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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
17/88

ナルシシズム(1/2)


 アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。

 

 彼は文句なしに格好良い。

 彼の姿は遠くから見ても目を惹かれ、近くで見てもやはり目が留まる。高い身長に、バランスの良い細身の体型。金糸のように細く美しい髪に縁取られた卵形の顔には、目鼻口が絶妙の配置で並ぶ。すっと通った理知的な眉に、男の色気を感じさせる赤い唇。瞳は、太陽に透かした水面のように透明で美しい青だ。長い睫毛が伏せられる瞬間、わずかに愁いを帯びる彼の瞳には誰もが心を奪われ、彼の形の良い唇が薄く開かれると、誰もが固唾をのんで彼の言葉を待つ。

 彼の出来の良すぎる外見には、男ですら嫉妬を通り越して呆れてしまうらしい。正直に言えば、私も呆れていた。これまでは見た目は良いに越したことはないと思っていたが、彼に会ったときにその考えは変わった。人間、多少の瑕があるくらいが可愛げがあるというものである。


 とは言え、彼にとってはそれが普通である。

 見た目の良さなど、ありあまるほど与えられたお金と同様に、何の苦労も無く生まれ持ったものだ。特段、それを誇示する気も無ければ、褒められて嬉しいというものでもない。着るものや格好にはこだわっているが、それも別に自分の見目の良さを考えた上ではないだろう。単に、彼が着たいものを着ているというだけである。むしろ、どんな格好をしても似合ってしまうあたり、腕の奮いがいがないとさえ考えているかもしれない。

 だが、そんな彼にも、自身の外見に対する悩みがある。先日、屋敷を訪ねてきた客人が彼の外見を褒めちぎったところ、彼は鼻白みながらそれを聞きながし「運悪く外見が良く生まれたせいで、寿命が短いとは不公平だ」と漏らした。「美人薄命」などという言葉を彼は本気で信じているらしい。客人は面食らっていたが、いかにも彼らしい台詞である。彼の見た目が良いことは間違いないにせよ、彼には「美人薄命」よりも「憎まれっ子世にはばかる」という格言の方がぴったりだと思う。


 そもそも、美人が薄命だというのなら、私も二百年は生きられないかもしれない。


***


 かっこいい。


 不覚にもベネディクトの姿に見惚れ、私はぽかんと口を開けていた。

 私が繋がれているのは、室内の演習場である。そこでは、まるで騎士のような格好をしたベネディクトと、彼の相手をしている剣の師範が細剣で打ち合っていた。甲高い金属音が、空気を奮わせる。張り詰めている空気は、彼らの足音が響くたびにその重さを増していった。


 刃は丸めてあるものの、当たり所が悪ければ当然、怪我をする。始めこそはらはらしながら見守っていたのだが、すぐにそうした心配は吹き飛んだ。彼らの立ち合いに引き込まれたというのももちろんあるが、なかなかどうして、ベネディクトの身のこなしが軽やかなのだ。師範が打ち込むレイピアを危なげもなくかわし、自分の細剣をすばやく相手の剣にぶつける。流れるような動きは美しく、ひやりとするような恐怖を感じさせる瞬間すらなかった。

 

 レイピアを扱う腕前も一流だと聞いてはいたが、まさか本当に剣が扱えるとは思っていなかった。私は圧倒されながら二人の動きを眺める。何せベネディクトは、普段は書斎にこもって本を読んだり、ソファに腰掛けて論文を書いたりするほかは、せいぜい楽器を爪弾くくらいしかしないのだ。加えて、たまに外に出ると数日は寝込んでしまうほどのひ弱さである。剣を持つ腕力があるかどうかすら危ういと思っていたくらいだ。そんな彼の意外な剣さばきに、ついつい目が奪われる。

 

 何より、隙なく相手を見据える瞳の鋭さが良い。


 前髪を綺麗に撫で付け、全て後ろに流しているため——彼の美学によれば、剣を持つ時はオールバックが似合うらしい——彼の瞳がよけいによく見える。いつになく真剣な瞳の青は深く、普段の飄とした雰囲気を感じさせなかった。鋭い空気をまとった剣先が閃き、宙を裂く。床に触れている靴底から彼の握っている細い剣の先にまで、彼の気持ちが入っているのが分かる。

 こんなに格好良いなんて詐欺だ。

 誰に向かってか分からないまま胸中で呟き、私は夢中で彼の姿を追い続けていた。


 が、その時間は長くは続かなかった。ベネディクトは唐突に手を上げて動きを止めると、すぐに剣を鞘に戻したのだ。始めてからまだ数分しか経っていない。私は首をかしげる。


「どうしたの?」

「疲れた」


 ……あっそう。

 私は声に出さずにそう呟いた。


 ろくに息もあがっていないにも関わらずあっさり終了させるあたり、いかにもベネディクトだというか、せっかくの格好良さも半減であるというか。彼は礼儀正しく礼をした師範に剣を押し付けると、立ち合いを見守っていた医師からタオルを受け取った。相変わらず白い肌は汗をかいているようには見えなかったが、彼はそれで額の汗を拭うような動作をする。


「ねえ、何で剣を使えるの」


 彼には護衛が山ほどいるし、戦争が起ころうが国が傾こうが、彼が騎士や兵士に志願するとも思えない。彼が剣を持って戦う機会などないだろう。彼はタオルを医師に戻しながら言った。


「たまたま持ったのが剣だっただけだ。少しは運動しろとうるさかったからな」

「誰が?」


 ベネディクトに命令できる人間などこの世の中にいるのだろうか。そう考えて聞き返すと、父だ、という答えが返ってきた。なるほど、彼の父親ならばそうした助言も出来るだろう。彼の父親が亡くなったのは十年ほど前だと聞いているが、彼はその頃から体を動かさない子供だったのだろうか。


「まあ、たまに汗を流すのも良い」


 数分ではあったが、彼にとっては良い運動だったらしい。いつもよりもすがすがしい顔で歩いてきた彼は、私の鎖を壁からはずすと、そのまま鎖を持って外に出る。


 いつものように私たちが廊下を歩いていると、途中で思いつめた顔をした一人の使用人に呼び止められた。年はベネディクトよりも少し上くらいだろうか。二十代半ばに見える女性は、ぎゅっと唇を結び、化粧気のない顔をうつむかせていた。

 使用人が彼に声をかけるのは珍しい。一応はご主人様と召使という関係なのだ。そうでなくても、ベネディクトのまとっている雰囲気は、他人が馴れ馴れしく声をかけられるようなものではない。十分に地位や身分のある人間でさえ、彼と話すのは気後れを感じているように見えるのだ。私は彼女の言葉を待ったが、ベネディクトはちらりとそちらに視線をやっただけで気にせず歩き去ろうとした。


「あの」


 足を止めさえしないベネディクトに、女性はもう一度、声をかけた。消え入りそうな、小さな声。なんとか顔を上げ、おどおどとした気の弱そうな瞳をベネディクトに向けていた。が、やはりベネディクトは止まろうとはしない。私の鎖を持ったまま、部屋に向かっていこうとする彼に対し、私は思いっきり鎖を逆方向に引っ張ってやった。ベネディクトはバランスを崩し、否応なしに足を止められる。


「何をする?」

「ベネディクトが無視してるからでしょ」

「話の内容は見えているからな」


 彼はそういうと、無表情で使用人を見下ろした。もともと小さかった女性は、さらに小さくなる。見たことのない顔なのは、最近入った人なのか、それとも私が出入りしない場所で働いている人なのか。ベネディクトは自分の手首にまきつけていた鎖をゆるめ、淡々とした口調で聞いた。


「いくら必要なんだ?」


 いきなりなんて事を聞くのだ。

 話の内容は見えていると彼は言ったが、ベネディクトに声をかける人間が全員、金の無心をするわけではあるまい。ベネディクトの単刀直入な物言いに、女性は青い顔をして固まった。それを見て、ベネディクトは時間の無駄だとでも言うように肩をすくめると、そのまま身を翻そうとした。なんて性格の悪い男だろう。私が内心でふつふつと怒りを湧き上がらせていると、女性が意を決したように口を開いた。


「すみません。あの……私の村でひどい凶作が続いていて……姉の家では末の娘が栄養失調で亡くなりました。私の両親や子供たちは何とかベネディクトさまからいただく私のお給金で食べていけているのですが、あの……」


 彼女は揺れる瞳に涙を浮かべていた。女の私でもどきりとしてしまうような、儚げで、それでいてある種の決意を浮かべた表情。だが、どう贔屓目に見ても、ベネディクトの表情は心を動かされたようには見えなかった。


「村人全員を食わせられるだけの金を払えと?」

「そんな大それたことは! ですが……ほんの少しでも良いのです。どうぞ、私たちを助けてはくださらないでしょうか。お金はきっと、何年かかっても、お返ししますから」


 彼女はそう言うなり、床に伏した。額を廊下に付けるようにして、懇願する。

 私は言葉を失い、その切実な様子に改めて胸が痛くなった。この屋敷で暮らしている間に、いつの間にか、そんな感覚を忘れてしまっていた自分に気づいたのだ。

 ベネディクトは働くことなく、何でも手に入れられるだけのお金を持っている。だが、この屋敷を一歩出れば、人々は食べるものにも苦しんで生活していた。私が暮らしていた村も、決して裕福ではなかったからよくわかる。天候や領主の気まぐれな振る舞いによって、細々と切り詰めた生活でさえすぐさま崩れるのだ。ベネディクトには分からないだろうが、それが彼らの——ごく一般的な人々の——現実である。

 ベネディクトはそれをどう考えているのだろう。 ちらりと彼の顔を窺う。


 彼は、一言で言えば、面倒くさそうな顔をしていた。

 やっぱり金じゃないかと顔に書いてある。彼は鎖をぐるぐると手首に巻き私を引き寄せると、早足で歩き出した。女性が慌てて彼の側に近寄る。


「あの、どうか」

「五十までなら執事に言って勝手に持っていけば良い。その代わり、適当な人間を二・三人屋敷に使用人として寄越してもらおう。金を返すといわれても、とても信用できないからな」


 彼は面倒そうにそう言い放つと、女性を置いて部屋に戻っていった。

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