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004.サーバーリフターって名前、カッコいいと思いませんか?

 エンちゃんはデータセンターの搬入口に山積みになったダンボール箱を見て呆然としていた。ひとつひとつは自分が三人ぐらい入りそうなダンボール箱だ。中にはキッティング済みのサーバーが入っている。


「いや、これ一人でどうしろと?」


 過去の自分を問い詰めたかったが、今となってはもう遅い。どうにかして今日中にラッキングをしなければならない。


「とりあえず、台車借りてくるか……」


 千里の道も一歩から。エンちゃんは絶望を胸にサービスデスクへ備品貸し出しの手続きに向かうのであった。






 エンちゃんが取り返しのつかない後悔をする一カ月ぐらい前、ダンジョン運営会社『スモールダンジョン』では、企画会議が行われていた。企画会議と言っても、営業さんとエンジニアのエンちゃんの二人だけだ。


 ここのところ、ダンジョンの運営がうまくいっており、サービス規模を拡大したいという相談だった。


「なんかさー、うちのダンジョン、『天の声』が聞こえて死んでも低確率で復活するらしーんだ」


 金髪に染めピアスをして派手な化粧をしている営業さんだが、営業としては凄腕でスモールダンジョンの営業活動を一手に担っている。悪魔がゆえに派手な身なりにするのは正しいのだが、エンちゃんはどことなく「似合ってないな」と感じていた。


「天の声って、悪魔が運営するダンジョンでそんな実装あるわけないじゃないですか」


 仮想ダンジョンのシステムはエンちゃんが(はな)からすべて開発したわけではない。カスタマイズをしているが、そのほとんどはオープンソースであり、オープンソースのコミュニティで開発や保守が行われている。


 エンちゃんもバグ修正(フィックス)を時々プルリクエストするぐらいにはソースコードを読んでいるので、絶対にないと言えないまでも常識的にないと言えた。


「でもさー、その声が聞こえるおかげでー、人間がジャンジャン死んでくれるんだわ」


「信じられない」


 エンちゃんは深夜にあったアラート対応で睡眠不足であり、思考能力が弱くなっていた。なんで人間がジャンジャン死んでくれるのか、考えたくもなかった。


「いや、どうもね、低確率でも復活するっていう安心感?みたいなものがあるっぽくてー、結構、無茶してくれるんだよねー。煉獄DCで運営していたときは、十フィート棒で床叩きながら迷宮を進むとか、めっちゃ慎重に探索していたのにさ」


 大半の人間は悪魔と比べたら脆弱であり、すぐに死んでしまう。もちろん、ダンジョンで死んでもらえば霊魂が手に入るのでスモールダンジョンとしてはウハウハなのだが、ダンジョンに入った人間がすべて死ぬようなことがあると、そのダンジョンは難易度が高いと認識され、そこに入る人間がほとんどいなくなってしまう。

 だからと言って、ダンジョンの難易度を下げると今度は高レベルの人間に用意した武器や宝石を根こそぎ持っていかれて、ダンジョンの収益が赤字になる。


 営業さんはそういう損益分岐点を見極めるのがうまかった。その営業さんが損益分岐点が左側に移動していると感じているのだ。


「景気のいい話でいいじゃないですか」


「うん。でさ、俺としては」


 営業さんは「俺っこ」であった。女性なのに一人称が「俺」になっているのは営業さんがそういう方言の地方出身であることに由来している。エンちゃんはまだ若い悪魔なので、それが方言だとは気がついていない。


「倍、いや、三倍にダンジョン増やしたいんだよね!」


「お断りします」


 エンちゃんは即決した。売り上げが増えれば、エンちゃん以外にエンジニアを雇えるかもしれないが、ここは煉獄ではない。ヴァルハラという天界なのだ。悪魔のエンジニアはそう簡単には採用できない。


「お賃金増えちゃうかもよー」


「増える前に死にますね、僕が」


「うーん。じゃさー」


 会議室には営業さんとエンちゃんしかいない。営業さんは襟元を緩めながら、エンちゃんに近づく。


「な、なんですか!?」


 腰が引けているエンちゃん。実のところ、まだそういう経験はない。それもこれも仕事が忙しい上に知り合いも少ないヴァルハラで働いているからだった。


 ――ゴクリ


 エンちゃんが唾を飲み込む。ここで大人の悪魔になってしまうのか?と思いながら、スタイルの良い営業さんを見た。


 見た目はエンちゃんの好みとは遠いのだが、美人だし、言葉使いは荒いが性格はいい。何より、あの伝説の種族『サッキュバス』の家系だ。その手のことについては非常に期待できる。


「ね、いいよね?」


「……うん」


 そして、エンちゃんは返事をしてしまった。ここにまたひとつ悪魔の契約が生まれたのだった。






 そんなことを思い出しながら、エンちゃんはサービスデスクの担当者を呼び出した。


「お待たせしました!」


 出てきた担当者は、あの日見た花だった。名前はまだ知らない。


「担当の新人ちゃんです。よろしくお願いします」


 Aラインのワンピースを着て、頭の上に天使の輪をのせている。完全に天使だった。


「えっと、スモールダンジョンのエンちゃんです。あの、サーバーを十六台ほど設置したいんですけど……」


「わかりました。サーバーは今どこにありますか?」


「まだ搬入口に積んであります」


「では、行きましょうか」


 サーバーなどの大きな機器を搬入し、設置する場合、通常の入館ルートとは異なる特別な通路を使う。それはデータセンターの中にあるものを簡単には持ち出せないようにするセキュリティのひとつで、そのルートはデータセンターのローカルエンジニアでなければ通れないように所々施錠されている。


「あ、あの!」


「何でしょうか?」


「台車を持っていかないと……」


「あ、十六台ぐらいなら要らないです」


「え?」


「え?」


 ふたりは話が噛み合っていない。エンちゃんがヴァルハラDCに移設するとき、サーバーを搬入したが、たった六台でも、かなり大変だった。


「とりあえず、現物を見せてください」


「はい……」


 腑に落ちないながらも搬入口に向かう。


 サーバーの大きさは規格化されていて、ユニットという単位で表される。大体は1Uか2Uであり、ひとりでなんとか持ち上げられる大きさだ。

 同じ大きさのサーバーでも重さはまちまちで、今回スモールダンジョンが買ったサーバーは仮想基盤に使うため、4Uもあり、かなり高性能な機体だ。

 中にはメモリやストレージがいやというほど詰まっており、ひとりで持ち上げるのは不可能に近かった。


 搬入口に着いたふたりは山積みのダンボール箱を見上げる。エンちゃんが改めて見ても、頑張っても二個ずつ運ぶのがやっとだと感じる。それも台車を使って。


「これなら、四個ずつ運べますね。どれから運びましょう?」


「え? あ、どれも同じサーバーなのでどれから運んでも大丈夫です」


 新人ちゃんは一番近いところにあった箱を二つ持ち上げて、パタパタと飛んだ。そして、その隣にある二段になった箱に積み上げた。

 天使という見た目と、重そうに見えない表情から、中身が入っていないかと勘違いしてしまうほどだった。


「では、案内します」


 新人ちゃんはひょいと四段になった箱を持ち上げると、トコトコと歩き始める。


「あ、はい!」


 エンちゃんは夢でも見ているのかと思って頬をつねるが普通に痛かった。


「サーバーリフター要らないやん……」


 エンちゃんはサーバーリフターというサーバーを高い位置まで持ち上げる機械をちょっと使いたかったが、これなら完全に要らない。


 エンちゃんは新人ちゃんをちょっとかわいい女の子と思っていたが、見た目だけではない、思わぬ怪力を見て、評価を改めるのであった。



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