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003.ローカルエンジニアの休日はどこへ行くと思いますか?

 本日の新人ちゃんは休日である。


 データセンターに勤務していると、たまに夜中や土日にシフト勤務が入ったりするが、その振り替えとも言える平日が休日になったため、昼間から街をぶらぶら歩いていた。


 今日の新人ちゃんの目的は服である。データセンターに勤務しているので、着る服には拘らないといけない。


 なにせデータセンターのコールドアイルでは床下から冷たい空気が吹きあがってくるのだ。ヒラヒラしたAラインのワンピースを着ようものならパンツが丸見えになってしまう。古い映画にあったが、地下鉄の換気口の上をハイヒールで歩く女性みたいにアホ丸出しになってしまう。


 ならズボンを穿けばいいじゃないかと言われるのだが、Aラインのワンピースは天使のアイデンティティとして譲れない一線だった。天使の輪と白いワンピースはセットでないと。そう思い頭の上で揺れている天使の輪をちょこんとつついた。


 ――ぐ~


 朝は何も食べていないため、お腹の虫が鳴いてしまった。行きつけのお店に行く前に少しお腹に何かいれようと見回す。

 休日なら大通りは歩行者天国になってたくさんの人が歩いているが、平日は会社勤めの人がちらほらと歩いているだけだ。その多くは天使だが、中には煉獄やその他の地獄エリアから来た悪魔たちがちらほらと見られる。ヴァルハラに本来いないはずの悪魔たちが、なぜいるのかと言えば『煉獄DC大障害』が原因だった。


 煉獄DC大障害はデータセンター障害の中では『災害(デザスター)』と呼ばれる分類になる。災害にも色々あるが地震や火事、それに戦争など『天災』に分類される「どうしようもない障害」もあるが、煉獄DC大障害は『人災』に分類されている。


 ただこの『人災』というのは、文字通り『人間が起こした災害』なのだ。


 通常、セキュリティを破るのはとても難しいのでだが、話はそう複雑なことではない。英雄クラスの人間が煉獄へ侵入し、煉獄DCで大暴れした。ただそれだけなのだ。


 結果として煉獄DCにホスティングされていたサーバー機器は全滅。その中にあった人間たちの霊魂はすべて消滅したのだ。

 ダンジョンに入っていた人間がすべて消えた、この事件により人間たちはダンジョンを過度に恐れるようになり、ダンジョン不況の時代が長く続くことになる。

 そして、デザスターリカバリーの大切さを知ったダンジョン運営会社は人間に攻められることのないヴァルハラを始めとする天界にデータセンターを作り、そこにシステムを移設した。


 デザスターリカバリー(DR)は、あるシステムが災害で多数の器機が使えないような場合、同じサービスを別の場所に置いてある器機で継続させることを言う。

 もう少し大きな視点の目的は『事業継続性』である。


 だからこそ、ダンジョンサービスという悪魔とひも付いたサービスなのに、他の地獄エリアではなく、天界のひとつであるヴァルハラにデータセンターができたのであった。


 もちろん、多くのダンジョン運営会社は地獄エリアにあるデータセンターに基盤をおいてあり、ヴァルハラDCはごく稀に起こる災害に備えてコールドスタンバイのシステムが置いてあるだけだ。

 スモールダンジョンのようにすべてのシステムを移してしまうのは極端な例といえた。


 そんなわけでヴァルハラDCに関係するエンジニアには悪魔が多い。


 ――猪丼、いのししカレー、猪天ぷら、猪ステーキ、さらにいのししの刺し身!


 その悪魔たちをターゲットに飲食店が開発したのは、ヴァルハラ名物の『猪肉』を使ったランチの数々であった。


 生粋のヴァルハラっこである新人ちゃんも猪肉は大好物であるが、これから服を買いに行くため、お腹いっぱいにしてはワンサイズあがってしまう。ここは軽食で我慢しようと考えていると。


 ――猪ケバブ


 という看板が見えた。始めてみる屋台だが、巨大な肉の塊がくるくると回る様子はインパクト抜群だ。その肉を削ぎ落とし、薄いパンに野菜と共に挟む。そこにかけられた赤色の甘辛ソースが食欲を誘った。


「君に決めた!」


 新人ちゃんはボールでも投げそうな勢いで列に並ぶ。


 ケバブという食べ物は炭水化物、たんぱく質、それにビタミンとバランスの良い食べ物である。さらに半円のパンを袋状に開くことで、ソースが垂れることを防ぎ、手も汚れにくい。ゴミも包んでいた薄い紙のみと食べ歩きには最適な食べ物だ。


 選べる肉は多いが、ここはもちろん『ヴァルハラ猪』一択。


 ヴァルハラ猪と言えば、取っても取っても翌日には復活しているチート猪だ。これがあるから、あの冬の時代も難なく乗り切れたといってもいい。


 最近では改良が重ねられて肉質も柔らかく、適度な脂身もあって、千年前とは段違いに美味しくなった。


「あ、チーズトッピングで!」


 たっぷりのチーズを入れてハムチのような構成になった。


 ほんのりと暖かいケバブを受け取り、満面の笑顔の新人ちゃん。これにはケバブを売っていた厳つい顔のおじさん天使も思わず笑顔になってしまう。


「さて、どこで食べようかな」


 そう言いながら一口目をかぶりついている。休日なら歩行者天国に椅子なんかもあっただろうが、今日は平日だ。新人ちゃんは周囲を見回して座るところがないのを確認すると、仕方ないのでガードレールに腰かけて食べることにしたようだ。


 トロリととろけるチーズにかぶり付き、口からケバブを離せば、チーズがのびるのびる。これはまるで魔界に住むスライムを思い出させるような粘性だ。


 糸のようになったチーズをパクパクと口の中にしまっていく。発酵したチーズの香りが鼻を抜けて、ふんわりと幸せな気分にさせてくれる。


「まるで天国にいるみたい……」


 ヴァルハラも一応天界のひとつなのだが、それ以上の幸せを感じたようだ。


 さらにもう一口かじると、今度こそヴァルハラ名物の猪肉が口の中に躍り出てくる。


「いつ食べてもうまい!」


 最初は食糧難を回避するだけの存在だったかもしれない。伝説によれば酒と一緒でなければ食べられないような代物だったそうだ。


 だが、今、口の中にあるものは肉だけでうまい!


 そして、甘辛く味付けされたソースがその旨味をさらに際立たせている。これは堪らない美味しさだった。


 次の一口、さらに一口と食べていくと、最後にはパンの端だけが残った。


 新人ちゃんがそのパンを油っぽくなった口の中に放りいれると、油をきれいに吸ってさっぱりさせてくれる。


「……うーん」


 そして、新人ちゃんは思うのだ。


「もう一つぐらいならいけるかな?」


 そう言いながら足はすでに屋台の方へ向かっていた。


 結局、Aラインのワンピースを買うことは諦め、新人ちゃんはケバブを三種類食べることになるのだった。




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