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006.本当にやりたかったことを思い出したんですか?

 新人ちゃんは、先輩さんの気持ちに気が付いていた。


「今日は気合入れるぞ!」


 新人ちゃんの姿を見たものは誰でも「あ、キューピッドやん」と思うことだろう。


 ちょこんと頭の上に載る天使の輪、白いふわっとしたワンピース、それに背中に生えた小さなかわいい羽根。


 どれをとってもキューピッドそのものだった。


 しかし、新人ちゃんはヴァルハラ出身のヴァルハラっこだ。ゆえにキューピッドの家系ということはあり得ない。


 ヴァルハラの天使と言えば、『ヴァルキリー』である。つまり、新人ちゃんはヴァルキリーなのである。


 その新人ちゃんがなぜキューピッドの恰好をしているかと言えば、それは幼少期の体験が元になっている。


 それはたまたまだった。友達同士が喧嘩しているのを仲裁した。そうしたら、その二人は仲良くなって恋人同士になった。本当にそれだけで新人ちゃんは自分にキューピッドの適性があると思いこんだ。


 今回、先輩さんの恋を応援しようと決意したのは、そういう新人ちゃんの思いこみがあるからだ。数々の恋を成就させてきた「あたし(・・・)ならやれる!」と思ったからこそ、エンちゃんと会おうと考えたのである。






 またファミレスである。


 新人ちゃんは、「雰囲気作りが下手だなぁ」という感想しかなかった。まあ、今回の目的は先輩さんの恋心をハプニングで、あくまでもハプニングでエンちゃんに認識させることだ。新人ちゃんの経験によれば、『恋は知るところから始まる』である。


 ちなみにエンちゃんはファミレス以外に食事や話をするお店を知らなかった。ヴァルハラに来て結構な時間が経過しているのだが、開発や障害対応などで自宅と会社とデータセンターを行き来している時間が大半だったのだから、仕方ない。仕方がないのだ!


 どんなに都会のきれいなビルにオフィスを構えても、その街を見て回ることができなければ、人間の心は豊かにならないのだ。もちろん、ファミレスをディスっているわけではない。ファミレスは全国どこでも均一の品質で気軽に入れて心休まる聖域(サンクチュアリ)である。


 テーブル席に先輩さんと新人ちゃんが並んで座り、反対側にエンちゃんが座っている。今回は営業さんは不在だ。エンちゃんとしては来て欲しかったのだが「ファミレスで奢ってもらうものはもうない」という断り文句だった。


「え、エンちゃんとお申します。この度はおいでいただきましてありがとうございます」


「あー、この前の十六台の人ですよね?」


「お、覚えてくださってくれたんですか?」


「あはは。固いですよ。お仕事じゃないんですから」


 新人ちゃんは気さくに返事をした。


「いやぁ、うれしいなぁ」


 エンちゃんは頬を紅潮させて頭をかく。とても緊張していただけに、こうも好意的に話し始めてくれたことに安堵していた。当たり前である。新人ちゃんの目的は先輩さんと恋仲になってもらうことなのだから。


「じゃ、飲み物取ってきますね。先輩さんはブラックコーヒーですか?」


「うん。ありがとう」


「ぼ、僕も行きますよ」


「座っていてください。エンちゃんもブラックコーヒーでいいですか?」


「え、あ、はい……」


 エンちゃんは本当なら手伝いをしながら話をしたかったのだが、断られてしまい、おとなしく椅子に座る。


 新人ちゃんはドリンクバーの列に並ぶとスマホを取り出して、先輩さんへメッセージを送る。


 ――すみません。混んでいるみたいなんで間をつないでおいてください!


 こうすれば先輩さんがエンちゃんと話をする時間を確保できるだろうと目論んでいた。もちろん、エンちゃんが新人ちゃんに好意を抱いていることには気が付いている。しかし、新人ちゃんにとっては先輩さんの方が大事であり、また何よりも先輩さんの『恋』が最重要であった。


 なんとかして先輩さんの恋を成就させてあげたい。なにしろ、新人ちゃんはキューピッドにあこがれているのだから。


 そして、ここが本職のキューピッドと新人ちゃんの違いであった。エンちゃんの恋心はガン無視なのである。


 列に並びながら、ちらりと席の方へ視線を向けると、先輩さんとエンちゃんが何かを話しているようだった。同じ煉獄出身の悪魔同士なので、共通の話題には事欠かないであろう。列もいい具合に進んでいないし、新人ちゃんはにんまりしていた。






 先輩さんはちょっと困っていた。まさかエンちゃんと話ができる機会が今日巡って来るとは考えていなかったからだ。


「えっと、ま、また会いましたね」


「え? ええ……」


 先輩さんはサッキュバスなのに会話下手である。いや、いつも会話に支障が出るわけがない。先輩さんがエンちゃんのことを好きすぎるからこそ、うまく会話ができないのだ。


「あ、えっと、めっちゃ好みです!」


 あまりにてんぱり過ぎて思わず本音が出てしまう。


「ち、違います! えっと、このヴァルハラ猪がですね!」


「あ、ヴァルハラ猪っておいしいですよね。天界の食事って僕たち悪魔に合うのか心配だったんですけど、ヴァルハラ猪はすごく悪魔の食事っぽくて好きです」


「ですです!」


 みんな大好きなヴァルハラ猪。もちろん、ヴァルハラにはそれ以外にもおいしいものはたくさんある。決して天界の中の田舎なのではない。


「先輩さんはヴァルハラに来て長いんですか?」


「ヴァルハラDCが出来たときにこっちへ来たので、千年ぐらいですね」


「へぇ、僕と同じですね」


 どの悪魔にもある共通項なのに、先輩さんのテンションはマックスを超えてしまった。


「同じ、そう同じです!!:」


 あまりに興奮してしまったため、机を叩いて立ち上がる。大きな胸が上下に揺れた。


 今日の先輩さんは、営業さんの指導の下、エンちゃんの好みそうなガーリースタイルだ。いつもは洗いざらしの麻のシャツに、ジーンズボトムというラフなスタイルだが、ちょっとぐらい気を引けないか考えた末の勝負服だった。

 ゆるふわでゆったりした服を着ているが、圧倒的な肉感は隠せていなかった。はっきり言えばアンマッチで似合っていない。


 飲み物を持ってきた新人ちゃんが来る。


「先輩さん、どうぞ。エンちゃんにも」


 興奮した先輩さんへコーヒーを渡し、落ち着かせると、自分の分のクリームソーダをテーブルに置いた。ふたりの会話が盛り上がっていたことがうれしく新人ちゃんの笑顔にも力が入る。


「あ、ありがとうございます!」


 それを見て、エンちゃんも自然と笑顔になる。今日も新人ちゃんはAラインのワンピースを着ており、頭の上の天使の輪も一段と輝いている。やはり可愛いと再認識する。


「えっと、天使のことについて知りたいんでしたよね?」


「え、ええ」


 本当は新人ちゃんのことについて知りたいのだが、それを口にできるほどエンちゃんの度胸は大きくなかった。


「なんでも聞いてください。あたしも悪魔のことについて知りたいので」


 千年前から始まった天使と悪魔の交流だが、その多くは仕事を通してのことで、互いの文化や風習について理解が深まったとは言えなかった。


「こ、こちらこそ。僕は比較的若い悪魔なので伝統的な悪魔の風習には詳しくないですけど……」


「あ、そこは私が補足するから安心して」


 先輩さんは伝統的な悪魔なので、エンちゃんの知識をフォローできる。


「よろしくお願いします」


「任せて!」


 エンちゃんに頼られて少し嬉しそうだ。それを見て新人ちゃんは「伝統的な悪魔に関する質問だけしよう」と決めるのだった。



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