Last week-始まりへ還ろう-
片翼の天使を捕まえた。
それは必然である。
運命という輪に、舞わされる。
片翼の天使と、一人の男の話。
Last week-始まりへ還ろう-
「あ、これ・・・。」
秕奈にかったネックレス。
遊園地で欲しそうにしてたから、こっそり買った。
渡すのを忘れていた、急いで来た道を戻る。
別に明日でもいいのだが、喜ぶ顔が見たかったから。
「多紀君。」
秕奈の家の前に立つ影。
「正人さん・・・。」
秕奈の、お父さんだった。
自然と体が強張った。
「私は秕奈の相手が君で本当に嬉しいんだ。私も君の事を気に入っている。
けど・・・、連れていく。」
正人が重たい口調で言った。
「正人さん、俺は秕奈に死んでは欲しくないんだ。
最後は、たしかに一緒に居たかったけれど・・・。
けど、俺は生きる可能性が在るなら、秕奈には死んで欲しくない。
生きて欲しい、きっとそれは辛い事だけど。」
多紀はネックレスが入った袋を差し出して、そして続ける。
「秕奈は生きていく人間、俺は死ぬ人間。」
正人はそのネックレスを受け取らず、そのまま話す。
「だから、言いたいのは一緒に来る気はないのか?」
その言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、
慌てて首を横に振った。
「俺は、ここで死ぬ運命なんですよ。
色々な必然をくれたこの地球と、必然に死なないと
どうもいけない様な気がして。」
多紀はにっこり微笑んだ。
それは秕奈に対してなのか、正人に対してなのか。
「秕奈を、よろしくお願いします。
一人の男としての、頼みです。」
そう言って多紀は正人の手にネックレスがが入った袋を持たせた。
「これ、秕奈に上げてください。」
多紀は決めていた。
朽木秕奈を愛した榁井多紀はこの星で、生まれたこの星で
死ぬと。
正人と別れたあと、蛍光灯が立つ夜道を歩いて呟いた。
「ただ、聞きたかったな・・・。
秕奈から、おめでとう、を。」
きっとあのネックレスは秕奈に渡されない。
渡すと、別れが辛くなるだけだから。
だけどあれは俺の気持ちだから。
秕奈への気持ちだから、消えたりしない。
そのまま多紀は家に帰らず、ふらりと消えた。
向う先は、全ての始まりの場所。
榁井多紀は、海に来ていた。全ての始まりはこの海。
アダムとイヴ。
信じればいいか?
どうでもいい、俺は今、ココに居る。
それだけが逃げぬ真実。
秕奈はどう思うのだろう。
小さい頃から二人で一人。
だからこそ想いを確かめ合えたのが遅かった。
堤防に腰を下ろす。
秕奈の家から歩いて3時間。
深夜はバスも、電車も無い。
タクシーなんて金がかかる。
もう、使う事も無いけど。
酷く、疲れた。
もう朝が来る。
黒い朝が来る、闇の朝が来る。
「あぁ、疲れた。」
多紀は波が打ち寄せる音を聞きながら、目を閉じた。
海が、好きだ。
この海が無かったら、必然すらもないんだ。
何処までも蒼く続く海。
広い、海。
「秕奈、俺は海に願う、君が幸せで居られる事を。」
そう言うと、多紀は静かに意識を落した。
次に多紀が目を覚ますと、もう闇だった。
どれだけ眠っていたのだろうか。
腕時計にライト機能がついている。
「8月20日PM8:30」
一日眠っていたらしい。
いや、それ以上か。
しかし、もうさほど驚かなかった。
どうせ、死ぬんだし。
秕奈も隣に居ないし。
駄目だな、俺。
そう心で思う。
秕奈が居ないと、駄目だ。全然駄目だ。
死を待つのは不思議と恐くなかった。
人で在る限り、いつかは死ぬ。
それが少し早かっただけだ。
堤防は静かだった。
人の気配は在った。
多分堤防を乗り越えて砂浜に行って待つのだろう。
「己の死」を。
そしてこの期に及んで思う。
俺は幸せ者だ、と。
たしかに「死」が俺に訪れる。
けど、幸せ者だと言いきれるのだ。
人の死、というのは
どういう事なのか。
心臓が動かなくなったとき?
やる事・・・目的が無くなったとき?
とり方は色々だ、けど俺はその中でこう思う。
人が死ぬ、と言うのは
誰からも必要とされなかった時。
つまり、忘れられた時だ。
秕奈は忘れないだろう、俺を。
そして、秕奈を忘れない正人さん達。
こうして繋がっている。
そう、俺は死なない。
秕奈や正人さんたちの中で生きる。
「ハッピーバースディ、俺。
それから、さよなら、秕奈。」
多紀は再び目を閉じた。
その瞳はもう再び闇を見る事は無かった。
波の音も聞こえなかった。
果かない想いは海へと流るる
片翼の天使へ届かせよう
天使が謳う謳が聞こえる
それは空耳なんだけど、
嫌でも聞こえた君の謳。
嫌なわけない、君の声。
「おめでとう、多紀。」
空耳の声に喜ぶ心、
其れが最後の感情だった。
天使の謳に呼ばれる時。
天使と共に空へ行く。
向う先は天と地と
正反対の絶望の闇。
自分に問う。
満足か?
幸せか?
海が好きだ。
始まりの海。
そして、全てが終わる海。
End.
2003年に書いたらしい。




