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ローシェルティア号(1)


暢気に鳴く海鳥の声で目が覚めた。

いつものように必要なだけパンを生成し、ミッドネルの入口ではなく、港へ出る。

最近は陸路続きで、正直なところ土の匂いと魔物の息遣いに囲まれて野宿するような生活には飽き飽きしていた私は、今度は船で別の街へ向かうことにした。


特に何処に行きたいという希望もないので、次に来た船に適当に乗るつもりだ。

今のところ一隻も停まっていない状況なので、港を散策することにした。



「とは言っても何も無いんだけどね。」


「そうね。何も無いわね。」


「んあっ!?」



突然隣から声がしたものだからビックリしてその声の主から急いで距離をとる。



「え、エリン!?」


「もうどっか行っちゃった後かと思ったけど、間に合ったみたいで良かったわ。」



エリンは歩いてこちらに近付いてくる。

なにか忘れ物でもしてしまっていたのだろうか。



「フィーナ、これ。」


「うん?これは一体?」


「お守りだと思って一緒に持って行って。きっと役に立つわ。」



そう言って渡されたのは、不思議な紋章が埋め込まれた赤い宝石のネックレス。

思わず見入ってしまうほど美しい色をしている。



「なんだかこれすごく高そうだけどいいの?」


「気にしないで。ただのお守りよ。」


「ふーん、ありがとうエリン。大切にするわ。」


「絶対売ったりしないでよ?」


「うっ、売らないよぉ。」



ポーチに入れたりすると無くしそうなので、私は早速そのネックレスを首にかけた。

なんだか少しだけ頭が冴えたような感覚に一瞬陥ったものの、すぐに元に戻った。



「よく似合ってるわ。あなたすごく可愛いのにオシャレしないなんて勿体ないもの。」


「はは、可愛いなんてそんな。でもありがとう、大切にするよ。」


「私も今日は夜出勤だし、出発までお話でもしましょうよ。」



どちらからともなく、近くのベンチに腰掛ける。



「私も見ての通り時間はあるし。と言ってもいつ船が来て、いつ出発するかなんてわからないんだけどね。」


「乗船券売り場の人に聞けばわかるのに。」


「それじゃあ駄目なんだ。予定を決めてしまったら私の旅は時間に縛られてしまう。」



エリンは驚いたように目を見開いた。

そう、私の旅は自由でなければならない。

時間や誰かに縛られるような旅はしたくないのだ。

なのでこれから船が来なかったとしても、ミッドネルにもう一泊してもいいし、陸路で隣街まで行けばいいと考えている。



「そうね、そうでなきゃね。」


「だからこうして、暇な時間を過ごすのも含めて私の旅なんだよ。」



そう言って先程作ったパンをかじる。

外で椅子に座りながらのんびり食べるのもまた良いものだ。



「あら?ミッドネルにパン屋なんてあったかしら。」


「いや、これは私がさっき作ったパンだよ。」


「あなたパンも焼けるの!?」


「材料と専用の釜があればね。でもこれは魔法で作ったパンよ。」


「魔法ってなんでも出来ちゃうのね、恐れ入ったわ。」


「お一ついかがかなお嬢さん。」


「え、旅の携行食なんじゃないの?もらっちゃってもいいのかしら。」


「遠慮しなくていいよ。材料買えば一瞬で作れるし、なにより今から船だし、中で何か食べればいいもの。」



それにまだパンのストックもある。

なくなったとしても船内にはレストランのような施設もあるのでまったく問題はない。


私はパンを一つエリンに与えた。



「わぁ、これが魔法パンなのね!」


「魔法パンて。」


「だってそうでしょう?ああ、どんな味がするのかしら。」



目をキラキラさせているところ悪いが、これは普通のパンだ。

私がイメージした工程を辿った、言うなれば私が魔法ではなく実際に作ったパンと同じ味に仕上がるのだ。


エリンはパンを一口大に千切り、口へ運んだ。



「あら?意外と普通の味。」


「でしょうね。牛乳や砂糖を足せば甘いクリームを中に入れることもできるんだけど、あくまで私用だから。」


「成る程、でも十分おいしいわ!」


「ありがとう。」



私はあまり甘いものが好きでは無い。

というのも、昔に一度甘すぎる酒を飲んだことがあって、一口でリバースしてしまったのが原因だ。

それ以来甘味はなかなか受け付け難い体になってしまった。

食べられないわけじゃないんだけども、どうしてもその記憶が蘇ってしまうのだ。


そうこうしていると、汽笛の音が海から聞こえて来た。



「船がやって来るみたいね。」


「そうだね。何処行きかはわからないけど、これに乗るよ。」



私はベンチから立ち上がり、荷物を手に取る。

券売員にチケットを売ってもらわなければと思っていた所、エリンに袖を引っ張られる。



「ねぇ、フィーナ。」



すこしオドオドと上目遣いで言う彼女はとても愛らしく、男性でなくても惚れてしまいそうなほどである。

しかしエリンはなにやら暗い雰囲気だ。

一体どうしたと言うのだろうか。



「私も一緒に行っちゃ駄目かしら。」


「えっ、ええ!?」



エリンから発せられたのはまさかの提案。

突然の出来事に私は頭が混乱してしまった。

えっと、つまり、どういうことだ。

エリンは今私と行きたがっている。

考えろ、考えろ私。


どれだけ時間がかかったかわからないが、結論を導き出した私は口を開いた。



「駄目よ。」


「駄目、か。そ、そうよね、いきなり言われても困るわよね。ごめんなさいフィーナ。」


「エリン、よく聞いて。」



私は私なりの考えを述べる。



「私は今まで一人で旅をしてきたのはもう知ってると思う。これからもそうしていくつもりよ。」



「エリン、貴女がこの町のこと嫌いになったり飽きてしまったのなら他の街へ行ってみなさいな。きっとミッドネルが素晴らしかったのだと気づくはず。そうしてまた次へ、次へと素敵な街を探し渡って、渡った先で私にまた逢えたのなら、貴女と一緒にミッドネルにも負けない至高の楽園を探してあげるわ。」




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