1話 後悔
僕はあの日を忘れる事なんて出来ないのだろう
現に数年経った今でもあの日のことは鮮明に思い出すことが出来る。
アパートの一室に放置されたごみ袋から発せられるすえた臭い。
本棚から崩れるようにして床に散らばった資料の山。
ソファの上に糸の切れた人形のように横たわるあいつの背中。
そして、その背中をこの手で触れた感触さえも。
変わり果てたあいつの姿がこの瞼の裏に焼き付いて離れない。
瞼が、ほほが、唇が、すべての動きを止め、色を失って抜け殻となったあいつの姿が瞼の裏にこびりついている。
僕がアパートを訪ねたときにはすべてが手遅れだった。
あいつにどんな言葉を語り掛けようとも、あいつの瞳は2度と俺を映し出すことはなかった。
その瞳はこの世のすべてを諦めてしまったような、絶望に濁りきり、この世の一切を映すのをやめた虚ろな目をしていた。
そして、その虚ろな目であいつは夜な夜な僕に語りかけてくるのだ。
「なんでお前はあの時教えてくれなかったんだ? 教えてくれたなら俺はい今頃きっと・・・・・・。なあ、お前は俺が惨めに転落していくのをほくそ笑んでいたんだろう? ざまあみろってな。なあ、教えてくれどんな気分だったんだ? この俺が上司や部下に必死こいて頭を擦りつけている様を近くで見ていた気分はよお、なあ、どうだったんだ? 教えてくれよ、なあ」
と、僕はいつもここで悪夢から目覚めるのだ。
全身寝汗びっしょりでぜえぜえと荒い息を吐きながら。
僕はあいつが堕ちていくのを間近で見ていた。
それもただ、黙って眺めていた。
手を差し伸べることも、声をかけることも何もせずに只々、見ていたのだ。
だからあいつは死してなお、俺の枕元で、
「なんでお前は見ていたのに助けてくれなかったんだ」と呪詛のように問うてくるのだ。
僕はあいつから逃げる事なんてできないだろう。
きっと僕はあいつの亡霊に幽閉され続ける運命であり、これは助けることが出来なかった僕の業なのだ。