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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
15/88

エロチシズム(1/2)


 アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。

   

 彼は他人に興味が無い。

 家族も親戚もいない彼にとって、全ての人間は他人である。屋敷では多くの人に囲まれて生活しているが、彼がそこに注意を向けることはない。彼にとって使用人は使用人であり、護衛は護衛である。医師は医師であり、研究者は研究者でしかない。彼らに仕事以上のものは何も求めていない。どんなに愉快な話術を持った使用人がいようと、どんなに特殊な特技を持った護衛がいようと、どんなに顔の大きな研究者がいようと、彼の目には入っていない。どんなに美人で官能的な配膳係の女性が必要以上に近づいてこようと、彼はそれがアピールであるとは全く気づかないだろう。彼にとって他人とは、彼が求めるものを返してくれる存在でしかないのである。


 だから、彼には友人などいない。そもそも彼がそんなものを求めたこともない。雑談をしたければ専門の研究者を呼び、体を動かしたいと思えば、剣の師範を連れてくる。楽器が弾きたければ、楽師達を呼んで一緒に演奏をする。当然、彼はそれを寂しいと思ったことはなく、それを寂しいことだと思ってしまうのは彼との価値観の違いであるのだろう。


 そんな彼にとって、私はどういった存在なのだろう。

 ——単なるペットだと言われたら殴ってしまいそうなので、聞いてみる気は無い。


***



 私は目の前の光景に、息を止めた。

 ソファに座っているのは、見慣れすぎたほどに見慣れたベネディクト。彼は端整としか言いようの無い、彫像のような顔をこちらに向けた。なめらかな肌に、美しく淡い宝石のような光を放つ青の瞳。女に生まれていれば、傾城とでも傾国とでも呼ばれたことだろう。ルーズにのばされた長めの髪を、今は後ろでひとつに結んでいる。

 ——彼はなぜか、女と一緒にいるときは髪を結びたがる。

 彼と向き合うように、彼のひざの上に座っているのは、見たことの無い女性だった。ベネディクトほどではないが見事な金髪をした、若い女性である。彼女はベネディクトから少しだけ遅れて、私を見た。切れ長の瞳が印象的な、文句なしの美人だった。


 私は慌てて回れ右をした。すると、自分の足につけられている鎖が絡まり、見事に転ぶ。我ながら、絵に描いたような醜態である。それを見て、ベネディクトがあきれたような声をよこしてきた。


「まだ服は着ているぞ」


 だからなんだ。

 足に巻きついている鎖に悪戦苦闘しながらも立ち上がろうとしていると、背後から女の声でくすりと笑うような音がした。思わず振り返ると、女はベネディクトの首に手を回したまま、転んだままの私を見下ろしていた。その瞳には、はっきりとした侮蔑がある。それは魔女である私に対するものなのか、それとも鎖に繋がれている私に対するものなのか。もしくは、ベネディクトを独占しているという見当違いの優越感か。

 かっと顔が熱くなるのを感じる。恥ずかしさと同時に、怒りがわいてきた。怒りの矛先は、美しい女の顔から、彼女をひざに乗せている無表情の男に向けられる。私は立ち上がると、彼に指を突きつけて叫んだ。


「真昼間から、何をやってるのよ!」

「まだなにもやっていない。これからだ」

「な……そ、そんなことは誰も聞いてないわよ!」


 なんて事を言うのだ。慌てた私を見て、彼は首をかしげた。


「真昼間の何が問題かわからないが、気にいらないなら夜にしきりなおそうか」


 そんな台詞を真顔で吐くあたり、始末に終えない。私はぐっとこぶしを握った。そんな問題ではないと言いたいが、そもそも私が彼の行動を怒鳴る筋合いなど無いのだ。彼が朝から娼婦を抱こうが昼から恋人といちゃつこうが夜中に嫉妬に狂った女に刺されようが知ったことではない。無理やりそう思い込み、私は息を吸い込む。憤然と身を翻し、ドアを閉めながら叫んだ。


「鍵くらい閉めなさいよ!」


 我ながら、よく分からない怒り方である。

 それくらいしか言えない自分を情けなくも感じていると、ドアの向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「それは申し訳ないな。ノックもせずにドアを開ける人間が、私以外にいるとは思わなかった」


 そう、ノックは重要である。私はひとつ、大人になった。

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