ローシェルティア号(3)
いやはや、なんと快適な船旅だろうか。
ローなんとか号とかいうこの船は穏やかに、ただゆったりと目的地へ向かう。
その船上の個室で、優雅に麦酒を飲みながら外を眺める。
出港してだいぶ時間が経ち、空は薄く赤みがかってきている。
「一人で飲む麦酒もまた乙なもんよね。」
そう呟くも、やはり一人。
昨晩の喧騒もあって、認めざるを得ない寂しさが込み上げる。
見つめる外の景色には、夕日に美しく彩られた海面と緑の島々。
海鳥は羽ばたきを止め、海には船が水面を掻き分けて進む音のみが響く。
ソーンが言うに、目的地には日を一つ跨いで昼ごろの到着予定だそうで、私は大変暇であった。
武器や防具の手入れ、所持品の選別などなど、やることといえば精々その程度。
そこでふと、思い出す。
出港前、エリンに貰った首飾りのこと。
私は不意に手で首飾りを触る。
私の肌に触れていたからなのか、ほんのり人肌程度に暖かく、そこには依然として見たことのない紋章が埋め込まれている。
魔力もほとんど感じないし、宝石でもないようだけどこれは一体なんなのだろうか。
次にエリンに会ったら聞いてみよう。
私は再び視界を窓に戻すと、一瞬なにかの残像が見えた気がした。
虫にしては大きく、魔物にしては小さ過ぎる。
「気のせい、かな。」
私は小首を傾げながらも一口、麦酒を飲む。
到着までの時間、寝て過ごすのもなんだか勿体無い気がして、少しだけ船内を散策しようとしたが、なかなかこの足がめんどくささに勝てない。
散策なんてした所で個室と甲板しかないのであまり面白い光景は望めそうもないが。
私がまるで液体のようにグデーっとテーブルに伏せていると、不意にノックの音が耳に入る。
「はいはい、どちら様で。」
伏せた体勢のまま顔だけ入口側に向け、返事をする。
ガチャリとドアが開くと、そこには小さな女の子が立っていた。
その容姿は例えるなら、人形という言葉がしっくりくる。
ただし、普通の人間じゃないことは誰にだってすぐわかる筈だ。
「ひゃ、あの、その、こんばんは。」
「ええ、こんばんは。それで、亜人種が私に何の用かしら。」
亜人種という言葉を聞いて、ビクッと反応する女の子。
彼女の背中には立派な羽、言葉を紡ぐ口には牙が見え隠れしている。
「あの、その、ソーンさんに冒険者様がいるって聞いて、えっと、その。」
「用件だけでいいわ。」
「ひぅっ、ごめんなさい!!!」
そう言って両手で頭を守るようにうずくまる。
ああ、なんだかちょっとだけイライラするなこの子。
「あの、実は、冒険者様に、その、お願」「お断りよ。」
「ひっ、まだ全部言ってないのに!」
涙目で訴えてくる亜人娘。
他人のために私がなにかするだなんてこと、ほんのちょっとの気まぐれでもない限り起こり得ない。
もっとも、直接的に私が困ってしまうような案件で、回り回って人のためになる、と言うことなら話は別だが。
そもそも私は冒険者であって何でも屋ではない。
「直接私に降り掛かる災難ならば私は全力で立ち向かう。たとえ今、大陸全体が炎に包まれたとしても、船上という安置にいる以上私は何もしないわ。そんなクズとも呼べる私相手に貴女はなにを対価に依頼すると言うのかしら。」
「うう、ううう。」
目尻に涙を溜めながら、唸る少女。
まったく、これでは私が虐めているみたいじゃないか。




