012.神は自己同一性を保持できるのか
本来、創造主たる神は唯一であるべきだ。しかし、ここヴァルハラでは神を名乗るものは星の数ほど存在していた。
さて、人間は三次元の存在である。時間という不可逆な次元を入れても四次元の存在だ。もっと正確に言えば『人間が理解可能なのは四次元まで』なのである。
話を元に戻そう。
神は唯一であるべきだ。
そして、もちろん神は四次元の存在ではない。それ以上の高次の存在だ。
高次の存在をそれよりも低い次元で観察するとどういう見え方をするか。
例えば、三次元の人間を二次元の存在が観察した場合、CTスキャンのような人間の断面がうにょうにょとうごめいて、そして、突然消えてしまう。
それから考えると人間が神を観察した場合、唯一の存在であっても様々な見え方をするはずだ。それもCTスキャンのような見え方ではなく、もっと複雑な存在として見えるだろう。
つまり、ヴァルハラにいる神を名乗る存在は唯一神の分身と言ってもいい。
だがしかし、どうしてヴァルハラには神が複数存在しなければならないのか、それとも……?
そこにいる神に近しい存在、マッドさんは神について深く考察していた。
神は唯一の存在である。しかし、その同一性は人間には認識できない。マッドさんですら神の同一性を認識することは不可能である。それほどまでの高次の存在である神を『複数』作り出しているのは人間である。
神は人間を自らのコピーとして作り出したという話がある。
マッドさんはそれを聞いたときにふと思いついたのだ。
「人間の霊魂はもしかしたら神と近しい性質を持っているのではないか」
科学者としての好奇心がうずいて仕方がなかった。
だから、マッドさんはサーバールームにいた。今度はSSDだけではなく、サーバー丸ごと盗もうと考えている。
マッドさんは科学者ではあるが、データセンターにあるサーバーがどんな構成をしているか知らなかった。
普通サーバーというのは単体で使われることはない。サーバーはあくまでも計算能力を担い、データはストレージ装置に保存されるのが普通だった。そして、サーバーは電力の供給がなくなれば、メモリの内容も消えてしまう。
つまり、マッドさんは無駄な努力をしているのだ。
しかし、今回はサーバーを盗むが、次回は何を盗むのか。段々とエスカレートしていけば、人間の霊魂が保存された何かを盗めるかもしれない。なにせマッドさんは聖人である。時間だけはたくさんあるのだ。
マッドさんがサーバーを盗もうとしている頃、エンちゃんはファミレスでドリンクバーを飲んでいた。
最近のドリンクバーにはフレーバーココアというものがあり、マカダミアナッツ風味のココアやストロベリー風味のココアがある。がお気に入りだった。ココアだけだと甘ったるく、たくさん飲めないのだが、マカダミアナッツの香ばしさが後味をすっきりとさせ、ごくごくと飲めるヤバい仕様の飲み物に仕上がっていた。
ただエンちゃんはスマホでゲームを遊んでいた。
最近のお気に入りは戦車に乗って戦うゲームだ。
戦車同士の戦いは軽戦車、中戦車、重戦車、駆逐戦車、自走砲という役割がある。
軽戦車は動きも早く、視認範囲が広い。その代わり攻撃力も装甲も低い。
重戦車は動きが遅いが、攻撃力や装甲が高い。
中戦車はその名の通り軽戦車と重戦車の中間。
駆逐戦車は重戦車の装甲を打ち破る攻撃力があるが、動きが遅く装甲も重戦車ほどではない。
自走砲は広い範囲を攻撃できるが、動きも遅く装甲も低い。
これらの役割を意識しながら、マップ上にある遮蔽物をうまく使い、自分の身の安全を確保しながら、相手の戦車を倒していくのだ。
エンちゃんは軽戦車が好きだった。直接的な戦闘は苦手だが、自分が見つけた敵戦車を自走砲や駆逐戦車が倒していくアシストでも得点が入る。
戦況を見極めながら、隙あらば敵の自走砲を仕留めるのが、とても快感だった。
「あ、やられた」
見えないように茂みに潜んでいた駆逐戦車からのスナイプに一撃でやられてしまったようだ。軽戦車は装甲も薄くヘルスも低いので、こういったことがよくある。その分、機動力が高いので「当たらなければ問題ない」というプレーも可能だが、エンちゃんはそこまでのプレイスキルはなかった。
「うーん」
やられた後は味方の背後霊としてゲームを見ることができるため、うまい人のプレーを観察できる。エンちゃんは味方の軽戦車の人のプレーを見ながら何が自分のプレーと違うのか考える。
今見ている人は茂みの中に入って微動だにしない。これはさぼっているわけではなく、今いる位置で敵の情報を味方に提供する役割に徹しているのだ。重戦車や自走砲が敵の位置を見ながら交戦エリアを変えていく。
敵が近寄ってくると見つかってしまうため、時折、近寄ってくる敵から離れて丘の下に降りたりする。
「なるほどなぁ」
エンちゃんは戦場を走り回って偵察をしていたため、見つかってしまい、逆に狙撃されてしまったのだ。
もちろん、戦車の種類によっては走り回って偵察するのが良い車輛もある。しかし、エンちゃんが今乗っている軽戦車は隠密性が高い車輛だった。
「次はこれで試してみよう」
いったんガレージに戻ると、次の戦場に繰り出していくのであった。