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囚われの魔女とベネディクトイズム  作者: 空色ねずみ
本編
12/88

マンモニズム(2/2)


「最終的に、お金が増えるってどういうこと?」


 ベネディクトの前に置かれたお金の山を眺めながら、私は呟く。

 彼はソファに深く腰をかけ、新しく手に入れた陶器のカップで珈琲(コーヒー)なる飲み物を飲んでいた。珈琲というのは異国で流行している嗜好品とのことで、こちらも今日やって来た商人が持ち込んだものだった。ちなみに私の前にも同じカップと同じ黒い液体が置かれているが、一口で吐き出しそうになったため放置している。独特な香りがして、ひたすら苦い。ベネディクトは悪くないと言ったが、よくそんな怪しげなものが飲めるものだと感心する。


 私の言葉に、彼はちらりと視線を向けてきた。

 商人たちの訪問を見越してか、朝から準備されていたお金の山は、彼の散財によって瞬く間に減っていったが、なぜか途中からみるみる増えていき、最終的に大きく増えて一日が終わった。商人たちは商品を売りつけるとともに、ベネディクトの屋敷にある貴重な品物を買い付けにも来たらしい。


「山を買えばマイナスだ」


 山を忘れていた。

 

「……山はともかく、随分と売るものがあるのね?」


 美術商たちが熱狂的な競りで購入していった美術品は、ベネディクトが昔から屋敷で世話をしていた芸術家たちが置いていったものや、売れない芸術家たちの生活を支援するために買い取った作品らしい。それが随分と高値で売れる作品に化けるのだから、ぼろ儲けもいいところである。他にも、書斎にある古書を買いたいと言う古本屋や、部屋に敷いてある絨毯を買いたいと言う家具屋や、実験室に転がっていた石を買いたいと言う宝石商などが現れては、満面の笑みで大金を置いて去っていくのだ。


「そのようだな。商品を売りつけに来るついでに、この家のものを勝手に物色して帰るのが彼らの趣味らしい」

「でも、売った金額より買った金額の方が多いんじゃ、商売にならないんじゃないの?」


 私の言葉に、彼は心から馬鹿にしたように眉を下げた。


「どういう理屈だ。ここで仕入れた品は、明日にはどこかの貴族の屋敷にでも倍の値段で持ち込まれている。いかに安く仕入れ、いかに高く売るかが彼らの商売だからな」

「じゃあ、ベネディクトももっと高く売れば良いんじゃないの?」

「私は別に、商売をしているわけではないからな」


 彼はそう言って、机の上に置かれていた石を指先で弄んだ。宝石商が買っていった石の残りだ。彼がそれを無造作に弾くと、親指の先ほどの大きさのそれは、私の服に当たって絨毯の上に落ちる。痛くはなかったが、目にでも当たれば怪我をする。私はため息をつきながら拾い上げた。


「危ないわよ」

「それが何に見える?」


 言われ、手の中のものをまじまじ見下ろした。それは黒い石だった。少し青みがかっているようにも見えるが、道端に転がっていても特に気にならないだろう。


「石」

「まあ、ソフィアにとっては何の価値もないただの石なのだろう。庭師に聞けば庭石と言うかもしれないが、私はこれを鉱石と呼ぶ」

「石とは違うの?」

「結晶構造が一定であるとかいろいろと科学的な定義はあるが、私にとって研究対象となる物質ということだな。観察をするために必要な石だが、特段、貴重なものでもない」

「それが?」

「宝石商が見れば、それは半貴石とか原石とかいうものらしい。それを職人が磨いて仕上げれば、誰かはそれを宝石と呼んで買うだろうな」


 私は目を瞬かせる。


「この石が、宝石の原石ってこと?」

「人によってはそうだな。だが、私にとってはただの実験材料で、ソフィアにとっては単なる石ころなのだろう。値段や価値など、人によって変わるということだ。そんなもの、前に買った山を掘ればいくらでも出てくる。それがいくらで売れるかなどに興味はないな」


 だが、私ももう単なる石ころには見えなくなった。というか、単なる黒い石でも、売れるというのなら、いくらで売れるのか値段は気になってしまうものではないだろうか。だがそれより気になることがある。


「……宝石が、前に買った山からいくらでも出てくるの?」

「山を調査しているうちに、琥珀や黒玉などの化石や、希少な鉱物が採れることがわかったんだ。私としては発掘して鉱石の生成環境の調査をしたいのだが、宝石として取引をしたいとか山ごと買いとって発掘させてくれとかいう業者が多くて困っている」


 そう嘆息した彼は、心底、面倒くさそうに言った。普通ならば、買った山から宝石がざくざく出てくれば一攫千金と喜び踊ってもいいくらいだと思うのだが、もはやベネディクトにとっては、余計な仕事が増えたとしか思えないらしい。


「そういえば昔はもう一つ山を所有していたのだが、鉄鉱石が多く採れることがわかって国に売ってしまったんだ。買った時の数十倍の値段で売れたが、失敗したな。あの山にある鍾乳洞に研究者が入るのにいちいち申請が必要になった」


 買うものがいちいち大金に化けるのは何故なんだ。普通の人が汗水垂らして働いて稼ぐお金の何十倍ものお金を、ベネディクトは一歩も動かずに一瞬で手に入れてしまう。


「ねえ、今日買った山も、何か出てくるわけ?」


 黒い液体に口をつけていた彼は、私の言葉に笑った。


「私が知るわけがないだろう」 

 



 その後。

 山から何か出たかどうかは知らないが、ベネディクトが気に入って飲んでいた珈琲が社交界で話題となったらしく、入手困難な貴重品となっていた。なんでも、彼に売りこみに来た商人が、ベネディクトがティータイムに愛用していると貴婦人方に吹聴して回ったそうだ。おかげさまで大儲けですと言った商人は、大量の珈琲をお礼に置いていった。

 そしてその山ほど積み上がった珈琲豆の缶は、別の商人が目をつけ、最近急に手に入らなくなったんですと言いながら高値で買っていった。


 なんだかよくわからないが、金は集まるところに集まるということだ。

 ベネディクトはきっと今後もお金に困らないのだろうということだけは、わかった気がする。


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