港町ミッドネル(3)
酒場の扉というのは特殊で、初めて見た者ならばもはやそれは扉なのかと疑問をぶつけてしまうほどに雑なのだ。
その全貌はというと、サビだらけの薄い鉄でできた両開きの扉で、酒に酔った客の仕業なのか所々がボコっと膨らんでいて、助走をつければ飛び越えられる高さしかない。
私はそんな頼りない扉を抜け、店内に入る。
「いらっしゃいませ!」
快活そうな若い女の子のウエイターさんが元気にあいさつをしてくれた。
店の中は大いに賑わっており、そこかしこで各々の会話を楽しんでいる様子だ。
私は一直線にカウンター席でなおかつ一番壁側の席に座った。
「こんばんはマスター。」
「やぁいらっしゃい。あんたは確か、フィーナちゃんだったかな。」
「わっ、覚えててくださったんですね!嬉しいです!」
「いやなに、昨日の今日だし、なによりその、若ぇのにいい飲みっぷりだったもんだからよぉ」
記憶は定かではないが、昨日もここに来て同じ席で麦酒を飲み漁ってたものだからなかなかインパクトのある光景だったのかもしれない。
なにより酒場は漁師や行商人の溜まり場というイメージが強く、女性はどうしても浮いてしまうから困ったものだ。
「お恥ずかしい限りです。今日も一杯いいですか?」
「おう!遠慮せず楽しんでいってくんな!!」
昨日直接聞いた話では、ここのマスターは普段漁師を生業といているそうで、シケの多いこの季節は酒場のマスターとして働いているそうだ。
何事にも手を抜けない性格らしく、酒場のマスターをしている時は、材料の買い付けや料理、それからなんとお酒まで素材にこだわって作っているのだという。
そのせいかこのミッドネルの酒場では「海がシケると酒が美味い」と常連客の間で大好評なのだそうだ。
「ほれ麦酒。料理はどうするよ。」
「マスターの海鮮料理が食べたいので、適当に5品ぐらいおまかせで貰えませんか?」
「おおっ、さては昨日でフィーナちゃんの胃袋掴んじまったか?」
「お恥ずかしながら掴まれてしまったようで。」
「ははは、嬉しいねぇ!腹空かして待ってな!」
「ありがとうございます!」
マスターが調理をしている間、特に何もなかった今日のことなんて振り返りながらお手製の麦酒をいただく。
はぁ、なんと心地の良いことか。
「失礼しまーす。こちらは海藻サラダです。」
先程の快活そうなウエイターさんではなく、こんどは見るからにお金持ちそうな金髪の女性ウエイターさんがやってきた。
「「あっ」」
声が重なる。
数刻前に逃げ回っていた冒険者に瓜二つな上に、おそらく向こうもこちらに気がついている様子。
大変まずいことになった。
「人違いです。」
「まだ何も言ってないですよね。」
なんということだ。
この娘は冒険者じゃなかったのか。
ではなぜ徒歩で町の外へ鎧や武器を持って出かけていたのだ。
そんなことをぐるぐる頭で考えながら渡されたマスターお手製の海藻サラダを受け取る。
「お話ししたいことがあります。私、日を跨ぐ頃にお手伝いが終わるのでそれまで待っててくれますよね?」
「え、あ、その」
「待っててくれますね?」
「はい」
笑顔でいう彼女の背後にはなにやらおどろおどろしいオーラが見える気がする。
加えて、お店のお手伝い中だからなのか、憤怒している故なのかわからないが敬語なのがとても怖い。
「なんだいフィーナちゃん、うちの娘と仲よかったのか?」
「へあっ!?」
マスター今、娘って言わなかった?
気まず過ぎて私二度とこの酒場どころか町にこれなくなってしまうじゃないか!
「マスター、従業員を自分の子供みたいに言うのやめませんか」
「悪い悪い、それだけ可愛がってるってことで許してくれよ。」
「もう。」
そう言って金髪の子は何処かへ行ってしまった。
どうやらマスターの子供ではなかったようだ。
私は安堵の溜息を大きく吐いた。
「悪いなフィーナちゃん。」
「いえ、こちらこそ。」
まだまだ夜は長い。