋で眠りたいとは思わないからな」

「私をあんなダチョウのいる部屋に繋いでいく気!」

「一人では退屈なのだろう?」


 確かに、私はたびたび彼に退屈だと文句を言う。が、だからといってダチョウと二人にされてはたまらない。だいたい、ダチョウと一緒にいたところで、どうやって退屈を紛らわせというのだ。確かにスリリングな時間は過ごせるだろうが、話し相手になるわけでもない。

 部屋を出て行こうとする彼の袖を咄嗟につかむと、彼は私を見下ろして言った。


「言い忘れたが、ダチョウは草食動物だ」

「だからって、喜んでダチョウと一緒の部屋にいたいなんて言うとでも思うわけ」

「いいや。忘れないように餌をやってもらいたい」


 私は家畜番か。

 今更だが、会話の通じる相手ではなかったのだと嘆息する。そして、心配して来て損をした、と密かに思った。

 

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