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3話 怪しいママさん


 やたらと年季の入った木製の扉を押して店内を覗いた。

 外観の印象どおりというべきか店内は狭くて仄暗く、ランプの燈りだけがカウンターを照らしていた。


 この怪しげな店内に田中は臆することなく足を踏み入れていき、闊歩する勢いそのままにカウンター席に腰をおろした。

 僕は彼の行いにエラく感心した。

 全く得体のしれない怪しい店にまるで古くからの馴染みある店に来たかのように陽気な調子で「ども~」と入っていけるのだから、なんて酒の力は偉大なんだろうと。

 ただしこの調子のよさも店主の顔を拝む僅かな時間までだったが。


 田中の陽気な掛け声に呼ばれ、店の奥からヌシが現れた。


「あら~、見かけない顔ねぇ~、うちは、はじめて?」


「え、ええ。ちょっと気になって・・・・・・。なあ」


「・・・・・・ん、ああ」


 僕たちは互いの顔を見合わせた。

 店主の顔と風体に面くらったからだ。

 ニューハーフ特有の角張った頬にうっすらと浮かぶ青髭。

 そして見るも鮮やかなショッキングピンクのドレスを身に纏っている。

 一瞬劣悪なニューハーフバーにでも間違えて入店してしまったのかと己の眼を疑った。

 僕はこの珍妙な店主から人肌に暖められたタオルを受け取り、手にうっすらとかいた汗を拭いた。


「へえ~初見で入店してくるなんて珍しいわね。あ、そうそう、自己紹介がまだだったわね。ワタシこの店をやっているサチ子といいます」


 サチ子ママはそう言って名刺を丁寧に手渡すと、物珍し気に僕たちふたりを眺めた。


「この店奥まった場所にあるから、なかなか入るのに勇気がいったでしょう? 」


 この問いに胸襟を開かせる達人の田中はすかさず切り返した。


「いやいや、なかなか素敵なお店だな~と思って、吸い寄せられるように入ってきちゃいましたよ! 」


「え~、ウソ~ん♪ というかお店だけ~?」


「モチロン、ママさんも素敵ですよ」


 そう言うと田中はわが社ナンバーワンを誇る営業スマイルで微笑んだ。

 奴はこうゆう時、平気でお世辞を飛ばす。そのうえ、話も面白くて頭も切れる。顔立ちも端整だ。

 田中が本気を出せば、世の女性はイチコロなのだろう。

 彼の素晴らしい対人スキルは僕が大学時代に憧れていた彼女の心を射止めるのにさぞや活躍しに違いない。

 僕は羨望の眼差しで彼らのやりとりを眺めた。


「もう、口がお・じょ・う・ずなんだから~」


「ははっ、お世辞じゃないですよ~。僕の顔が冗談言っているように見えますか?」


「ふふっ、ホントに? 嬉しいこと言ってくれるわね~。じつはワタシあなたのような素敵な男性、タイプなのよ~」


 言うと同時にいやらし気な手つきで田中に迫るそぶりを見せた。

 田中の余裕あるほほ笑みが一瞬で凍りつく。

 それから今にもその魔手が田中に触れんとし、嫌な沈黙がその場を支配した。

 だがそれも数舜のことで、店主の豪快な笑い声によって気まずい空気はかき消された。


「もお、冗談よ。なに真に受けているのよ」


「ははっ、もおー、冗談きついな」


 田中は安堵と警戒心が入り混じった複雑な表情をして、乾いた笑顔を浮かべた。

 田中のような良い男は予期せずして、こういったアングラな方たちに狙われることもあるのだと、僕は羨望から一転して同情心でいっぱいになった。


「じゃあ、ご注文は何になさいます? 」


「とりあえずビールで。五木は? 」


「ん~カルーアミルクで」


「おい、そんなジュースみたいな酒なんて男の飲む酒じゃないとさっきあれ程言っただろうが」


「しょうがないだろ、強い酒なんて飲めないんだから」


 先程の店でのこと、酒で身体がキツくなった俺はカシスオレンジを頼んだ。

 それが気に食わなかった田中は男の飲む酒はビール以上のアルコール度数じゃないとだめだと訳の分からない自論を持ち出して説教を垂れた。

 普段なら適当に流される僕だが、酒で気が大きくなって、“お酒はみんな違ってみんな良い!”といったどこの相田みつおだという自論を展開してしまい、ついに僕たちは互いの信念をぶつけた激しい抗論を繰り広げてしまったのだ。


 あの禍根を残した論争が再燃しようとしている。

 その火蓋が今まさに切って落とされようとしたとき、不意にママさんがふたりの間に割って入った。


「いいじゃないの、お酒は楽しく飲めれば。ねえ?」


 にっこりと微笑んでいるというのになんという威圧感を漂わせているのか。

 サチ子ママの只者ならぬ雰囲気に僕たちの争いの火種は一気にしぼんでいった。

 すっかり鎮火されたのを確認すると、サチ子ママは満足そうに頷いて、「ほかに注文はございませんか?」と聞いてきた。

 

「と、とりあえず以上でお願いします」


「畏まりました~」


 最後ママがチラリと僕の方を見やり、


「ホントは貴方のようなかわいい男がタイプなのよね~」と言って、見るもおぞましいウインクを僕にむかって投げかけた。


 この余計な一言で僕は無性に家に帰りたくなった。

 そうゆう趣味は無いのでホントご勘弁願いたい。


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