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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
13/88

サディズム(1/2)


 アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。

 

 まず、彼は変人である。

 これは間違いない。ソフィアだけでなく誰もが頷くだろう。

 先日も彼は、日頃から持て余している財力で、東方伝来の毛生え薬なんてものを購入していた。彼の髪は白に近い金髪。まるで金糸のように美しく繊細な髪は、確かに丈夫そうには見えなかったが、だからと言って禿げる気配など微塵も感じさせない。だいたい、彼はまだ二十代も前半なのだ。毛生え薬なんて買ってどうするのかと思っていると、彼は禿頭の執事を呼び出して手ずからそれを塗布した。そして、毎日欠かさず髪毛の観察日記を付け始める。それが執事に対する嫌がらせなのか、はたまた愛情の裏返しなのか、私には分からない。何にせよ、普通と違う感覚を持っている事だけは間違いない。

 

 また、彼は変態である。

 と言うか、サディストである。これも間違いない——かどうかは知らないが、少なくともソフィアはそう思っている。そうでなかったら、どうしてこの屋敷にはこんなに鎖がごろごろしてるのだ。

 彼の部屋でも壁から繋がれ、書斎に行っても広間に行っても鎖を繋ぐための金具がある。自分の部屋でさえ、ベッドに繋がれているのだ。鎖はフロア中を歩き回れるほどに長いため、別にトイレも何も困らないのだが、逃げられたくないだけならドアの鍵を閉めれば良いだけの話ではないのだろうか。別にわざわざ鎖を繋ぐ必要などない。

 ——となると、これは単なる彼の趣味としか思えないではないか。

 

 もちろん、私の方には繋がれて楽しむ趣味など無い。


***


「メーヴィス、食べないのか?」

 

 冷静に聞いた男を、私は睨みつける。

 足に付けられた鎖で壁に繋がれた私は、それだけでは飽き足らないとばかりに、両腕をまとめられて手首から指先までをぐるぐると布のようなもので拘束されていた。今いる場所は、彼の部屋の一つ、西端の部屋だった。私が把握しているだけで、彼には自室が五つある。もともと、この屋敷の百以上はある部屋全てが彼一人のものではある事を考えると、それが多いのか少ないのかは分からないが、無駄なのは確かである。


「お腹がすいた!」


 目の前に置かれた料理は、私の大好物の野菜とベーコンのラタトゥイユ。香辛料の匂いが湯気とともに部屋に立ち上る。彼は、自分の分があるにも関わらず、わざわざ私の皿に匙をさす。それを自分の口に運んだ。彼の喉が動くのを見て、ぐるると私のお腹がなったのが分かる。彼は、床に座り込んでいる私にあわせるように、毛足の長い絨毯に胡坐をかいて座っていた。


「だから食べさせてやろうと言っている」

「自分で食べるから、手をほどきなさいって言ってるでしょ」

「メーヴィスのような暴力的な人間を野放しには出来ないな。食べさせてやるだけ有難いだろう。本当は近寄るのも恐ろしいんだ」

 

 彼は真顔でそう言った。そのくせ、今度は自分の皿から一口分すくうと、あーん、などとふざけた事を言って口を開けさせようとする。完全に面白がっている。私は彼から思いっきり顔を逸らした。

 

「しつこいわね。まだ根に持ってるの」

「今朝のことについて、まだ、と言われるのは心外だな」

「ちょっと爪があたっちゃっただけじゃない。それで怪我するなんて、あなたの顔がひ弱すぎるのよ」

 

 顔を戻すと、そこには綺麗に赤い線の走った彼の頬がある。陶器のように白くなめらかな肌についたみみずばれの跡は——大した傷ではないためすぐに治るだろうが——目立つ事この上ない。確かに、それをやったのは自分である。申し訳ないとは思っている。

 が、自分の部屋で寝ていたのに、目が覚めたらいきなり彼の顔が目の前にあったのだ。驚いて、思わず手が出てしまっても私のせいではないだろう。女の子の寝室に忍び込んで寝顔を覗き込むような趣味の悪い真似をするベネディクトが悪いのだ。

 まあ、彼に言わせれば、派手に寝言を言っていたから思わず見に来た、ということらしい。どんな寝言だったかは、聞いても教えてくれない。

 

 何にせよ、そういう理由で私の両手は拘束されていた。朝からずっと。彼はそんな私を前にして、嫌味にも昼食を広げているのだ。

 

「もったいない。せっかく美味しいのに」

 

 そんな事は分かっている。この屋敷にきてからと言うもの、食べ物が美味しくなかったことなどない。彼は、一流の料理人を何人も抱えているのだ。お蔭様で今までよりもずっと、美味しく贅沢な食生活を送っている。

 彼は私の拘束をほどいてくれる気はないようで、ゆっくりと自分の食事を続けていた。色とりどりの野菜が入った皿がどんどんと空になっていくのを見ていると、また、ぐるとお腹が鳴る。面白そうな視線を向けてくるベネディクトに対し、私はふいと視線を外した。怪我をさせた私への仕返しのために、わざわざ私の好物を作らせたに違いない。


 彼が空になった皿を床に置いたとき、タイミングを見計らったかのようにドアがノックされた。彼は視線だけをドアに向けたが、声を返すことはない。しばらくして、また控えめにドアが叩かれる。返答をする気配のない彼に向けて、私は首を傾げた。


「応えないの?」

「私の方には何も用はない」

「相手の方に用があるんでしょ」

「それはそうだろうな。用もないのに私の部屋を訪ねる人間がいるとしたら、メーヴィスくらいだ」


 私も用もないのに訪ねてきたりしない。そう言おうと思ったが、その前に外から困りきった人間の声がした。


「あの……ベラスコ様。ファンディーヌ殿下からの使いと仰る方がいらしております」

「殿下?」


 聞こえてきた単語に、私は目を瞬かせる。殿下というのは、一般的には王族に対する敬称ではなかっただろうか。いくらお金持ちとはいえ、ベネディクトは一般市民である——と自分では言っている。そんな彼のもとに、王族の使いが何の用だろう。驚いてベネディクトを見ると、彼には珍しく無表情でドアを見つめていた。やがてクローゼットにかけてあった黒いジャケットを持って部屋を出ていく。


「ちょっと、これ外していってよ!」


 完全に聞こえたはずだが、彼はちらりとも振り返らなかった。代わりにドアの向こうに控えていた使用人と目が合う。彼女はなんとも言えないような顔をしてから、何も言わずにすっと去っていった。

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