02
本日は2話更新です。
「好きです!結婚して下さい!!」
まだまだシーズンの序盤である今日の夜会では、春にもかかわらず熱気がこもると共に、皆場の空気を掴みきれずに少しの緊張感が漂っている。
またホストが勢いのある伯爵家で、ゲストが主に特定の相手が決まっていない年若い男女が多いためなおのことだった。
当の伯爵家には今年デビュッタントを迎えた娘がいて、先程伯爵に挨拶した際紹介されて一曲踊った後はどこまでも鬱陶しい視線がついてきていた。
自分で言うのもなんだが、独身の公爵、見目よし、領地経営順調、文官としても優秀、めんどくさい舅姑なしの優良物件は特にシーズン初め頃には毎年色々な令嬢達が集ってくる。有象無象を振り切り、静かなテラスに出てきて一息つこうとしたところで顔見知りに気付いた。
内心舌打ちしたい気分だったが、相手もこちらに気付いていたため声をかけなければならない。仕方なしに軽い会話をしていて、だがめずらしくわざとらしいボディタッチや休憩所への誘いがなく、内容も面白かったため油断していたらコレだった。
やはり、と軽く失望を感じ、だがこんなことはよくあることだと気分が若干沈みそうになった自分に自嘲する。
「……………………………………」
沈黙をとり、たっぷり時間をかけて目の前のご令嬢を見つめてみるが、あちらもジッとこちらを見つめている。
美しい少女だ。
薄暗い中にも光を放つ金の巻毛、肌も照明が強く当たらずとも白く輝いている。
薄い桃色を基調としたドレスは、今年デビュッタントだという彼女の、咲きそめの薔薇のような瑞々しさを引き立てる。
……が、悪いが上の中と言ったところか。
直球勝負は最近富に減っていたが、ない訳ではない。
だが親子二代で傾国の名を冠する母と姉を持つおれが何も言わずにいると、大抵はここらで心が折れて自分から去っていってくれるんだけどなぁ。圧倒的に空気が読めないのか?
仕方なく口を開く。
「ムリ、かな?」
控えめな表現なのは、ちょっとでもキツい言葉を使うと後から何倍にもなって面倒臭さが返ってくるからだ。
まぁこれくらいでも大概は泣いて走り去っていく。
「なぜでしょうか?」
しかし彼女は泣きもせずに秒の間も置かず問い返してくる。
「君と結婚したいと思わないから?」
内心では、いつ泣くのか?メンドくせーと思うが、それは露ほども外に出さず微笑みながら答える。
ふわりと風にのって甘い香りがした。
庭園の花からだろうか?
ところどころに篝火が焚かれた夜の庭は、浮かび上がる花々が幻想的な雰囲気を醸し出している。
「なるほど!では私のどのような点が結婚にあたりご不満ですか?」
「え?いや…不満っていうほど君のこと知らないし。」
もう話も終わるだろうと意識をそらしていたのがあだになり、答えにまごついてしまった。
ちょっと予想外すぎる。
何この娘?そんなに自分に自信があるの?
そうなるとまた答え方が変わってくるな…
「では知らないから結婚に対して決め手に欠けるということですね?」
「まあ、そうだね。」
肯定するしかない。
次は『私のことを知って下さい』かな?答えは『なんで?』だけど。
「では具体的に、スペンサー公爵の結婚に対しての決め手になる点とは何ですか?」
「え?いや、」
「おっしゃっていただきましたらその点に関して詳しくプレゼンテーションさせていただきますし、その上で至らない点につきましては可及的に改善案をお出しいたします!」
「あの…」
「ではお時間を頂ける日を明日、改めて伺わせていただきますね!」
呆然として押し切られてしまった。
間抜けな俺を置いて彼女は言葉の勢いとは裏腹に、優雅に去っていった。
「あ……」
中途半端に出た言葉はそれ以上続かなかった。
横を通り過ぎた瞬間に、先程気になった甘い香りがいっそう瑞々しく立ちのぼった。
彼女の香りだったのか。
会場からの逆光にけぶる後姿に、そんな詮無いことを思った。