港町ミッドネル(4)
「お待たせしました。リュピトの三部揚げです。」
「おお!」
マスター特製のドレッシングが程よくかかった海鮮サラダをそろそろ食べ終わるという頃に、清潔感の漂う美形の男性ウエイターが2品目を運んで来た。
私の目の前に置かれた品は、見た目も美しい海底の肉こと魔物リュピトの揚げ物。
海であろうが陸であろうが魔物はコンディションに左右されないので、なるほどシケの続く海でも新鮮なモノが手に入るというわけか。
「魔物だって食えないわけじゃあ無い。むしろ美味なヤツも大勢いやがるもんだから困ったもんだよな。」
マスターは調理の手を止めて私におかわりの麦酒をくれた。
「マスター、リュピトってこんな色してましたっけ。」
「ああ、そいつは香草の色だ。腐ってるわけじゃねぇから安心してくれ!」
「成る程、香草か。」
そう言って最初に胴体を一口。
弾けるような歯ごたえと香草の香りが一瞬で口一杯に広がる。
ちょっとピリっとしてる上に塩気が重なり、私はたまらず麦酒を口にした。
「フィーナちゃんいい顔するねぇ!どうだ、美味いだろう?」
「ええ、最高です!」
脚は筋肉質で身がより詰まっていて胴とは違った食感。
頭部はこれまた独特の甘みが詰まった柔らかい身が美味である。
リュピト自身は手のひらサイズの非常に小さな魔物で、自衛以外で自分から人間を襲ったりすることはないが、その足を使った攻撃はかなりのものだと別の港町の漁師から聞いたことがある。
ミッドネルでも勿論手に入れることはできるが、別段安価というわけでもなく、調理にかなりの手間がかかるとのことで、自分で買うということは今までしてこなかった。
しかしながら酒場で食べるたびにその気持ちは揺らいでしまうのであった。
私が味と香りの余韻に浸っていると、タイミングを見計らったように先程の男性ウエイターが次の品を持ってきた。
「お待たせしました。火魚の刺身です。」
目の前に置かれたのは一見なんの変哲も無い赤身魚の刺身であるが、聞いたことのない名前の魚だ。
「マスター、火魚ってなんですか?」
「まぁ漁師じゃねぇと馴染みはねぇよな。フィーナちゃん、そこのスプーンで麦酒をちょっと掬ってかけてみな。」
「え、麦酒を魚にですか?」
そんな事をしたら味とか色々台無しになるんじゃないかと思いながらも、マスターに促されるまま麦酒をスプーンで掬って刺身にかけた。
「おわっ!?」
瞬間小さく火が上がり、すぐに消えた。
身は若干炙られたように色を変え、香ばしい香りが鼻に入ってくる。
「ははっ!いい反応だフィーナちゃん!そいつは火魚と言ってな、アルコールとそいつの血が触れると火が出るんだ。」
「そういうことは先に言ってくださいよもう。」
「驚かせて悪いね、こいつで許してくんな!」
そう言っておかわりの麦酒をくれる。
ありがたいが、なんだか麦酒を与えれば大人しくなる駄目な女みたいに思われてそうでちょっと癪だ。
私は一口、火魚を口に入れる。
赤身魚特有の血生臭さは微塵もなく、炙られたことで香ばしさが増しており、その身もしっかりとしていて非常に美味である。
「これ、火をつけないで食べたらどうなるんですか?」
「おう?フィーナちゃんは怖い事聞くねぇ」
「え、うそ、ひょっとして本当に?」
「酒飲んだヤツがこいつをそのまま食うと、口の中で発火する。」
想像しただけで冷や汗モノだ。
しかし、身は確かに他の魚に比べてどこか上品さを感じる独特な味をしている。
これはこれで、また麦酒が進んでしまう。
私これ何杯目だっけ。