97・中身を考えてはいけません
そういえば、ヒストリーにイルー鉱山街の動画がアップされたようですね。
一応確認も兼ねて見ておきましょう。
どれどれ……ちらっとみた感じ街での負傷事件から、魔獣ウィラメデス戦まで取り上げていますね。
ん? 気になる動画がありました。#523-0-1という番号が付けられた動画です。ヒストリーの動画はいくつかの動画に分けられて投稿される時があります。それは動画のメインとなるプレイヤーたちが違ってくると、よく起こるようです。
今回で言うと私達の行動をメインに扱った動画があります。こちらはカイルさん達のほうがメインのようですね。他には傷害事件を追っていた警備兵視点での動画や、ウィラメデス戦で活躍してたプレイヤーたちをまとめたものだとか。
これらの動画はすべて#523-1といったように区別されています。その中で番号に0が含まれる動画というのは……事の発端の動画だったりするようです。
ちょっと気になるので見てみましょうか。せっかくですし、VR動画として。
《ヒストリー#523-0-1を再生しますか?》
機器に問題がないか確認し、動画の再生をスタートしました。
◇ ◇ ◇
目を開くと暗がりが広がっていました。薄暗く、狭い感じがしますね。視界の端も真っ暗で……いやこれはとんがり帽子の端部分ですね。なるほど、ゲームユーザーならアバターが使っているキャラになるのですね。ちょうど幻影の街に行った時に設定していたからこうなったのでしょう。
さて、周りの確認を進めましょう。中央だけロウソクの光に照らされてぼんやりと浮かび上がっていました。明かりに照らし出された赤い魔法陣を前に、見覚えのある赤いローブを羽織った者が数人。
『では実験を開始する。やれ』
その声を合図に二人の者がボロボロの布切れを纏った人を魔法陣の中へと連れて行きました。暴れる人を抑え、その腕に赤い液体を注射器で体内へと注入しました。あれは……。
『アッ……アガ……アアアアアア!?』
赤い液体を注入された者は上半身の一部が赤く侵食されたように爛れ落ちていく。……まるでクリンくんの時のよう……混沌化していますね。
『……失敗か』
落胆したというより分かりきっていたかのような声が、この狭い場所に響きました。その声には聞き覚えがあります。顔を確かめるために回り込んでみると、やはりその顔にも見覚えがありました。
神経質そうに眉間にシワを寄せ、感情の見えない冷酷な瞳は魔法陣で暴れるソレを見ている。赤と紺の二つの宗教のローブを身に纏う男……オズワルドの姿でした。
『そいつは片付けておけ。その魔法陣の中であれば星石の力は及ばんからな』
『了解しました』
オズワルドの無慈悲な言葉に赤いフードを被ったデコボコとした二人組。……これあの二人ですね。
『あれ、また失敗したの?』
狭いこの場所に子供の声が響く。あぁ、この憎たらしい声にも聞き覚えがありますよ。足音を響かせて現れたのは、オズワルドと同じく赤いローブを羽織ったイグニスでした。
『これで何回目だっけ?』
パチンと音がなったかと思うと辺りに明かりが灯されました。
明かりが灯されたことで周りの様子が鮮明に分かりましたが……正直、暗いままだったほうが良かった。
狭いこの場所は洞窟の中のようです。中心には大きく赤い魔法陣が描かれ、その外には何人もの子供から大人の死体が乱雑に置かれていました。一体何人もの人が犠牲になったのでしょうか。考えるだけでも恐ろしいですね。
『聖堂にいるより、今のキミの姿のほうがとっても似合ってるよ』
死体の山の前に立つオズワルドを見て、イグニスが言いました。
星の教会の神官だったというオズワルド。なぜ彼が【赤き混沌の使徒団】にいるのか不思議でしたが、これを見れば一目瞭然。むしろ相応しいくらいじゃありませんか。ローブの赤色が本物の血の色に見えてしまいました。
『実験の調子は?』
『見れば分かるだろう。まったくだ。純粋な混沌の力、というわけでもないというのにあれだけの量でも混沌化するようだ。……それより貴様は今までどこにいた』
片付けられていく死体から目を離し、現れたイグニスを睨むオズワルド。視線は厳しいものでした。
『調査に出かけてからというもの、全く連絡を寄越さないとはな』
『白い霧に迷わされちゃってね。ボクの勘は肝心な時に外すらしい』
『貴様は私の魔道具と混沌石を無断で持ち出したな?』
『キミだって無断で教会から持ち出したんだろ? それにボクは無断じゃない、ちゃんとメモは残しておいたでしょ』
イグニスは袖口に手を入れるとそこから何かを取り出し、それをオズワルドに投げました。彼の手元を覗き込むとそれは丸い円盤型で魔法陣が刻まれたものでした。だけど、黒焦げになったような跡があり、端が割れています。
『なぜ壊れている』
『保険のつもりで持っていったんだけど、災厄時代の結界を壊そうとした時に使ってね。その時に壊しちゃったよ。あぁ、混沌石のほうも使っちゃったからもうないよ』
『……貴様! 貴重な品々をこうも軽々しく扱うとは!』
怒りを含ませた低い声を上げ、オズワルドはイグニスの胸元を掴みました。両者には身長差があるため、若干イグニスが上に引っ張られてつま先立ちをしています。
『あぁ、そんなに怒んないでよ。キミが持っていた物のおかげであの森の秘密を確かめることができたから、それには感謝してるんだ』
『そう思うならば次こそあまり勝手な真似をしてくれるな』
『……気をつけておくよ。だから、そろそろ手を放してくれないかな』
舌打ちをしてからオズワルドはイグニスから手を放しました。
……それにしても、今の会話を聞いているとこの会話はきっと赤い獣事件の直後のようですね。どうやってあの森の結界を壊したか気になっていましたが、あの魔道具を使って壊したのでしょう。
『混沌石を使ったなら、相手は混沌化したな? そいつはどうしたんだ。下手に放っておけば教会から“勇者”が来る。今はまだ我々の存在を感づかれたくないのだが』
『ちゃんと手は打ったよ。今頃討伐された後なんじゃ――』
『――“勇者”であればその場にいたでござる』
闇から音もなく現れたのは黒装束に身を包んだくノ一……ツバキさんでした。
『……なんでキミがここにいるの? まさかボクを付けてきた?』
『勘違いするな。拙者はかの者の使者でござる』
警戒するイグニスの視線を涼しい顔で受け流したツバキさんは、オズワルドを見据えました。
『我が依頼主より命を受け、オズワルド殿に依頼の品を届けに参った。こちらがその代物、大剣レックスでござる』
ツバキさんがオズワルドに手渡したのは確かに、あの時ライトくんから盗んだあの大剣レックスでした。
『おぉ! まさしく小さき星の器ではないか! 教会が長年探していたレックスの剣がよもや、こんな片田舎にあろうとは……これも古い文献を漁った甲斐があったというものだな』
大剣レックスを見るオズワルドの目は先程の冷酷な瞳と違い、まるで愛しいものを見るものに変わっていました。
『……へぇ、あの場に勇者が居たんだ』
『教会の“勇者”ではないだろうな。この大剣自体が教会所有のものではない。その時点でこれを扱うものはただの星持ちだ』
『どっちでもいいよ。どっちも星の力を持つかつての勇者みたいなもんだし』
勇者の名称って複雑ですね……。五人の英雄に対して、教会に選ばれた人、星持ち、と勇者と呼んでいい人がたくさんいる。まぁ、教会側としては選んだものだけを勇者と呼びたくて、世間は星持ちを勇者と呼んでいる感じみたいですね。
『あの中だと……あの少年かな? でも全然勇者らしくなかった。……あの様子だとちゃんと覚醒もしてないよね?』
『…………』
『無視するなんてひどいなぁ。まぁいいや。覚醒してないんだったら、小さいとはいえあの純度の混沌石を上手く浄化できなかっただろうし……ねぇそうだよね、オズワルド?』
『ここにある寄せ集め程度ならまだしも、純粋な混沌相手に無覚醒ならそうだろうな』
『そっか。ならあの人は死んでるな。それにあの老体……どうせ手は尽くしようがないね』
……今の会話で少し判明しましたね。ライトくんは勇者……いえ星の力を上手く引き出せていない状態だったのでしょう。だからルシールさんは……いえ、イグニスの意見に賛同するわけではないですが、あの老体では混沌の力を耐えられるだけの力が残されていなかったはずです。
混沌に呪われた時点で、きちんと浄化されようとされまいと、ルシールさんの運命は決まったも同然だったようですね……。
『あはは、見てみたかったなぁ……。あの老婆が死ぬところを――』
『彼女は死んでいないでござるよ』
いつものとても静かで落ち着いたツバキさんは、イグニスを見てそう言いました。
『拙者は彼女が赤い獣から戻る姿をこの目で見ているでござる』
『あぁ、そうだろうね。でも彼女の体には混沌の爪痕が残ってしまった。だから助からないんだよ。……今更大剣を持っていってももう遅いよ、諦めるんだね』
『……何を言っている』
『剣を奪うならもっと早くできたはずだ。でもどうしてキミは彼らに協力してたんだ? そんなに助けたかったの? キミってあの“黒烏”の一味でしょ。金を払えば何でもやるんじゃなかったの? 任務を優先せず人助けとは……』
『……拙者は任務を全うするのみでござる。彼らに手を貸していたのも、信頼されていれば隙ができると思ったまでのこと』
ツバキさんの表情に変わりありません。無表情のような顔、その下の本心は見えませんね。
『まっいいさ、どうせ彼女は助からないよ。生きているなんて、ありえない。……まぁ、あるとすれば……いややっぱないな』
何かを言いかけてイグニスは口を閉ざしました。……使い魔の契約による延命方法でも思い出したのでしょう。ありえないと言っていましたが、ありえることになってしまいましたけど。
それにしても……ツバキさん。何やら複雑な事情を抱えていそうですね。
『お前の依頼主に伝えろ。対価を貰ったからには、約束通りそれ相応の働きをするとな』
『承知したでござる』
するとツバキさんの姿は一瞬で消えてしまいました。
『これでやっとキミの研究が進むわけだね』
『あぁ、だがその前にこいつだな。……イグニス、貴様にももちろん手伝ってもらうぞ』
『もちろんだよ。この研究にはボクも気になってるわけだし』
イグニスは先程放られた真新しい死体に近づいていきました。
『ひっどい壊れかただなぁ……でも、ルシールを壊したほどじゃない。アレはすごかった……もう一度見てみたいよ』
『……ずいぶんと機嫌がいいな』
『あれ? なんでわかったの?』
『いつも口数が多くてうるさいが、今日はさらにうるさいからだ』
『あっはは。そんなにうるさかったかな? まぁ確かにね。混沌の力をこの目で見られたし。それに……面白い子にも出会えたし』
ニッと子供らしい笑みを浮かべて、イグニスは言いました。面白い子ってまさかクロエのことですか? 本当、クロエも厄介な人に目を付けられましたね。
……それにしても、この場面はとてもいい場所じゃありません。死体がいっぱいの人体実験場なんですからね、軽くホラーですよ。
ですがそうともいえない。なにせこの場にいるメンバーはプレイヤーばかりです。幻影の街で見た彼らの姿を思い出すとどうしても……あぁいけません。思い出してしまったら、このシリアスな場面が崩れてしまいます!
次にゲームの中で出会った時、私は笑わずに対応できるかとても心配です。ええ、とても。




