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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
18/88

ナルシシズム(2/2)


 五十というのは一般市民にとっては大金である。

 彼女は泣いて礼を言いながらそれを持ち帰り、代わりに村の女性を三名連れてきた。三名ともが若い女性だったのは、村の働き手である男は連れてこられないということか、それともベネディクトが若い男性であることに配慮してか。——とは言え、ベネディクトが使用人に目をつけることなどまずない。彼にとって使用人は使用人である。幾ら美人だろうが、官能的であろうが、それ以上でもそれ以下でもない。

 彼は料理を出してくれた女性四人が帰っていくのを見送ってから、眉間にしわを寄せた。


「さすがに鬱陶しいな」

「何が?」

「屋敷に人が多すぎる。そろそろ誰かクビにするか」


 彼の言葉に、ドアの前で暇そうに立っていた護衛がぎょっとした顔をするのが見えた。

 始めこそ、ベネディクトの世話をする屋敷の人間は大変だろうと思ったものだが、ずっと見ていればこんなに良い職場はないだろうと思えてきた。まず、抜群に給料が良いらしい。何せここの屋敷で働いている人はほとんど、彼に「助けてください」と泣きついた人間である。ベネディクトはそんな彼らを屋敷で雇うことで、対価として一般的には破格とも言える給金を払っているらしい。屋敷で住み込みで働けば、衣食住の全てが与えられる。彼らは与えられたお金に全く手をつけずに十分に仕送りが出来るし、お金が貯まればすぐにでも辞めることが出来る。

 また、そうした待遇の良さに加え、ベネディクトは他人に興味がない。彼らの生活に干渉するようなこともなければ、彼らに迷惑をかけるわけでもないのだ。確かに変人ではあるが、暴力を振るうわけでも、無理な要求で振り回すわけでもない。せいぜい、夜中にたたき起こしてお腹がすいたと言うくらいだが、その程度ならば誰もが喜んで対応していた。なんだかんだといって、ベネディクトは良い主人であるのだ。


「じゃ、人なんて連れてこさせずにお金だけ渡せば良かったじゃない」

「金を渡すのは、あくまで労働力の対価だ。慈善活動をやるつもりなどない」

「でも人が多くて鬱陶しいんでしょう」


 そういうと、彼は鼻にしわを寄せた。


「そうだな。今の半分でも多すぎるくらいだ。——が、ただで金を渡すと、同じように金を無心する人間ばかりが寄ってくるからな。それはそれで鬱陶しい」

「どうせ腐るほど金があるんだから、困ってる人を助ける方が有意義じゃない」

「腐るほど金はあるが、困っていると訴えてくる人間も腐るほどいるからな。きりがない」


 彼は気だるい様子でそういうと、起こしていた体を横たえる。真っ白な枕に重たそうな頭を落とした彼に、私は目を瞬かせた。まだ窓からは夕日が差し込んできている。寝るには早すぎる——というか、今、ご飯が運ばれてきたところなのだ。テーブルには、温かなスープがゆげを立ち昇らせている。


「ご飯は?」

「食べたければ食べて良いぞ」

「もちろん、私の分は食べるわよ。ベネディクトは食べないの」

「食べたくない」


 子供のように言った彼に、私は口を尖らせる。


「知ってる? ベネディクトには信じられないかもしれないけれど、世の中には食べたくても食べられない人が大勢いるのよ」 

「それなら、その人たちに渡してきてくれ」


 彼は私の言葉をあっさり拒絶すると、寝返りをうって後頭部を向けた。本当に何も食べない気だろうか。そのまま眠ろうとする彼に、私は首をかしげる。


「体調が悪いの?」

「私の体はレインと違って繊細なんだ」


 彼がそういったとき、部屋の外に控えていた使用人がばたばたと廊下を走っていく音が聞こえた。医師を呼びに行ったのだろうか。大げさだとも思いつつ、私が彼の顔を覗き込もうかどうしようかと悩んでいると、その前に医師たちが飛び込んできた。医師二人に囲まれながらも、彼は顔を上げようとはしなかった。


「放っておいてくれ。ちょっとだるいだけだ」

「しかし」

「大丈夫か大丈夫じゃないかは自分で分かる。今日はまだ死にやしない」


 おろおろとする医師たちをよそに、彼は顔を後ろに向けたまま、手だけをふった。

 それにしても、死にやしないとは大げさである。彼はたびたび熱を出して寝込む。今更、弱気になるようなものではないだろう。それとも、何か持病でもあるのだろうか。


「ねぇ、どうしてそんなに体が弱いの」

「私の体はレインと違って繊細に出来ているんだ」

「失礼ね。人間と魔女を比べないで」


 人間に比べれば、多少は魔女の方が丈夫にできているらしい。魔女の方が寿命は長いし、病気もしにくい。私の言葉に、彼が背中で笑ったのが分かる。


「でも、人間の中でも、あなたは繊細に見えるけど」

「美人は薄命だと言うからな。私の命が儚いのも道理だろう」


 何が道理だ。

 私は呆れた顔で言い返す。


「なにそれ。病気なの?」

「いいや」

「それなのに、"今日はまだ死にやしない"?」

「それは失言だったな。今日かもしれない。自分がいつ死ぬかなど、誰にも分からないからな」

「そんな問題じゃないでしょ」


 私はため息を付く。

 それを聞きとがめたのか、彼はぐるりと寝返りを打ってこちらを向いた。枕の上にのった頭。白い頬に薄い金色の髪が張りつく。彼は目を隠す前髪を無造作にかきあげた。


「レインに一つ、良い報せをしておこうか」

「なによ、いきなり」

「私は生まれたとき、五歳まで生きられないだろうと言われたらしい」

「は?」


 何を言い出すんだ、いきなり。 目を瞬かせた私に、彼は淡々とした口調でつづける。


「どうも生まれつき体が人より繊細に出来てるらしくてな。五歳になれば、十歳の誕生日はむかえられないかもしれないと言われたし、十歳になったときには、二十までは生きられないだろうと言われた。さすがに二十を過ぎてからは何も言われなくなったが、まあ、それほど長生きするとは思えないな」

「なにそれ」


 呆然と男の顔を見つめ返す。

 そんな私の間抜け顔を笑うかのように、彼はふっと口元に笑みを浮かべる。それはいつもどおりのもので、どう見ても死に瀕している男のものには見えなかった。冗談なのではないだろうか。彼の言葉はそもそも、どこまでが本気でどこまでが嘘かが分からない。


「だから、数十年も繋がれる心配は……まあ、絶対にないとは言えないか」


 いったい、何を言っているのだろう。

 彼はごほんと一つだけ咳をした。側に控えていた医師が、慌てたように彼に駆け寄る。子供ではあるまいに、彼らはいつも大げさなのだ。たかが咳くらいで数人がかりで熱を測り、聴診器を胸に当て、額に冷たいタオルを乗せる。


 "どうせ私の寿命は君の寿命よりも短いんだ。私が死ねば、君は自由になれる。"


 彼に買われ、この屋敷に連れて来られたときに、彼から聞いた言葉。その時、私はベネディクトが死ぬまで数十年もこの屋敷に繋いでおく気なのかと噛み付いた。彼は笑うだけだったが、もとより自分が数十年も生きるとは思ってなかったのだろうか。


「……それが良い報せ?」

「悪い報せだったか?」


 普通の口調で返されて、私は無性に悲しくなった。


 私は金持ちの変人であるベネディクトに、鎖で繋がれている哀れな魔女なのだ。——少なくとも彼はそう思っているのだろうし、私自身、そんな自分を再認識させられる。私はいま、不幸なのだろうか。憎むべき彼が死ねばここから解き放たれ、待ち望んでいだ自由を手に入れることが出来る。だから、私は彼の言葉を喜ぶべきなのだろうか。


 ベネディクトは本気で、私が彼の死を望むと思っているのだろうか。



 彼の言葉に対する返答を考えているうちに、彼は眠ってしまったらしい。

 すやすやと幸せそうな寝息を立てる寝顔を見ながら、私はすっかりと冷えてしまった料理を食べた。何も味がしなかったのは、シェフの腕が悪かったのか、それとも私の舌がおかしかったのだろうか。

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