港町ミッドネル(6)
そして時間は少し過ぎ、私達はどんよりした空気のままどちらともなく寝宿に戻る。
なんてことはなく、場面は依然として酒場。
そしてなぜか今エリンに手を握られている。
「あの、エリンさん?そろそろ離してくれてもいいんですがね。」
「あっ、ごめんなさい。つい、その、テンションが上がっちゃって。」
と言うのもこのお嬢様は魔法が大の苦手で、この辺りの領地では一二を争うほどの魔導の名家である(らしい)フューリスドナイ家の血を引きながら一族で唯一の無魔力者なのだという。
そんな話を笑いながら言う彼女の顏はどこか影があって、恐らくはそれがコンプレックスになっているのであろう。
そういうわけで魔法をブイブイ使って狩をする私に少し憧れがあるようで、キラキラした目で手をギュッと握られてしまったというのが今の状況だ。
「ところでフィーナ、貴女次はどこの街に行くの?」
「うーん、毎回特に目的はないからなぁ。」
「へ、へぇ。なんとなくわかってたけど、貴女ってかなり自由なのね。」
「私はこうやって酒が飲めればそれでいいの。私は私のために日々最低限の暮らしができればそれで。」
「ふーん、なんだかちょっとかっこいいわね。」
エリンはどこか羨ましそうに言う。
私自身、こうやって言われるのは初めてで、だいたいいつもは少し侮蔑の視線を向けられるものだった。
自分のことしか考えていないのだから当然は当然なのだが。
「そうだフィーナ、私とお友達になりなさいな。」
「うえっ!?」
「なによう、そんなに驚かなくたっていいじゃない。」
「いや、その、私は友達とかそういうのはいらないんで。」
「断られるとは思わなかったわ。益々気に入っちゃったじゃない!」
なんだこのお嬢様は。
突き放しても突き放してもグッと近付いてくる。
私は、どうしたら。
「もう決定事項よ。諦めなさい。」
「は、はぁ。」
どうやらトンデモなく奇怪な友人が半ば強引に出来てしまったようだ。
よろしくねと笑みを浮かべて言うエリンを見ると、なぜだかこれ以上断りづらくなってしまった。
私自身、少し迷惑そうに振舞ってはいるものの、なんだか少し嬉しくなっている自分がいて、何処と無くむず痒い気分になったのだった。
そして夜はどんどん更けて行き、今晩は賑やかなままマスターの閉店を告げる声で宴が終わった。
「フィーナちゃん、今日もありがとうな。またミッドネルに寄った時はここに帰って来てくれ。歓迎するぜ。」
「ええ、こんな素晴らしい町、そうそうないもの。絶対また来るわ。」
お会計を済ませ、マスターと固い握手を交わし、私はエリンの元へ戻る。
彼女はカウンターに軽く伏せて、真っ赤な耳をしている。
まったく、このお嬢様ときたらどこまでもそれっぽい行動をしてくれる。
「エリン、潰れちゃった?」
「まだ平気よ。問題ないわ。」
「そう、よかったわ。」
ところでエリンさんや、今貴女がお話ししているのは壁なわけですが。
だいぶ酔いが回ってきている様子だ。
先ほど本人から聞いた話によると、彼女は酒場の二階部分の一室を借りて生活しているようで、私とはその場でそのまま別れた。
色々と予想外な展開に見舞われたが、まぁなんだかんだ言って概ね楽しかった、と言えるだろう。
私は宿へ戻り、今日あったことなんかを思い出しつつ眠りについた。
まぁ後に、エリンとは二人旅をすることになるのだが、それはまた別のお話。