98・飛んでいくお金
「……アールがいない?」
今では見慣れたログハウスの中を見渡しても、あの丸い巨体を見つけることはできませんでした。居たのは昼寝をする黒猫のベルだけ。ログインした後、すぐに出迎えてくれるというのに……。
「たぶん、街に行ったのだろう」
召喚してすぐに黒猫のベルに憑依したルシールさんがそう言いました。
「近頃、あやつはこの森の外に出ておるようだったからの」
「本当ですか? でも私がいない時は勝手に出歩くなと言っていたのに……」
とりあえず位置を確かめるためにマップを開きました。アールは私の従者なので、マップ上に位置が表示されるんですよ。
「……やっぱり街にいるようですね。この位置はミランダさんの店ですか?」
彼女のところにいるなら一先ずは安心です。とりあえず、迎えに行きましょう。
まったく、勝手に出歩くとは……。オークだと他人にバレてしまったら、危ないというのに。
「いらっしゃい~。あっクロエちゃん!」
箒に乗ってひとっ飛びでミランダさんの店に着きました。店の中にはふわりとした笑みで出迎えるミランダさんと、私の姿を見てびくりと縮こまったアールがいました。
「アール、探しましたよ。勝手に出歩くなと前に言ったではありませんか!」
謝るようにアールは頭を下げました。アールのことです。それは分かっていることでしょう。でも、危険を承知で出ていくなんて……。
「あなたに何かあってはどうするというのですか? あまり私を心配させないでください。……あなたの代わりなんていないんですから」
今でこそアールは死んでも星石の力で生き返ることができます。ですがそれも絶対ではない、何かしらの……死に至る要因があればその効果も無効化されてしまうでしょう。死因の検証の様子を見ると、そう思えます。このゲームの性質上、その死に至る要因を作り出されたら、覆すのは難しそうですから。
「まぁまぁ、クロエちゃん。そう怒んないであげてよ~」
ニコニコとした笑みでそう嗜めるミランダさんでしたが……なんでしょう。確かにいつものような笑みなのですが今日の笑みは何か、含みがある笑みですね。
「……何か隠してますか?」
「え~何も隠してないよ~。それより、イルー鉱山街でお代を貰ってきたよ!」
話を逸らすようにしてミランダさんはテーブルの上にぎっしりと物が詰められた革袋を置きました。……まさか。
「クロエちゃんが使ったポーション代とうちで買い取ったポーション代の不足分……全部で120万ゴールドだよ!」
「120万ゴールド!? 嘘でしょ!?」
待ってください。なんでそんな大金になってるんですか!?
「ほら~これって聖水の浄化力を持つポーションだったでしょ」
そう言って彼女はポーションを取り出しました。それはまさしく私が彼女に売った、湖の水の力を持つポーションです。
「聖水の値段を知ってる、クロエちゃん?」
「……いいえ」
「一万よ。まぁこれは教会値段だから、実際はもっと低いだろうけどね~。それに“鑑定”してみたら、実際の聖水よりは浄化力も落ちてるようだから、ちょっと低めで価格を計算したんだよ~」
「それでもこれですか」
「それでもこの値段だよ~」
ニコニコと笑うミランダさんの笑顔が怖い……。
「ねぇ、クロエちゃん。この前から不思議に思っていたけど……これどうしたの? 聖水並の効力を持つポーションをこんなにも大量に、どこで作ったの?」
カウンターから身を乗り出し、顔を近づけて聞いてくるミランダさん。
「それは……」
「この前突然現れたルシールお婆ちゃんと関係ある?」
「…………」
ちらりと足元の黒猫を見てしまった。『誤魔化せい』とルシールさんからの通信が飛んでくる。……さてどうしたものか。下手に嘘を言っても見抜かれそうですよ。
「ごめんごめん。尋問するようなことしちゃったね」
押し黙った私を見かねたのか彼女がそう言うと、肩を竦めて一つ笑い、席に戻りました。
「ルシールお婆ちゃんが元気ならそれでいいよ。これ以上はもう何も聞かない。誰だって聞かれたくないことくらいあるもんね~。それに大切な取引先だもん、これからもご贔屓にしてもらいたいし」
優しい笑みでそういうミランダさん。……本当、ミランダさんらしい笑みです。
「ありがとうございます。そうですね、できれば聞かないでください。ただ、一つ言えるのは真っ当な手段で作ったことくらいです」
「うんうん、真っ当な商品なら問題ないよ。でも、これは流石に売れそうにないかな……」
「……どうしてですか?」
「前にも言ったでしょ。ポーションに聖水なんて普通なら使わない。……それにこの量だし、教会あたりに何か言われそうだよ」
あぁ、確かにそうですね。聖水を配給しているのは星の教会です。教会の者でもない人物が、聖水並みの力を持つポーションを売っていれば何かしら目が付けられそうですね。
「クロエちゃんも気をつけてね。一応、イルー鉱山街でポーションをかけられた警備兵たちのほうは誤魔化しておいたけど……」
「それは、手間を掛けさせましたね」
しかし……守護者とプレイヤーにバレている今です。教会あたりには近い内に目をつけられそうですね。
今の所、封印を目当てに森へ訪れるプレイヤーは現れていません。ロールプレイヤーはキャラにとって関係ないなら来ないでしょうし、普通のプレイヤーにもとくに利益があるわけでもないからでしょうか。愉快犯などは別でしょうけど……。
「そういえば、このカウンターに置かれているこれはなんですか?」
カウンターには前までなかった金色のカエルを模した置物が置かれていました。口に金貨を加えていますね。
『銭蛙だよ。現実でも金運を上げる置物として人気があるよ~。これでこの店も現実の私の店も商売繁盛間違いなしだよ~!』
ゲームの中の置物が果たして現実にも効果を与えるのでしょうか……。
「アール、今までも私に無断で外出していましたね?」
ミランダさんの店を後にし、道を歩きながらアールにそう聞いていみました。バツが悪そうな表情をしつつ、アールはゆっくりと頷きました。
「下手に彷徨いてほしくありませんね。封印の森のこともありますし……」
アールが出歩くのは彼自身が危険に晒される恐れがあるのであまりしてほしくありません。それに彼はあの封印の森にある結界を潜って街へ出入りしています。下手にその姿を見られてしまうのはやはりまずい。
「私としてもあまり森の出入りをしたくないところですが……」
「そのことだが一つ手があるぞ」
足元に並んで歩いていたルシールさんがそう言いました。
「この街に私の家があったであろう。覚えておらんか?」
「あぁ、確かにありましたね」
以前の赤い獣事件の時。あの家でルシールさんと初めて出会いましたね。その時はすでに赤い獣になっていたので本人の姿でなく、幻術の魔法で作られた幻でしたが。
「あの家には次元を繋ぐ魔法の入り口があっての。森にある家と繋がっておる」
「えっそうなんですか? なんで早く言ってくれなかったんですか!」
それならいちいち森や草原を通って行かずに、すぐに街へ移動できるじゃありませんか。
「なら早くルシールさんの家に向かいましょう。その次元の入口とやらが気になります」
「あっおい! 待たんか!」
確か街のルシールさんの家は……こっちでしたね。【土地鑑】によって迷うことなく、ルシールさんの家に向かいました。
「……空き家?」
たどり着いたルシールさんの家。その扉に白い張り紙がありました。文字はスワロ王国語。かろうじて読める文字には空き家と書かれていました。
「思ったとおりだ……」
「……なんですかこれ? というか空き家って……ここはルシールさんの家でしょう?」
「あぁ、そうだったよ。数週間前まではね。……領主に税金を収めていなければこうなるのも無理はない」
「税金?」
「ここら一体は領主が管理する土地である。そこに住まわせてもらっているのだから、お金を納めるのは当然であろう?」
「確かにそうですね。ということはこの家はもう……」
「私の家ではなくなったわけだ」
「だから今まで言わなかったんですね」
なんてことでしょうか。せっかく行き来が楽になると思ったというのに……。
「お前たち、そんなところで何をしている」
ルシールさんの元家の前にいた私達に声を掛けてきたのはこの街の兵士でした。確か領主の私兵なんでしたっけ?
「まさかこの家の元家主か?」
「えっと……違いますね」
その元家主は今あなたの足元にいますよ。
「そうか……見つけたら詰め所に連れてきてくれ。滞納した税金を徴収しなくてはいけなくてな」
「まぁそうなんですかー」
「ニャー」
ルシールさん、何素知らぬ振りしてニャーと鳴いているんですか……。
「あの、もしこの家に住みたいと思ったらどうすればいいですか?」
「それなら役所に行ってくれ。手続きはそこでできるからな」
そう言って見回り中だったらしい兵士の人は去っていきました。
「あの家に次元魔法はまだ残っていますか?」
「あぁ、残っているとも。あれの魔法を仕掛けたのは私でなく先代の守護者だからの」
「森への裏口を今までそのままにしておいたのですか? このまま家が他の人の手に渡っていたらどうしていたんですか……」
「守護者と許可した者しか使えんよ。それに隠してあるから普通なら見つけられんはずだ」
そう言われましたが裏口をそのままにしておくのは気が引けますね。
「やっぱりこの家は手元に置いておくべきですね……」
「お前さんならそう言うと思った。たぶん価格は……150万ゴールドくらいであろう」
「……マジですか」
役所に行ってみたら本当にその値段でした。……先程ミランダさんから得た120万ゴールドと手持ちの所持金を合わせてなんとか150万ゴールドに足りたので、その場で購入しました。
あぁ、せっかくの大金が……。あれで装備を新調できると思ったのに……。
「おおっ本当に繋がってた……!」
ダイロードの街にあったルシールさんの家……いえ今はもう私の家ですね。その家にあった隠し扉を開けると、そこは封印の森の中にある見慣れたログハウスの家の中に通じていました。
「この魔法、空間魔法の応用ですか?」
「そのようだ。まぁお前さんが扱うものよりも高度なものであると思ったほうがいい」
でしょうね。でも空間魔法のレベルが上がったら私もこんなことができるようになるのでしょうか? 今のところ、ゴーレム落としにしか使っていませんけれど……。
そうでした。スキルの確認をしておきたかったのでした。この前掲示板を見た時、基本スキルの枠数について話題になっていました。今の私の基本スキル数は27個。枠数は初期だと上限30個です。あと三つで上限に達しますね。
枠数の上限解放は……1枠SP10も必要なんですか!?
今の所持SPは18。1枠増やす分しかありません。調べたところ、スキルレベル上限の解放もSP10必要らしいです。今の所どれもレベルMAXの50に到達していないのであまり考えなくていいでしょう。ちなみにレベルMAXになったスキルはユニークスキル化できるそうですよ。
取得ができるスキルも増えていましたが見送る必要が……あっこれは言語スキルじゃありませんか。
取得可能一覧に現れたスキルの中に【言語:ラプタリカ王国語】【言語:ドワーフ語・デュオ地方訛り】【言語:旧デュオ語】がありました。言語がこれだけ現れたのも、きっとこの前のイルー鉱山街に行ったことが原因でしょう。様々な人達が集まっていましたから、話される言葉も結構バラバラでしたから。
これらはここデュオ地方で話される主要言語らしいです。【言語:ラプタリカ王国語】はスワロ王国の隣にある、この地方では王国と並んで大きい国であるラプタリカ王国で話される言語です。なのでスワロ語と並んでこの地方ではよく使われる言語だそう。
【言語:ドワーフ語・デュオ地方訛り】はその名の通り。【言語:旧デュオ語】はスワロ王国語とラプタリカ王国語の語源とされる古語と説明が書いてありました。
そして……これらを全てを覚えると今覚えている【言語:スワロ王国語】と統合されて、【言語:デュオ地方語】に変化するようでした。私のユニークスキルにある【言語:ヘイス地方語】と同じ扱いになるということでしょう。
ちょうど3枠余っている……。すべてSP3で取得できるのでSPも足りる……。統合しておけば後々この地方の言語で躓くことはなさそうですね。
ということで【言語:ラプタリカ王国語】【言語:ドワーフ語・デュオ地方訛り】【言語:旧デュオ語】を合計SP9支払って取得、そして統合され【言語:デュオ地方語】になりました。レベルはスワロ王国語のレベルを引き継ぐようですね。これでレベル1スタートだったら、また困ったことになっていたことでしょう。
そうそう。調べている過程で知れたのですが、四つ耐性を覚えると統合できるようになるそうです。
今は【毒耐性】【麻痺耐性】【睡眠耐性】があります。一つ足りませんね。
それに――毒耐性っていらないと思いませんか?
【闇の代償】を持つ以上、状態異常は一つでも欲しい。行動を制限される麻痺や睡眠と比べて、毒はただ体力が減るだけです。ええ、体力が減るだけ。
それだけならこの【毒耐性】はいらない。それよりも火力を高めたいですね。
スキルは消すこともできるそうですが……それをしてくれる専用のNPCのところに行かないとダメみたいですね。とりあえず……おお、一覧には【呪い耐性】と【気絶耐性】がありましたよ。これもそれぞれSP3。合計SP6必要。統合すれば一枠余ることになる……取得してしまいましょう。
【呪い耐性】と【気絶耐性】を取得。【麻痺耐性】と【睡眠耐性】と統合させると、【耐性[麻痺:睡眠:呪い:気絶]】となりました。こちらもレベルが引き継がれましたね。
とりあえずこんなものでしょう。一息を吐いて、家の中を見渡す。相変わらずアールは木を削って何かを作っている。ニルは止まり木で寝ている。隣のガラスドクロを鬱陶しそうにしながら。
ルシールさんはベルに体を戻したようで、ベルがすやすやと寝ている。……いつの間にかふかふかクッションの入ったカゴベッドがあり、そこで寝ていました。作ったのはアールでしょう。
この前の事件からやっと平穏がやってきた感じですが、問題は未だ山積みです。
「まったく油断ができませんね」
でも、そんな緊張感も悪くない。現実だと味わえない危機感を楽しめるのは、これがゲームであると分かっているためにできる余裕があるからでしょうか。
――ピピッ!
連絡? 誰でしょうか。あぁ、友人ではありませんか。なになに……?
――第三期、当選いたしました!
あぁ、よかった! 友人はどうやら当選したようですね。これで一緒にゲームができます。
第三期のスタートももうすぐですね。……あれ、ということは?
「……第三期組の初心者がこの街にやってくる?」
ここにはダイロードの街があります。数ある初期スタート地点の中でエンテ公国にある街と並んで、初心者におすすめされる初期地域です。
私が始めた頃も相当数がここを選んだようで、とても賑わっていました。そしてレベルが上がると彼らは王国に向かうために黄昏の森を通っていく……。
……ちょっと心配事が増えた気がします。
これからのことに不安になりつつも、友人の訪れを楽しみにしつつ、私はハーブティを入れることにしました。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV27 残りSP3
基本スキル 合計26個
【両手杖LV27】
【魔法知識LV27】【魔力LV27】
【闇魔法LV26】【風魔法LV26】【土魔法LV26】
【暗黒魔法LV13】【空間魔法LV5】
【月光LV19】【下克上LV21】【森の加護LV10】
【召喚:ファミリアLV27】【召喚:ゴーレムLV13】
【命令LV26】【暗視LV26】【味覚LV26】【草食LV10】
【鑑定:植物LV23】
【採取LV23】【調合LV24】【料理LV17】【魔女術LV1】
【毒耐性LV22】
【耐性[麻痺:睡眠:呪い:気絶] LV22】
【言語:デュオ地方語LV27】
【飛行:ホウキLV15】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】
【魔獣を倒した者たち】




