007.英雄候補の勇者さんがついにS級ダンジョンを攻略するようです。
ヴァルハラDCにホスティングされているサーバーのほとんどでは『仮想ダンジョンサービス』が稼働している。
仮想ダンジョンでは、人間たちの霊魂が冒険を繰り広げられており、大抵の冒険者はそれなりの経験値と宝物を持って帰っていく。ただ何人かにひとりはダンジョンの中で『死』を迎え、霊魂を吸収されてしまう。
吸収された霊魂は一時的にストレージ装置に蓄積されて、一定期間経過すると、どこかへ運ばれていくのだが、サービス提供をしている悪魔たちはどこへ運ばれているのかは知らない。
その前に蘇生魔法が使われると、ストレージ装置から取り出され、サーバーのメモリに入り、再び冒険することになる。
そんな仮想ダンジョン運営会社の最大手『ティルナノーグ』が作ったS級ダンジョンに挑戦しようとしている人間がいた。
人間の霊魂は仮想ダンジョンで経験を積むと品質がよくなっていく。品質のよい霊魂は買い取り価格も高いため、大手のダンジョン運営会社はS級ダンジョンを運営しているのだ。
ただS級ダンジョンを運営しているのは別の意味もある。それは別の機会で語るとして、ここでは仮想ダンジョンに挑む勇者さんの話をしよう。
勇者さんは元々は騎士の従者であった。たまたまイケメンで、たまたま聖剣を抜いてしまったため、英雄候補にされてダンジョンに挑むようになる。
最初はただただ怖かったダンジョンも、仲間ができたり、ピンチを何度も乗り越えるうちに、なんとかこなせるようになってきた。
ただダンジョンに潜るのはいつも怖い。
「やはりS級ダンジョンは容易に攻略できないな(だから帰りましょう)」
「ははは! 勇者さんなら小指を捻るより簡単だろう!」
勇者さんは、戦士さんと賢者さんの二人を仲間にしていた。理由は色々あるのだが、どちらも勇者さんがピンチになったときに助けてくれた命の恩人である。そうでもなければ人見知りの激しい勇者さんがパーティーなど組むはずがなかった。
戦士さんは勇者さんと同じ年齢の女の子だが、その剣の腕前はすでに王国一と言っても過言ではない。ただ若すぎるために重要な役職に就くことができず、武者修行の旅をしているところに勇者さんと出会った。
賢者さんは本人曰く「ほんのちょっと」年上の女性だ。そして、魔法の威力と胸の大きさは王国一という噂である。こっちは頭でっかちで「上司にしたくない人No.1」であるため、適当な役職を付けられてダンジョンの研究をしていたところで勇者さんと出会っていた。
どちらも、勇者さんのピンチを助けたときに、その容姿に惹かれ、付きまとう内に仲間としていついたというのが真相だった。
「まあ、探索して三時間ですし、理論上はあと一時間探索できます」
様子見で入ったダンジョンで出来ればキャンプ地候補を見つけておきたかったが、レベル九十九の勇者さんたちにとってもS級ダンジョンは歯ごたえがあり過ぎた。本来なら、同じようなレベルの仲間をあと三人は欲しいところではあるが、勇者さんは「これ以上は精神が持たない」と思って断念している。
まあ、どちらかと言えばもう少しキャラの薄い人たちを仲間にすれば精神的な疲労も少なくなるのだが、人づきあいが苦手な勇者さんでは気が付かなかった。
「……小休止ののちに一旦帰還しよう(なんでお前ら、そんなに楽観的なの?)」
戦士さんも賢者さんも傷だらけの上、疲労もすごかった。初見の慣れない魔物を相手にして三時間も戦っている。疲れていない方が嘘だった。
「何を言う! 俺たちは勇者さんの足手まといになどならんぞ!」
確かに勇者さんは傷もないし、疲れてもいない。ただそれは戦士さんが勇者さんの分の魔物まで対峙し、賢者さんが勇者さんに回復魔法をかけていたからだ。このふたり、事あるごとに勇者さんを庇い、それが元で継続的な戦闘能力を消費してしまう。
「足手まといになんてなっていません。ただ、今日は様子見でしたので、もう目的は果したというだけです」
勇者さんは肩についた戦士さんの傷をやさしくなぜる。
「ひゃっ」
「無理はダメですよ」
「ひゃ、ひゃい」
戦士さんは真っ赤になりながら頷いた。口の端からよだれが垂れているが、本人は気が付いていない。
「賢者さんも」
「わ、私は大丈夫ですよ」
勇者さんは賢者さんの手を握ると魔力を賢者さんに分け与える。勇者さんの良質な霊魂から紡ぎだされる魔力が賢者さんの胸を熱くさせる。
「あ、あぁ……」
その快感にも似た感覚に思わず変な声が出てしまい、いい歳だというのに頬を赤らめて身をよじっていた。
「さ、二人とも戻って休みましょう」
「はい」
三人はS級ダンジョンから帰るための『帰還石』を使った。これを使えば簡単にダンジョンの出口まで戻れる。帰り道を気にしないでいいのだが、便利な意志だけに値段も結構高い。ただそれは勇者さんたちが持っている財産に比べれば取るに足らない誤差であった。
勇者さんたちはS級ダンジョンの近くに拠点を構えている。一々、最寄りの街に戻るには離れ過ぎていたので、ちょっとしたキャンプを敷いているのだ。留守番をしているのはポーターさんというドワーフ族の娘だった。
フィールドにいる獣ぐらいだったら、一人でも容易に撃退できるぐらいの戦闘力はあるが、勇者さんたちに比べれば、まだレベルは低い方だ。
「お帰り! お帰り!」
疲れて帰ってきた勇者さんたちに濡れたタオルを配る。それを受け取って三人とも汗を拭くとスッキリして生き返るようだった。タオルにミントオイルが少しだけ振りかけられており、良い香りとひんやりした感触がそうさせるようだ。
「成果はどう?」
「うーん、やっぱり、三人だけじゃ難しいね」
何気に言った勇者さんの言葉に、戦士さんと賢者さんの目つきが変わる。
「あ、あの、私たちでは力不足でしょうか?」
二人ともレベル九十九なのだから力不足ではない。
「え? いや、あのS級ダンジョンはたぶん六人ぐらいの人数で挑戦するようにできているんだと思うんだ。ほら、通路の幅も今までのダンジョンより広かったでしょ?」
あまりにも優秀過ぎてダンジョンの適切な攻略人数というものを無視してきた一行だが、流石に最高レベルのダンジョンともなると、適切な人数を意識せざるを得ない。
「な、なるほど……。いや、しかし」
「なぁ……」
戦士さんと賢者さんは新しい仲間を増やしたくない理由があった。これ以上、勇者さんを取り合う女性を増やしたくないのだ。ならば、男性を仲間にすればいいと考えるのだが、仲間になりたいという男性はいなかった。
「えーと、ちょっと心当たりがあるんですよ」
「え!?」
「二人とも爬虫類は駄目じゃなかったですよね?」
「そりゃ、駄目じゃないが」
「私も別に問題ありませんが」
「じゃあ、二人で少し休養していてもらえますか? たぶん、三日ぐらいで戻ってこれると思うので」
「着いていくよ」
「ええ、勇者さん、一人では心配です」
二人とも新しい女性が近づかないように同行を申し出るが、勇者さんは首を横に振った。それを見て二人はしぶしぶキャンプで勇者さんの帰りを待つことにしたのだった。
最寄りの街の酒場では、龍神族と呼ばれるリザードマンたちが酒を舐めて寛いでいた。普段は好戦的な種族ではあるが、酒場で酒を舐め始めるとみんな無口になってしまうことで有名だ。「リザードマンと喧嘩をしたときは酒場に連れていけ」という諺もあるほどだった。
「龍ちゃん、久しぶり」
「ん? 勇者さんか」
勇者さんが声を掛けたリザードマンは金色の鱗が煌めいて他のリザードマンより華やかだった。すべての鱗が金色になると龍へ進化すると言い伝えられている。龍ちゃんと呼ばれたリザードマンは進化の条件を満たしていた。
「S級ダンジョンを攻略していたのではなかったのか?」
「うん。そうなんだ」
勇者さんは正直に今の状況を伝えた。龍ちゃんはレベル九十九の上、さらなる上位種へ進化する可能性がある。S級ダンジョンの攻略にはもってこいの人材だ。
「うむ。手を貸すのは吝かではない。しかし、ワシだけでは足りぬだろう」
「そうなんだけど、誰かいい人を知らない?」
龍ちゃんと勇者さんは隣村同士の幼馴染だった。小さなころから剣術の稽古で一緒になり、ともに騎士見習いになったのだが、龍ちゃんは好戦的な性格が災いして騎士見習いを首になり、ダンジョンを探索する冒険者となった。勇者さんがダンジョンに挑戦し始めたときには、ダンジョンで注意する点などを教わったりしていた。
そして、勇者さんよりも長く冒険者をしているだけあって事情通で、誰が優秀なのかをしっかり押さえているのだ。
「一組いる」
「紹介してほしいんだけど、大丈夫かな?」
勇者さんの性格を考慮して紹介してくれることはわかっていた。
「わかった。おい」
一緒に据わっていたリザードマンを一人呼ぶと、龍ちゃんは何やら耳打ちをした。リザードマンはそのまま酒場の外へ出ていく。
「呼び出した。あいつらが来るまで、酒でも舐めながら最近のことを聞かせてくれ」
勇者さんは頷くと、龍ちゃんと同じようにお酒を舐めるのだった。
追加の戦力とともにS級ダンジョンのキャンプに戻ってきた勇者さんは、なぜかテントの中で戦士さんと賢者さんに囲まれていた。
「あの二人だけはだめです」
「そうだ。そうだ! ぜったいダメ」
勇者さんが連れてきたのは龍ちゃんと、龍ちゃんが紹介してくれたエルフの女性二人だった。
エルフは双子で容姿はそっくりだが、一人は弓の達人、一人は精霊魔法の使い手だった。どちらも容姿端麗、胸は少々足りないもののスタイル抜群、もちろんレベルは九十九である。何より重要なことは勇者さんにあまり興味がないという点だ。
文化的にエルフは自分たち以外の種族を下に見ている。エルフ至上主義であり、恋愛するならエルフ同士が当たり前だった。だから龍ちゃんが勇者さんへ紹介したのだ。
ただ、エルフと容姿を比べられる戦士さんと賢者さんは別だ。どうしても引き立て役になってしまうことは避けられないのである。
「……S級諦めようかなぁ」
勇者さんは正直、人間関係が得意ではない。人間関係で問題が起こった場合に、問題を正しく把握することができない。だから、問題が起きたと感じたら、すぐに主目的を辞めてしまおうと考えてしまうのだ。
「……」
勇者さんがこんなことを言うのは初めてではないため、戦士さんも賢者さんもどう対処すればいいか慣れていた。
「わ、わかった。認めるよ」
「私も認めます」
勇者さんの提案通りにしてあげるのが一番だった。
「心配すんな、弓さんも精魔さんも勇者さんには興味ねぇ」
龍ちゃんがフォローを入れるが、そういう問題ではなかった。




