05
よろしくお願い申し上げます。
宰相だった親父の後を継いだのは義兄になったその人だったが、結婚後姉を溺愛していて公に
「妻との時間が足りない!早く引退して領地に引っ込みたい!」
と言って憚らない。
そればかりか「後を継ぐのはお前だ。」と俺に宰相位を押し付けようとしてくる。なりたい奴なんていくらでもいるのに。
将来の宰相位まで手の届く範囲になり、領地経営の状態の安定後にますます群がってくるようになった奴らの中で、一番厄介なのは結婚希望者だった。血走った眼で追いかけてきて、あの手この手で搦め捕ろうとする。非常識な行動も迷惑行為もなんのその。集団ヒステリー効果かその激しさと強引さは止まるところを知らなかった。
ある夜会で姉夫婦に会った際、ネジの足りなくなった頭と閉まりの悪くなった口で惚気と結婚の勧めを口にする義兄に忍耐の限界がきた。
話題が話題なだけに人々は会話の成り行きを伺いつつ、公爵家当主同士の会話に入ってこれずに周りに七重八重の大層な人垣を作っていた。いい加減腹に据えかねていたので、これを機に周囲を一斉に牽制する事にした。
「そうですね、結婚したいですね、もし姉上ほどの女性がいたらですが。姉と生まれた時から一緒にいると、理想だけが高くなってしまって困ります。」
流石に一瞬言葉を詰まらせた義兄だったが、次の言葉に脱力する。
「アレクシアはやらないぞ。」
「姉弟で結婚できる訳ないでしょう!……義兄上も姉上レベル以外とは結婚する気になんてならなかったでしょう?」
「そうだな、アレクシア以外とは結婚なんて考えたこともなかったな」
俺は理想が高すぎる重度のシスコンの称号を得て、それからは「姉よりも〜」「姉は〜」で寄ってくる女達を全て斬り捨てた。それでもひと時の遊び相手には困らなかったし、なんだこんな簡単な事で良かったのかと目から鱗が落ちた気分だった。
それからしばらく義兄に警戒されて姉ごと距離を置かれたのは微妙な気持ちになったが、ウザい惚気がなくなってスッキリした。
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そんなこんなで最近は直球勝負はほとんどなくなって、決定的なことを言わずにこちらから断られないように立ち回るか、力技での既成事実作りを頑張るかの2パターンがほとんどを占めていた。そのため油断していて姉を引き合いに出すタイミングを失ってしまったことが敗因であると思われる。
さらにはザムザ家は辺境伯の家系で、夫人や令嬢は領地からほとんど出ない。侯爵だけが王家主催の夜会に短時間出席して社交シーズンを過ごすため、クレア嬢は有名なシスコン情報(自分で言っていてイヤだな…)を知らなかったのかもしれない。
「お姉様…キャベンディッシュ公爵夫人ですわね。具体的にどのような?」
眉根を微かに寄せ、不快げな表情を作って見せる。
「『具体的に』ってクレア嬢にはわからないのかな?姉の魅力が。一目見るだけでもわかるはずだろう?」
自分で言ってて、なんだそりゃ?信者か?と鳥肌が立つ。
話はもう終わりという意思表示と、寒気のする身体を温めるために紅茶を飲む。
またこれで新しい噂がたつかもしれないが、まぁそれも良いだろう。今回のことは油断すると群がってくる女たちは、定期的に牽制しなくてはという教訓になった。
平和なシーズンへの展望を胸に、概ね満足できる結果に安堵する。
「……わかりました!」
え?何かわかっちゃったの?
今の『わかりました』は『わかりました、諦めます。』のニュアンスとは違う。
今度は何を言い出すんだ?
恋じゃない胸の高鳴りがやってくる。
「私、まだキャベンディッシュ公爵夫人にお会いしたことがないのです。一度お会いして、その魅力をこの目で確認して参りますわ!」
ではまた後日改めてまして。
そう言うやいなや、またしても優雅に、だが止める間も無く応接室を出て行った。その足どりは、軽やかに駆け抜ける春風のようだ。
「……え?」
またもや呆然と取り残される俺。
今日も彼女の残り香は、春のような軽やかさだった。
読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
ストック放出中で、中々次が書けません。
完結目標にがんばります。