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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
14/88

サディズム(2/2)


 部屋に戻ってきたベネディクトは、一言でいうと機嫌が悪そうに見えた。彼は持っていた上着をベッドに放りながら、使用人にチョコレートとハーブティーを頼む。普段から無表情だと機嫌が悪そうにも見える彼だが、本当に不機嫌になっていることは少ない。なにせ彼は自分の好きなことしかやらないのだ。会いたい人にしか会わず、やりたいことしかやらない彼が、不機嫌になって良いわけがない。

 不機嫌になりたいのは、手を拘束されたまま放置されていたこちらの方である。


「早く外してよ」

「ああ、メーヴィスのことを忘れてた」


 彼はそう言うと、使用人をもう一度呼んで、チョコレートとハーブティーは彼女の分も用意してくれと言った。


「怒っているときには甘いものと香りの良いものが良いと聞くからな。メーヴィスも食べると良い」


 私の怒りが彼に正しく通じているようで、何よりである。ただし、通じたからといって、手の拘束を外すつもりもないらしい。私は諦めて、嘆息した。それよりも気になる事がある。


「ベネディクトも怒ってるの?」

「いや。単に疲れただけだ。疲れている時にも甘いものが良いと聞く」


 彼はそう言って、使用人が持ってきた茶器を受け取った。部屋中にハーブ特有の清々しい香りが広がる。ベネディクトはそれに少し口をつけるなり、熱いと言った。それは私には単なる感想のように聞こえたが、持ってきた使用人は文句と受け取ったらしい。慌てふためいて謝罪する使用人をうるさそうに見やったベネディクトは、手を振って部屋から追い払う。


「ねえ、殿下って誰?」

「ファンディーヌ・エルヴィラ・ローチ殿下。現国王であるエルネスティ陛下の孫娘だ」

「陛下の孫って……王女様じゃない。知り合いなの?」

 

 驚いて私が聞くと、ベネディクトは嫌そうに眉根を寄せた。


「四年前、王宮主催の夜会で見かけたこの顔に一目惚れしたらしい。それ以来、なにかにつけて王宮に呼び出されては、話し相手やら家庭教師やらをさせられている」


 だから夜会は嫌いなんだ、と彼は言う。

 確かに中身さえ知らなければ、ベネディクトに寄っていく女性の気持ちも分からないではない。長身で眉目秀麗。服装のセンスも洗練されており、立居振る舞いも貴公子然としている。それでいてたまにしか人前に姿を現さないと聞いているから、さぞかし場をざわつかせたことだろう。加えて一目で王女様のハートを射止めたのだから、一発逆転を狙っていた周りの男性陣はおおいに悔しがったはずである。

 とはいえ、中身さえ知らなければ、である。一目惚れが四年間も続いているということは、さすがのベネディクトも王女様の前では大人しくしているということか。


「すごいじゃない。将来は王族の仲間入りね」

「それの何がすごいかは知らないが、同じように考えた貴族の子息から刺されそうになったことがある。全くいい迷惑だ」


 確かにそれは迷惑である。その令息は王女様を狙っていたのだろうか。心底、嫌そうに語るベネディクトに、私は首を傾げる。


「玉の輿を狙ってないのなら、王女様に会いに行かなきゃいいだけじゃないの? お断りするとか」

「四年前にはっきり断った。すると殿下が宮殿の屋上から飛び降りるとか飛び降りないとかの騒ぎになって、危うく王族侮辱罪で絞首刑になるところだった」

「……よく助かったわね」

「それ以来、殿下の誘いを断れば斬首刑、暴言を吐いたら火刑、殿下に触れれば八つ裂き刑にしてやると陛下に言われている。冗談だと思いたいが、陛下は孫である王女を目に入れても痛くないほど溺愛しているからな。本気でやりかねない」


 恐ろしすぎる。触るだけで八つ裂きになるような命懸けの家庭教師などしゃれにもならない。珍しく、少しだけベネディクトに同情した。


「今日の使いは何だったの?」

「もうすぐ殿下の誕生日らしい。私からのプレゼントを心待ちにしていると言われた。婚約指輪が欲しいと言っているらしいが、そんなものを渡したら確実に陛下に斬られるだろうな」


 王女を袖にしても死刑で、求婚しても死刑とはずいぶんと理不尽な話だ。やはり王女様ともなれば、どこかの国の王子様と政略結婚しなければならないのだろうか。四年間も追い求めている愛する人と結婚できないというのは、それはそれで可哀想だと思う。ロマンス小説であれば二人は駆け落ちするのかも知れないが、何せ相手はベネディクトである。駆け落ちしたとのろでロクなことにはなるまい。そう思いながらも、聞いてみた。


「そんなに想われて、ベネディクトに結婚する気はないの?」

「ファンディーヌはまだ十一だぞ。今度の誕生日で十ニ歳だ。陛下でなくても許さないだろう」

「十一歳?」


 私は目を瞬かせた。

 ベネディクトに一目惚れしたのは四年前。彼女は七歳にして求愛を断られ、世を儚んで屋上から飛び降りようとしたのだ。さすがは王女様。というか、なかなかませた子供である。


「すぐに飽きるだろうから飽きるまで付き合ってやってくれと言われたんだが、それでもう四年だ。思い込みの激しい子供は厄介だ」


 ベネディクトは深いため息をつく。意外にも、彼でも悩みというものがあったらしい。


 だが、あと五年もすれば、王女は十七歳でベネディクトは二十七歳。意外と釣り合うのではないだろうか。そう考えて、少しだけ。ほんの少しだけ、胸がざわついたのは秘密である。

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