暗寂
本って知ってる?
本ってね、世界を教えてくれるんだよ。
だけど、もう一度この目で見たいな……。
一年前、私はカルクの城下町のヴァイゼルの農家の少女でした。
ヴァイゼルはカルクの王国騎士団が駐屯している農地で盗賊も夜盗も現れない比較的安全なことで有名な町でした。
私はその町で毎日朝早くから鍬を振るっていました。この農地は水源からは遠く養分もあまりありませんでした。そのため騎士団の人も剣よりも鍬を振るう回数の方が多いのではないかと思うほどに、私たちの農作業を手伝ってくれていました。
「レイラちゃん、今日も頑張ってるねぇ!」
後ろから声をかけてくれたのは騎士団長のダンジョウさんという方。タンクトップから見える肉体は非常に鍛え上げられており、多くの傷も目立つ大男のおじさん。髭のたくましい口から想像もできないくらい優しい言葉が滝のように流れ出し、初見の人はそのギャップに驚くこと間違いなし! な人。
「あっ、おはようございます!」
「おう、おはよう」
「ダンジョウさんも朝早いんですね」
「いやぁ、レイラちゃんほどじゃないさ。全くうちの連中と来たら朝に弱いんだから困っちまうぜ」
ダンジョウさんは振り向くと地面に鍬を突き立てて叫んだ。
「野郎ども! 集合だ!」
野太い叫び声に普段着姿の騎士たちが駆け足で集まる。
「今日は、この荒野を一時間交代で耕すとともに、水汲みをいつものように行う。非常に暑い日が続いているから水汲み係を七に対して耕しが三とする。みなこの国の民を救うための大事な職務の一環であるということを肝に銘じて働くように。それでは各々仕事にかかれ!」
「はい!」
さっきまであくびをしていた人たちとはおもえないほどの大声があたりに響き渡った。
「それじゃあレイラちゃんも暑くなったらいつでも詰所においで! 水を満タンにして待っているからね」
「ありがとうございます」
私は部隊を指揮するダンジョウさんの後ろ姿に少しお父さんの姿を重ねていた。
昼過ぎになり水汲みの部隊が汗だくで帰ってきた。
「お前たち、よくやった! これより二時間の休憩後農作業に移ってもらう。その間に存分に休養を取り、備えてくれ、以上!」
「は、はい」
朝とは打って変わって疲れた声を上げる騎士たちに私は水を渡して回る。
「みなさん、お疲れさまでした、こちらで飲み物を用意していますので、どうぞおこしくださーい」
その声に合わせて騎士がゾンビのように列を作る。
「レイラちゃんのこのジュースは本当に疲れた時には助かるよ!」
「いえいえそんなことは」
騎士の人たちが飲んでいるジュースとはサトウキビから取り出した砂糖を混ぜたもので、疲れた時にはよく効くらしい。
騎士の人たちはジュースを手に詰所の椅子なんかで談笑をしていた。
「こういうのっていいですよね」
この人はシルバ。髪の毛が生まれつき白くてそう名付けられたらしい。
「ええ、私たちは騎士の皆さんみたいに力も体力もないから少しでも力になれてるならいいなぁ」
「レイラさんはこの町でも一番の働き者だからね」
「それを言うならシルバも毎日水汲みの人に混ざって頑張ってるじゃない」
「ばれてたか、あはは」
シルバは汗だくの顔を布で拭う。
「じゃあ俺は農作業に行くよ」
「あ、待って!」
私はジュースを渡すとシルバの背中をトンと叩いた。
「あなたも頑張りすぎて倒れないようにね」
「おう!」
元気のいい返事とともにシルバは詰所を出て行った。
それから数日のことである。
ヴァイゼルの町に王直属の騎士がやってきたのは。
「ここにレイラという娘はいるか!」
ダンジョウさんが村の代表として出て行った。
「なんでしょうか、国のお偉い様方」
「うっ、寄るな! おぬし物凄い汗のにおいであるぞ」
「あ、これはこれはすみません」
「これだから田舎は……」
ダンジョウさんはその言葉に顔色を変えなかった。
「すみません、先ほどまで部下とともに農作業をしていましたもので」
「その話はもういい、今日はこの町にいるはずのレイラという少女を城へ召喚するために来たのだ」
「レイラですか」
「そうだ、前回王子がこの村に来た時に大層気に入ってな、嫁にすると聞かんのだ」
「そうでしたか、ですがレイラも人の子、彼女に選択権はないのですか」
「民とは王国に尽くしてこそ、ではないかね」
「しかし」
私を守ろうとするダンジョウに突然刃が振り下ろされた。
「私は逆らうやつが大の苦手でね、手加減はしたが、これ以上逆らうというのならば」
騎士団長らしき人物が手を挙げると後ろの騎士が構えた。
「お前たち、この人たちはカルク王国の民だぞ!」
「さて、レイラちゃんはどこかな~」
「待って!」
人を掻き分けてレイラが出ていく。
「私がレイラです」
「ほう、君が。確かに王子が惚れるのももっともだな。連れていけ」
レイラに伸ばされた騎士団長の手をダンジョウが割って入った。
「この子は、町の宝だ! この子をお前たちになんて渡しはしな……」
次の瞬間、ダンジョウの右腕が宙を舞った。
「ガアアアアアアア」
ダンジョウは叫びながらうずくまる。
「そら、行くぞレイラ。これ以上犠牲は増やしたくはないだろう」
「レイラ……」
「ダンジョウとやら、この町にも回復魔法を使えるものがいるのだろう。そのものに手をつなげてもらうといい。私の剣術は超一流だからな! きれいにつながるだろうよ」
王国騎士団は笑いながらレイラを連れ去った。
「ダンジョウさん!」
「ダンジョウさん!」
「なんだてめぇら、いい声出るじゃねえか。普段の号令にもそれくらい答えろってんだ……」
ダンジョウはそこで意識を失った。出血が多すぎたのか、なかなか顔色が戻らず、心拍も弱まる一方であった。
駆け付けたシルバの回復魔法は町でも有名であった。
「ダンジョウさん!」
「触るな、危険な状態だ」
「ダンジョウさん……」
シルバの詠唱中、詰所内ではずっとすすり泣きやダンジョウさんをよぶ声がしていた。
回復が終わり、シルバはダンジョウの顔を見るとそのまま何も言わずに出て行った。
「ダンジョウ、俺が必ずレイラを……」
シルバは自宅に向かうと大層な剣を手に持つち部屋に飾られた写真を眺めた。写真には鎧を着たダンジョウとシルバの姿があった。
「ダンジョウ、俺、再び剣を持つよ。もうこれ以上被害はださせない」
シルバの目にはダンジョウと同じ人を守るという熱い思いが宿っていた。
シルバが自宅で装備を整えるころ、レイラは城に到着した。
「ここが城……」
お城は私たちが住む村と比べるととても大きく、外壁は真っ白だった。しかし城下町に住む人はとても息苦しそうだった。活気はあるけどどこか嘘くさい。
城に入ると左右に騎士と思える格好をした人たちがずらりと並んでいた。
「「「おかえりなさいませ、ゴルドさま」」」
全員が私の隣にいる騎士をゴルド様と呼び剣を構える。
「みなご苦労」
そういうとゴルドは先に歩いて行ってしまった。
するとヒソヒソと声がきこえた。
「かわいい嬢ちゃんだ」
「おう、かわいいな」
「一月後が楽しみだ」
「ああ、ここの王子はすぐ飽きるからな」
「そうそう、飽きたものは俺らのもの」
ゲスなヒソヒソ声に肩身を震わせながら、それでも見た目だけでも強くあるために胸を張ってゴルドの後をついていった。
玉座につくと王ではなく若い王子が座っていた。
「ゴルドよ、よくやりました。今日は存分に休みなさい」
「はい、シーラ様」
ゴルドは鎧の音を響かせながら出て行った。
「お前がレイラか」
「はい」
シーラの顔は男とも女とも取れそうな顔をしており、メガネをかけていた。メガネの奥から見える目は鋭く、とって食われそうな威圧感を感じた。
「報告よりいいからだをしている」
視線が外れたかと思うと、体を舐め回すように眼球が上下した。
「お前には南棟十階の部屋を与える。そこでは何をしてもいいし、中にあるものなら何を使ってもいい。ただし、そこから出ることは許さん。もし出ることになればわかるな。私が呼ぶまでそこでいてもらう」
「わかりました」
「よし、では」
シーラが杖で床を叩くと兵が現れた。
「お呼びでしょうか」
「レイラを例の部屋に連れていけ」
「かしこまりました」
私は長い廊下を歩く。歩くにつれ絨毯はなくなりほこりが積もっていたりとどんどん暗く手入れされていないところに連れていかれた。しばらく歩くと南棟についた。
「ここからは階段である」
「はい」
螺旋階段を上り私の部屋についた。部屋までの各階には私と同じように捕まった罪人なのかわからない女性が放り込まれていた。足音に敏感になっており、私たちが前を通ると部屋の奥へ走って逃げていた。
「ここがお前の部屋だ」
部屋への扉は分厚く、とても頑丈で大きな騎士が二人かがりでやっと開くような感じだった。
「中では自由にしていていい、飯も時間になれば運ぶ」「ありがとうございます」
私が部屋に入ると扉が閉められた。施錠はされていないらしく、普通の女性なら扉の重みで開けることはできないと考えているらしい。
部屋に入った時から思っていたが、この部屋は薄暗く、高い天井の一部から差し込む光だけが唯一の明かりだった。机の上には何本ものろうそくが山積みにされており、これでしのげということらしい。運がよかったのは本である。部屋の壁一面には無数の本棚があり天井までずらりと本が入っていた。
「これだけの本が私のために……」
私は一つ本を手に取ると中を開いた。
「あれ、全然読めない」
違う本を手に取るもどの本もこの国の文字ではない言葉で書かれている。
「そんな、こんなにたくさん本があって読めないなんて」
私はふと入ってきた扉に彫られた文字に気が付いた。
「解読魔法:ジャルム?」
私が壁に書かれた文字を読み上げると私の前に光の玉が現れ、そのまま体に吸い込まれた。
私は訳も分からず再び本を手に取るとさっきまで読めなかった文字の意味が分かるようになっていた。
「なにこれすごい!」
扉に駆け寄ると、さっきまでわからなかったが、呪文の文字が少し茶色く変色していた。これは明らかに血だった。
「私の前の人はここでどれほどの時間を……」
私は扉に手を合わせるとそのまま本を読み始めた。
もくもくと読む。
何時間たっただろうか、そのまま分厚い本を一冊読み切ってしまった。
「あー、首がつかれた~」
そういって立ち上がろうとすると、足に力が入らなかった。
「え、なんで」
私はどうしても力が入らずひたすらパニックになった。
足を押したりさすったりしてるうちに手の感覚すらも鈍いことに気が付いた。
そして私はそのまま気を失った。
気が付くと私は食事係に起こされていた。
「大丈夫か」
「ええ、突然めまいがしまして」
「そうか、気をつけろよ」
「はい」
配食の騎士は特段驚くこともなく部屋を出て行った。
私は何気なく立ち上がってご飯を机に運んできたが、よく考えると足が動かなかったんだ。足を見てみると特に異常もなく力も入る。しかし、本に目をやると読めなくなっていた。
「もしかして魔法の影響?」
私は再び呪文を読むと光が現れ私に入るとまた読めるようになった。
「そういうことか……」
私はどういうことかわからずに次の本を読み始めた。
そしてしばらくすると私は本を置いた。
「よし、まだ歩ける」
歩ける間に私はベッドへ向かった。そして眠れるだけ眠った。
夢の中で兵士のしゃべる声が聞こえた。
「今回の女はシーラ様のお眼鏡にかなうだろうか」
「さぁな、あのひとさらってくるのはいいけど、そのあと犯してるの見たことないからな」
「そうだよな、それにつれてきた女にこんなもの食わせるなんてどうかしてるよ」
兵士は腐った肉を見つめてそうつぶやいた。
私が目覚めると机の上に食事が用意されていた。特に変わった様子もなく、普通においしかった。
あれから何日たっただろうか。
昼も夜もなくずっと本を読み続けるうちに私はこの部屋の半分の量を読み終えようとしていた。いつの間にか休みなしでも読み続けられるようになっていた。
ドンドン。
扉をたたく音がしてそちらを見ると、大きな兵士が扉を開けており、そこには初日に見た王子が立っていた。
「扉を閉めろ、私がいいというまで開けるな」
王子が部屋に入ると扉が閉められた。
「さて、レイラ」
「はい」
鋭い眼が私を睨む。
王子は私に問う。
「楽に犯されるか、苦しんで犯されるか」
「ひっ」
私は思わず身構えた。
「ほう、戦うというのか。いい根性だ」
私がとっさに前に手を出したのを合図に、シーラも手を前に出して呪文を唱える。
「ブリザド」
「きゃあ!」
ブリザドの掛け声とともに私の方に氷の塊が飛んでくる。
私はとっさに呪文を唱える。
「ブレイク」
私の声にこたえるように、飛んできた氷塊は霧散する。
「はぁはぁ」
「破壊魔法、ブレイクが使えるか」
王子の顔がゆがむ。これはおそらく畏怖しているのだろう。
「ブレイクが使えるならばっ」
王子は小さな竜巻を呼び出した。
「ふふ、どうだ。今はこの程度だが、これに火を与えれば」
手のひらを竜巻に向けると火の玉を飛ばした。
竜巻は火を吸収すると火柱となり、あたりを燃やしながら迫ってきた。
レイラの目が光るとともに火柱が消えた。
「なに!」
慄く王子。
「そうか、そうなのか、無音の書を呼んだな」
脂汗を流す王子に比べてレイラは焦る。
もう、足に力が入らなくなってきている。このままではまた意識を失ってしまう。消える前に!
レイラの合掌によりあたりの空気は収束を始める。
「なっ、これは」
上に広いこの部屋も左右にはそこまで広くない。そのような部屋において両側から空気の渦がブラックホールのように襲ってきたら逃げ場もなく、肉体はバラバラに引きちぎられてしまうだろう。
「おのれ、もう貴様の体などどうでもいい、殺してやる」
王子は捨て身で正面に先ほどよりも大きく鋭い氷塊を発生させる。
「ゆけ、お前も道連れだ」
空気の渦に王子の両手が引きずり込まれる。
「うわぁーー」
王子の叫び声とともにレイラに氷塊が飛んでいく。
すさまじい爆音とともにあたりに冷たい風が吹き荒れる。
「「王子!」」
兵士たちが王子を必死に探す声が響く。
そして見つけた。
「王子、大丈夫ですか」
「うるさい、そこをどけ」
「はっ!」
「ひひひ、さあ、氷塊に引き裂かれた体を見せてみろ!」
ひきつった笑顔でレイラを見つめる王子の顔はぐちゃぐちゃになる。
「なんでええなんだよおおおお」
レイラは消え去り、その場には白色の猫と黒い猫が無傷でたたずんでいた。
「俺の氷塊はどうした! 俺の魔法は最強のはずだ」
黒猫は二本足で立ち上がると合掌した。
「おまえは、シルバ!」
「久しぶりだな、姉さん」
「シルバ、お前は数年前にクーデターを起こして殺したと思っていたが、またお得意の変身魔術みたいだな」
「ああ、そしてレイラはいただいていく」
シルバは猫からペガサスに変身すると、背中に白猫を乗せて空に飛び去った。
「おのれ愚弟め、滅ぼしてくれる」
「ごめんね、レイラ」
「あなた本当にシルバなの」
「そういえばシルバはいつからか私たちの町にいたものね」
「うん、ばれないようにそっと魔法をかけていたんだけど、レイラには気づかれてたかな」
「全然気が付かなかったよ、でもシルバいつも控えめで、なんでだろうとは思っていたよ」
「だって、魔法で紛れ込んだ人間だし、いつまでも仲間って感じがね……」
「シルバはもう仲間だよ」
「……あ、もうそろそろヴァイゼルだよ」
「ヴァイゼルはだめ」
「なんでさ」
「巻き込んじゃう、これ以上あの村に迷惑は……」
「わかった」
レイラたちは村近くの高台にて夜を明かすことにした。
レイラたちは爆音と叫び声により目覚める。
「シルバ!」
「ああ、レイラ、この声は村の方からだ」
二人が高台から村を見下ろすと、ちょうど村の中で駐屯する王国騎士団と王直属の騎士団が住民を巻き込みながら戦っていた。
「くっ、これ以上住民を巻き込むな!」
「しらねぇな、お前たちがレイラという少女を出さないから悪いのだろう」
「レイラはお前らが連れ去ったんだろ、この村には」
「うるせぇ、逆らうやつは皆殺しだ」
村の騎士団はみるみる拘束されていく。
「このままじゃ、シルバ、私を戻して」
「だが」
「大丈夫よ、私も魔法を覚えたの。きっと役に立てる」
「しかたない」
シルバがレイラにキスをすると魔法はいとも簡単に解けた。
「うっ、何をするのよ」
照れながらビンタするレイラをよそに、シルバは自分に変身魔法をかけていた。
「その姿は」
「ああ、俺の本来の姿だ」
「そう、そうだったの、あなたがこの国の二大騎士、シルバ・レイフィセルだったのね」
うつむくシルバにレイラはそっと手を当てた。
「行くわよ」
「よし、お前は俺がまもる」
二人は高台から飛び降りた。
村に降り立つと、レイラの目が怪しく光った。
すると光を見たものがばたばたと倒れていく。
「これは、それにお前は、レイラか」
懐かしい声を耳にして振り返ってみると、そこにはダンジョウがいた。
「ダンジョウさん」
駆け寄って抱きつくとがっしりとした両腕が強く受け止めてくれた。
「すっかり元気になったのね」
「ああ、そうだ、それもシルバのおかげだな」
ダンジョウのシルバを見る目はどこか懐かしそうだった。
「その姿を見せてもいいと思える人に会えたんだな」
「ああ、ダンジョウ、今までありがとう」
「え、え、え! 二人ってそんな仲良かったの?」
二人は頭を抱えながら敵をさばいていく。
「シルバをここにかくまったのはおれでなぁ、はじめ王直属騎士が来たときはシルバのことかと思ったわ」
「俺もだ、しかしレイラだとはな」
「なによ、私だと不満だって言いたいの」
三人は会話こそしても、隙は全く見せず、あらかたの敵をさばいていた。
「さて、あとはお前だけだ」
「まさか、ここまで来ていたとはね、シーラ!」
シーラは長い髪をかき上げ、メガネを外す。
「ええ、あなたこそ、この周囲に来ていたとは馬鹿な奴だ事。この村にはダンジョウがいたから腹いせにぶっ潰してやるつもりで来たのに、一石二鳥ね」
メガネを外した瞬間にシーラの表情が変わる。
「グルルルル」
毛を逆立たせながら四足歩行になる姿はクリーチャーという言葉がよく似合いそうだった。
「キェェェェェェ」
奇声を放ったかと思うとなりふり構わずに突進してきた。
「くっ、シーラ、貴様」
ダンジョウは当たったと同時に後方に弾き飛ばされた。
「フゥフゥフゥフゥ」
真っ赤な目が大きく見開かれ、先ほどの美しさはみじんも感じないほどに狂気に満ちた表情になっていた。
「ゴロジデヤル、ゴロジデヤルーーーーーー」
横でシルバが震えながら剣を構える。
「レイラ、逃げろ」
「どうしてよ」
「いいから逃げろ!」
シルバはただならぬ表情で語る。
「あれはこの国の伝承で出てくる狂乱の姫そのものだ。昼は明るく美しい姫も夜になれば墓を暴いて腐敗した肉を食らう、そんな物語だったろうか」
「それがシーラ」
「わからない、ただ墓を暴きまくったせいでたたられているという話は昔聞いたことがある。とりあえず逃げろ」
「私も戦う」
「あれは、魔法が効かないんだ」
「なんですって!」
「だから、逃げてくれ、レイラじゃ敵わない」
ダンジョウをひたすらに殴っていたシーラの首がぐしゃりとへし曲がりシルバを睨む。
「レイラ、食わせろ……」
四足が地面を強く握りしめた。
「逃げてくれ!」
それがシルバの最後の言葉だった。
レイラに転移魔法をかけたシルバは己への攻撃をかわせなかった。
レイラが転移したのはカルクの国立墓地だった。
鮮血にまみれたレイラが膝をつき泣きわめいているとふと気が付いた。
「ここ、私のお墓だ……」
墓にはきっちりと没年が刻まれていた。
「私は今年死ぬ予定……」
レイラの目から鮮血が飛び散る。
当然といえば当然、この国の最高の騎士と肩を並べて戦えるだけの魔力はレイラにはなかった。それを支えていたのは緊張だった。だがそれが切れた今、レイラを支えるものはない。
レイラが血だまりから目を覚ますとあたりはすっかり暗くなっていた。
「私また意識を失っていたのね」
目を覚まして気が付く。
「私、ばかね」
血だまりに映る自分を見てレイラは笑う。
ひたすらに、声が枯れるまで、喉がつぶれるまで。
「ぐうぐぐぐぐうううう」
レイラはぼろぼろの声になりながらわらう。
「私も、グールになっていたのね」
「おい、聞いたかよ」
「おう、知らねぇものはいないさ」
「何だよ、聞かせろよ!」
「昨晩シーラ様が死んだんだと」
「え、どうしてだよ」
「何でも病死らしいけど、本当は違うらしいぜ」
「どういうことだ」
「シーラ様の頭部なんだが、なんでもシーラ様の腹の中から見つかったらしいぜ、それに肉体にも複数個所傷があったらしいが、全部、噛み千切られているらしい……」