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兄貴と笑顔

「……きて」

 聞いたことがある女性の声が聞こえる。テセウスは体を起こそうとするが、体は言うことを聞かない。

「起きて」

 無理なんだよ、テセウスは答えようとするが、代わりに喉から出たのは、海水混じりの咳だった。喉がカラカラで、痛い。まるで、喉から水を全て吸い取ってしまったような感覚だ。テセウスはもう一度咳をした。すると、喉に何かが流し込まれた。甘い、蜂蜜のような味だ。だが蜂蜜のようにドロドロとしているわけではない。

「起きて、テセウス」

 テセウスは体を震わせるが、起きることは出来ない。力が入らなかった。

「テセウス、テセウス!」

 先程までの声よりも、大きくはっきりとした声が響く。ついでにテセウスの頭の中にもガンガンと響いた。テセウスは目を開けようとする。瞼が震えた。開けば目がくらんだ。青い光がテセウスの目を直撃する。頭上に揺れるゆらゆらとした光。周りは青い。色とりどりの魚は中を舞っている。

(これは――)

 夢で見た景色だった。水色の髪の美しい女性がテセウスの口に何かを流し込んだ。先程と同じ飲み物のようなものだ。蜂蜜の味。二杯目を飲むと、体に力が入るようになった。だが、筋肉が痛い。

「ごめんね、テセウス。ちょっと波でこっちに引き寄せようと思ったんだけど……」

 申し訳なさそうに言う女性。テセウスは状況を理解できないでいた。

(波で引き寄せる、か)

 海の女神というのは間違いではなかったのか? とはいえ目の前の女性は髪の色が特異なだけで普通の女性に見える。ただ、一瞬目を逸らせなくなるほど美しい。

「言いたいことは分かるよ。でも……うん」

 女性は近くを漂っていた魚に、何か話しかける。テセウスには理解できない言葉だったが、魚はちゃんと理解したようで、急いでどこかへ向かった。数秒も経たないうちに、魚は戻ってきて、女性の手に何かを吐き出した。よく見てみると、それは虹色の貝殻だった。

「これ、探していたんでしょう?」

 魚を撫でた女性は、まだ上手く動かないテセウスの手に貝殻を乗せる。俺は弱弱しくそれを握り締めた。そして、目線だけでアキレウスの方を向く。アキレウスはまだ眠っていた。

「アキレウス……」

 テセウスが掠れた声で言うと、女性は微笑んだ。

「その男の子の名前? ……貴方は?」

「……テセウス」

 テセウスはゆっくりと言う。女性はテセウスの額に触れて、ブツブツと喋りだした。先程と似たような響きだ。テセウスには聞き取れない。すると、急にテセウスの筋肉痛が止んだ。テセウスは起き上がり、女性を見つめる。

「ふふっ。海の魔法は初めてかしら?」

「地上の魔法と、違うのか……?」

 テセウスは手に炎を灯そうとする。だが魔力は残っているはずなのに、手にチリチリとくすぐられるような感覚が残っただけで、炎は現れなかった。

「海では、地上の魔法は使えないの。それは知っているでしょ? でも、海の魔法なら、使える」

 今まで、海で魔法が使えるのは海神の血を引く者もしくは神のみだった。やはり、彼女は海の女神なのだろうか。

「なあ、帰るにはどうすればいいんだ?」

「いつでも、帰れるよ」

 テセウスはアキレウスの方に目を向ける。まだ深く眠っていた。水色の女性はテセウスに使った魔法と同じように、アキレウスの額に手を触れて、何かを唱えだした。

 アキレウスは、目覚めない。

「……ダメかぁ……」

 俺はのろのろとアキレウスの方へ這っていくと、アキレウスの頬をつついた。次に、脈をとる。生きている。俺が聞き取れるかも分からないほど掠れた声で名前を呼ぶと、軽く唸ってまた静かになった。

「生きているみたいだね」

 ああ、テセウスは小声で答える。テセウスは手の中にある貝殻をじっと見つめた。

「お前は、俺をここに誘い出したのか?」

「いや……まあ、そうだね。この貝殻を探していたみたいだから。私しかもっていないの」

 アキレウスは相変わらず目を覚まさない。テセウスは心配そうにアキレウスを見つめたのち、女性の方を向いた。

「……お前の名前は?」

「……これといった名前は、ないよ。アムピトリテなんて呼ばれた時代もあったし、ディーネとか、マールなんて呼ばれた時代もあった。私が知る分には……今は……」

「――海の女神?」

 テセウスが言うと、海の女神は頷いた。

「ねえ、テセウス。帰りたい?」

「勿論」

「じゃあ、さ。また海に来てよ。私、いつも寂しいの。知っている人は私を敬うから、海に〝遊びに〟来てくれる人がいないの。テセウス、来てね」

挿絵(By みてみん)

 女神は、目線でテセウスに立つように合図する。貝殻を握りながら、テセウスはアキレウスを抱き上げ、立ち上がった。驚くほど体が軽かった。自分の体よりもむしろアキレウスの方が重いのではないかと思うほどだ。女神はふわりと浮くと(泳ぐと?)テセウスの顔に泡を吹きかける。テセウスは思わず目を瞑ると、次目を開いたときは、海岸近くで浮いていた。手にはしっかりと貝殻がある。テセウスはなんとか浜辺まで泳いで行った。







「アキレウス?」

 アキレウスは震える瞼を開いて、テセウスを見つめる。

「兄、貴」

 テセウスはアキレウスに、貝殻を見せた。

「見つけて、くれたんだね、兄貴。やっぱり、兄貴だ!」

 そういって、アキレウスはにっこり笑った。いつもと同じぐらい、いや、いつも以上に輝く笑顔だった。


ありがとうございました。

これにものすごく時間をかけていたら、もう一つがおろそかに……。


ともあれ、この作品は楽しんで書いたので、見ていただいてありがとうございました!

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