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014.勇者さんは天界でも女性にもてるようです

 勇者さんは自分が死んだことに気が付いた。ボス部屋に閉じ込められ、暗闇と無音の世界で数時間過ごした。仲間が助けてくれると信じて疑わなかったが、結果として仲間が助ける前に死んだのだ。

 死因ははっきりしない。勇者さんの最後の記憶は暗闇と無音の世界だからだ。


「目が覚めたか?」


「あなたは……マッドさん……」


「おや? 私を知っているのか?」


 勇者さんは十字天界の聖人のひとりであるマッドさんを見てここが天界であることを悟った。


 しかし、あたりの様子を見回すと何かがおかしい。薄暗い中、縦に置かれた棺桶のような箱がたくさん並んでいる。棺桶の中では精霊か虫か何かがピカピカと明滅を繰り返していた。冷たい風が下から吹き上がり、ゴーという風を切る音が絶えず鳴り響いている。


「ここは天界ですか?」


「ふむ。意図してここに来たわけじゃないのだな。君は」


「はい。仲間と一緒にダンジョン最下層のボス部屋で三体の古代龍を倒した後、私だけボス部屋に取り残されました。おそらくそのあとに死んだのかと……」


「これは!」


 マッドさんは続く言葉を慌てて飲み込む。「僥倖」と続けようとして、人の死を喜ぶのは聖人のすることではないと気が付いたのだ。


 しかし、マッドさんにとって勇者さんとの出会いは「僥倖」以外の何物でもなかった。なにしろ、ここは「ヴァルハラDC」の内部なのだ。ここにダンジョンで死んだ勇者さんがいるということは、マッドさんが追い求めていた霊魂の真理につながるのだ。停滞していた研究が進みだす予感があった。


 ふいにサーバールームが明るくなる。誰かが入ってきて人感センサーに反応したのだろう。


「とりあえず、ここに入れ」


 マッドさんは被っていた白い布の中に勇者さんを招き入れた。


「ここを脱出するぞ」


 研究をするにも話を聞くにもやはりDC内では落ち着かない。自分の研究室に勇者さんを連れて行ってゆっくりと話を聞くつもりだった。







 勇者さんはマッドさんの研究室に連れていかれた。その途中で天界の様子をうかがうことができたが、勇者さんにとってもどれも珍しいものばかりであった。


「やはり天界なのか」


『先ほどの場所は死者の魂を受け入れるための場所なのだ』と一人納得していると、マッドさんが立ち止まる。


 そこは路地裏の道を何回も曲がり、下水道のような通路を通り、スラム街を通り過ぎたところにある古いアパートだった。勇者さんに取っては見慣れない建物だ。


「ここが私の部屋だ」


 マッドさんは曲がりなりにも聖人である。だが、招かれた部屋はとても聖人が住んでいるようなものに見えなかった。

 とても狭く本や書類が散らかっている。


 ただ部屋の奥には白く光る四角い板が見えた。


 勇者さんはその板に近づく。なにやら文字のようなものが浮かんでいたが、勇者さんには読めなかった。


「それは第二の発明デリバティブ・フレームの小さいものだな。人類に与えられた新しい『火』だ」


 説明を受けても理解できなかったが、これが革新的な道具であることは理解できた。部屋の散らかりようは聖人とは思えないものだったが、この光る板は確かに聖人の道具だと思った。


「散らかっているが、適当にどかして座ってくれ」


 マッドさんは冷蔵庫から二本のペットボトルを取り出すと、蓋を開けて一本を勇者さんへ渡した。


「茶だ。瓶のままで悪いがそのまま飲んでくれ」


 勇者さんは恐る恐る口をつけ飲む。


「冷たい清水のようだ」


 とても冷たいお茶に感動していた。勇者さんはいつもダンジョンに潜っていたから飲み物と言えば常温のものしか飲んだことがなく、温度の違う飲み物に敏感だった。


「そうか。ところで君はなんていうんだ?」


「勇者さんです」


「勇者さんか。生前はとても活躍したのだろう。私はマッドさんだ。君も知っての通り聖人だ。ここはヴァルハラでな。地位をもらった十字天界とは異なる天界だ」


「ヴァルハラ……」


 勇者さんもヴァルハラについては戦士さんから聞いてた。しかし、死者の魂を迎えに来るのはヴァルキリーだったはずだ。なぜマッドさんが迎えに来たのだろう。


「勇者さん、君は選ばれたのだよ。この私に」


 薄暗い明かりの中、勇者さんは焦点が定まらなくなっていく。


「なぜ……?」


 勇者さんは飲み物に何かの薬が盛られたことに気が付いた。


「なぜって? それは私がマッドさんだからだよ」


 答えになっていない答えを聞いて、勇者さんは意識を失った。





哲学的コメディのつもりです。

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