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002.ダンジョンの中身はどうなっているんでしょうか?

 “M2W”マシン室で「大障害」のあった、その日。そのマシン室にサーバーをラッキングしていたダンジョン運営会社『スモールダンジョン』は、監視サーバーから障害検知のアラートを受けて対応に追われていた。


 スモールダンジョンは約千年前の『煉獄DC大障害』を生き延びた小さなダンジョン運営会社で、エンジニアも一名しかいない小規模な会社だ。会社住所こそ煉獄に登記しているが、その実態はヴァルハラへ移っており、煉獄には電話番号だけおいているような状態だった。


 ゆえにヴァルハラDCにスモールダンジョンのエンジニアが乗り込むことは他の会社と比べたら容易ではあったが、それでも入館するまでに少なからず時間が必要だった。


 スモールダンジョンのエンジニアであるエンちゃんは、煉獄出身のエンジニアである。主にアプリ開発を担当しておりインフラ関係は苦手だった。それでも会社で唯一のエンジニアであり、データセンターで起きていると思われるトラブルを解消するスキルがあるのはエンちゃんしかいない。


「ヴァルハラの営業に騙されやがって……」


 エンちゃんはデータセンターを移すことには反対だった。確かに煉獄DCは大障害を起こしてスモールダンジョンも大きな被害を被った。ただ煉獄DCはそれ以降、障害を起こしていない。結果だけ見ればヴァルハラDCの方が障害を起こしているのだ。

 その当時、最大手だった煉獄DCを利用していた顧客を奪おうと、他のDCは営業攻勢をかけ、その結果、スモールダンジョンはヴァルハラDCにホスティングを依頼することになった。

 ただ結果は見ての通り、煉獄DCなんかより不安定なデータセンターで、兎に角、手間がかかる状況になってしまった。


 エンちゃんはいい加減、夜中に起こされることに嫌気がさしていたので、何回も仕事を辞めようと思っていたが、他のダンジョン運営会社のエンジニアの話を聞いても同じような状況なため、転職しても無意味だと考えて思い直していた。


 データセンターの入り口でセキュリティ上の安全のため、個人所有のスマホやカメラなどをロッカーにしまい、急いで“M2W”マシン室の入り口に立つ。


 入り口には透明な円柱があり、この中に一人ずつ入って認証を行う。床は重量を記録するための体重計になっており、入ったときの重さと出るときの重さを図ってマシン室内の機器の盗難を防止している。その認証シーケンスは簡単ではあるものの、急いでいるときには手間であり、エンちゃんは酷く焦って何度も失敗を繰り返した。


 それでも何とか認証をパスすると、マシン室に入る。


「あ!」


 そこまで来てラックキー(ラックの鍵)を取ってこないことに気が付いた。再度、認証シーケンスをしてキーボックスからラックキーを取ってこなければならない。


 気持ちが焦るあまり、時間をロスしてしまったのだ。


「すーはーすーはー」


 エンちゃんは深呼吸をした。乾燥しているデータセンター特有の冷たい空気が肺に流れ込んで切る。こんなところに長時間居たら病気になりそうだった。





 再度、ラックキーを取ってきてマシン室に入るとエンちゃんは自社で借りているラックに急ぐ。その途中で人影を見た。ローカルエンジニアが障害原因を調査しているのだろうと思って近づこうとすると、


「妖精さん!!」


 と言いながら近づいてきた。


「誰だよ!?」


「え、あぁ……。すみません。間違えました」


 向こうから歩いてきたのは新人ちゃんだった。Aラインのワンピースのチビ天使である。天使を見るのは初めてではないが、新人ちゃんの容姿はエンちゃんのドストライクだったため、ちょっと頬を赤らめてしまった。


「い、いえ、こちらこそ失礼な態度ですみません」


 しかし、こんなところでラブコメをしている暇はエンちゃんにはなかった。今は発生している障害を解決するのが最優先なのだ。


「急いでいますので、これで」


「は、はい」


 ラックの位置まで小走りで行く。ラックの扉は空気を通すために網状になっているが、外から見た感じではメンテナンスが必要であることを表すLEDは光っていない。すべて正常に見える。


 極まれにあるケーブルの差し込みが甘く抜けてしまっているようなスイッチポートもなかった。


 ラックの扉を開け、アラートが発生した原因になるであろうサーバーのIPMIポートに持ってきたノートパソコンを接続した。これでサーバーの状態を確認できるVNCコンソールを開くことができる。ヴァルハラDCに来る途中のタクシーでリモート(ssh)接続を使用したが接続できなかった。おそらくネットワーク(N)インターフェース(IC)がダウンしたのではないかと障害原因の当たりを付けていた。


「あれ?」


 しかし、NICは正常に動作しており、パケット取得ツール(tcpdump)を使ってPINGを実行しても問題なく動作していることが確認できた。サーバーの中で動いているダンジョンを実現するためのサービス(daemon)も通常起動しており、ログを見てもエラーは発生しておらず、正常に処理されているようだ。


 こうなると、サーバーの上位ネットワーク装置で問題が発生しているとしか思えないが、それにしては上位のネットワークにも正常に接続できる。


 ここまで調べて見た目が正常になっているため、データセンター内だけで使えるPHSを使って本社で待機している営業さんに連絡を取る。すぐに出た営業さんに状況を確認すると、どうやらサービスは正常に復旧しているようだ。三十分のサービス停止が発生していたが、その後に自動的に復旧したらしい。

 ダンジョンサービスが三十分停止しても売り上げのインパクトは極微小だ。営業さんは「復旧したならいいや」と軽い感じでエンちゃんに戻ってくるように伝えた。


 無駄足となってしまったが、エンちゃんも安堵していた。大した障害にならないことが重要なのだ。ただこれが何度も続くようになるとエンちゃんは自分の胃袋に穴が開くだろうなと考えていた。






 ダンジョンサービスの中では、人間たちの霊魂が仮想的に構築されたダンジョンを探索している。この中で取得された霊魂はダンジョン運営会社の売り上げとなり、引いては煉獄をはじめとする下層地域の重要な収入減になっていた。ただ霊魂が何に使われているのか、ダンジョン運営会社は知らない。役所が無制限に買い取ってくれるから始まったビジネスなのだ。


 仮想的に構築されたダンジョンでは、人間たちをダンジョンに呼び込むためにある程度の出費がある。それは宝石だったり、魔法の武器だったりする。ダンジョン運営会社はそういったものを自社で製造、または他の会社から購入し、ダンジョンをクリアした人間たちに報酬として配っていた。なぜそれを行うかと言えば、フリーミアムである。つまり、ダンジョンで命を落としてもらわないことには霊魂を取得できないので、ただで物を配って人間たちがダンジョンに来るように誘惑しているのだ。


 では「障害が起きると霊魂はどうなるのか?」という疑問がわく。


 障害の内容にもよるが、ひどいものだと霊魂が消滅する。そうなると、ダンジョン運営会社は収入がないばかりか、人間界におけるダンジョンの信用が下がって、人間たちが入ってこなくなる。長期的に見て霊魂による収入が減ってしまうのだ。


 特に人気のあるダンジョンで障害が起きて大量の霊魂が消滅するようなことが起こると、その噂は一気に広がり、あっという間にサービス停止に追い込まれてしまう。


 千年以上前に起きた「煉獄DC大障害」では、多くのダンジョン運営会社が大々的にキャンペーンを打ち出した後に、霊魂が消滅する障害が起きてしまったため、小さなダンジョン運営会社の多くはつぶれてしまった。


 だからこそ、煉獄DC大障害を経験しているエンちゃんは、障害に対して極度に神経質になるのだった。



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