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ブクマ・ご評価、亀更新なのに読んで下さる方もありがとうございます。
勇気とやる気が湧いて来ます。
ふと気がついて問いかける。
「このカフェは?」
「ここは辛党令嬢たちの聖地です!」
いや、そんな言い切られてもわからない。
聞き直してみる。
「このカフェも市場調査の一環なのか?」
「そう…とも言えますね。」
彼女は少し考えながら、言葉を選び話し始める。
「スペンサー公爵領は王都から東、農耕地のほとんどは小麦、主な卸先は王都だと伺っておりますが…。」
目線で確認を取られ、驚きながらうなずく。
「小麦ですと民の主食となっており、競合する所領も少ないため買取量も安定しているかと思います。
我が領地はより北にありまして、小麦の栽培には適しておりません。領地内での消費量程度の生産です。先程の鮮度の問題と、適性作物を考え合わせると葉物よりも芋や根菜類が挙げられますが…芋類などの消費量は頭打ちです。
繊維業の盛り立てだけでなく、やはり未だに主産業である農業を興す場合、新たな消費層を生み出すか、新たなニーズを生み出すかですので…」
そこまで言うとためらいを誤魔化すように紅茶に口をつけ、自分のサツマイモのキッシュを一口。
「美味しいですわ。」と笑みを漏らす。
その笑みは正直ではあるだろうが、感情の全てを出しているわけではない。
貴族令嬢としては当たり前のことなのだが、どうにも彼女には似合わなかった。
「続きは?」
「……退屈ではありませんか?こんな話。」
「いや、とても興味深い。」
「ではこちらのキッシュも一口どうぞ?」
何が『では』なのかはわからないが、早く続きが聞きたくて従う。
「こちらも美味いな。」
「先程の消費者層とニーズの拡大の足掛かりが、この野菜類を使用した甘くない軽食だと思っているのです。
時に甘いものが好きな男性もいるように、甘いものが苦手な令嬢もいます。その令嬢たちお墨付きのこの店、そしてレシピ、客層を参考にできればと思いまして。
新たな顧客は、主食にもなることを示せれば値段から小麦を買うことと同程度ですから、平民にも、デザインや味でブランド化できれば貴族にも広がります。新たなニーズとして、女性のみのスイーツの枠を超えたものになり男女の別なく食べられれば重畳です。」
スペンサー公爵も男性の、貴族の一代表としてどうでしょうか。
召し上がるに値しますか?
召し上がってどうですか?
「そうだな。大元は一緒でも見せ方売り方調理法で可能になるのだろうな。個人的には話題になれば一度は食べる気になるし、一度食べればまた食べたくなると思う。」
「ありがとうございます。」
彼女ははにかみながら礼を言う。
キッシュを食べながら、嬉しさも噛み締めているようだ。
そんなに俺のお墨付きは嬉しかったのか。
「話を馬鹿にもせず、笑いもせずに聞いてくださってありがとうございました。
これでまた明日からも頑張れそうです。」
どうやらそれ以前の問題だったらしい。
この話をする事も、きっと思う以上に勇気がいったことだろう。『正当な評価を得られない』と苦しかった自分を思い出す。人と比べてどうとも言えない。確かに俺は苦しんでいたし、あのまま沈み込んでいてもおかしくない状態だったのだ、姉がいなければ。己の背にかかる重みは今も同じものの、それは自分の誇れる仕事ともなっている。
だが彼女はその土俵にすら立てない。責任を負わせてももらえない。
「明日から?またこのように店をまわるのか?」
「いいえ、日に1軒、行ければ良い方ですね。」
王都は地理にも疎いですし、平民も利用する店は情報を得づらく治安などの状況が分からなくて…下調べだけになる日もありますと続ける。
なるほど、未婚女性一人ではそうだろう。
魔が差した。
……としか言いようがない。
「クレア嬢、他に治安の問題で行くのをためらっている店があるのであればお伴しようか?」
自分から出てきた言葉に後から自分で驚き慌てた。
でも、その言葉に彼女が花が咲いたように笑うから。
俺は撤回することも出来なかった。
「ありがとうございます!」
だが後悔は一瞬で訪れる。
「お姉様はお茶会のお菓子に私が行ってみたいと言う店の商品を買っていて下さったり、女一人で行ける店かどうかを周囲に聞いて下さったり、やめた方が良ければその時の雰囲気をお使いの人に聞く機会を下さったりしていたのです。
お話が楽しいだけでなく、そのお心遣いもうれしくて…
スペンサー公爵のおっしゃっている事が分かりかけてきました。お姉様は素敵ですね!」
あ、公爵も素敵です!好きです!
そうだった。
そう言えばそういう話で姉を連日訪れていたのだった。
彼女と話しているといつも間違ってしまう。
かと言ってやっぱり撤回理由も捏造できず、後日の約束をしてその日は別れた。