94・幻影の街 その3
「というか、それやめてくれないかな? この組織のイメージダウンになるんだけど!」
「いやいや、旦那。そうは言いますが新興組織すぎて人不足なのは理解してるでしょう? こういう場でうちの組織の存在をアピールしないと、魔族とかに人が流れちゃうじゃないっすか~!」
イグニスとポコちゃんがそんなやり取りを目の前でしている。これを見ている私の組織イメージがどんどん崩れているということに、彼らは気づかないのでしょうか。これではカルト教団ではなく、コント集団ですよ。
「イグニス、こんなところにいたか」
「旦那もポコも何やってんで……」
さらに現れたのはオズワルドとあのノッポの下っ端ですね。……オズワルドはやっぱりというか、緑色だったのでプレイヤーでした。なら、ノッポの人も――。
「あなただけNPCなんですか……」
「黒魔女さん、えぬぴーしーってなんのことで?」
意味がわからないといった風に首をかしげるノッポの下っ端さん。彼を指し示すサークルは青色でした。
「あぁ~~! アニキは知らなくていいことっすよ! ほら、アニキはアタイと一緒に呼び込みしに行くっすよー!」
「あっおい、ポコ! 押すなって!」
ノッポの人はポコちゃんに引きずられていきました。
「……クロエ、今のことは忘れてくれるよね?」
「ええ、クロエは忘れますよ。私は覚えていますけれど」
そう言ってにっこり笑う。この街の設定上クロエは忘れます。ですが、私の記憶からは消しされませんね。あの光景は。
「ボクの一点の曇りもなかったイメージが……」
「貴様のイメージなどこんなことでたやすく壊れるものか。貴様は完璧を求め過ぎだぞ?」
若干肩を落とすイグニスを励ますオズワルド。……ゲーム中の二人はこんな感じの関係でしたでしょうか。なんとなく、喋り方はそのままですが二人とも中の人感が強いですね。
「ボクのプライドが許さないのさ。そのためにボクはこの一ヶ月、努力してきたんだから」
「一ヶ月? どういうことですかそれは?」
「あぁ、それはね。悪役をやるに当たって必要な情報を集めていたのさ。キャラが知っている情報はもちろんのこと、この世界のありとあらゆる情報を第一期スタート時から、書物を読み漁り、人に聞いたりして集めていたんだ。その間、表舞台には一度たりとも出ていない。中途半端なロールなんてしたくなかったからね」
「なるほど、だからあれだけの情報を持っていて、さらにNPCのルシールさんとも話を合わせられたわけですか」
「そうそう、ルシールの話に合わせるのは苦労したけどね……まさかボクを知っているとは思わなくて……。でも頑張った甲斐があったよ。前回も少しやったけど、今回はやっと顔を出して堂々と悪役をできたからすごく嬉しくて……って何を正直に話してんだ!」
急にハッとした顔をしてイグニスは顔を手で覆います。
「こんな話……ボクには似合わないのに……」
「貴様のキャラは天性の天才で、すかした奴だからな。確かに今のセリフは似合わん」
そしてそんな風に後悔する姿も、“イグニス”というキャラには合わないでしょうね……。
「ねぇ、今のも聞かなかったことに……」
「しません」
「だよね……」
あの余裕な笑みはどこへやら。引きつった笑みをするイグニスでした。ゲーム中の彼とは本当、ずいぶんと違いすぎますね。
「あの……イグニス様ですよね?」
その時でした。赤フード姿の女性たちがイグニスにそう声を掛けてきました。……イグニス様?
「やぁ、ボクに何かようかな?」
……引きつった笑みが一瞬で、あの子供らしい笑みに変わりましたよ。仮面の貼り替えが速いですね。
「あの、サインとツーショット写真をお願いしたいのです!」
「もちろんいいよ。同じ組織員のお姉さんの願いだもんね」
そう言ったらファンらしい女性の方は嬉しそうに黄色い声をあげました。あなた、アイドル人気あったんだ……。
「待て、イグニス。……こいつのサインと写真は合わせて100スターコインだ」
そんな中、ファンの女性にそう言ったのはオズワルドでした。
「……お金取るんですね」
「当たり前だ。キャラクターモデルから外見、初期設定まで、現在の“イグニス”を形作る最初の物を作り出したのは、なんたってこの私だからな! あいつは金を取れる。その価値がある。なら、取るに決まってるだろ?」
腕を組んで自慢げに言うオズワルド……いえ、オズさんですね。もう“オズワルド”というゲーム中のキャラではありません。それにしても、“イグニス”というキャラ自体を作り上げたのはオズさんだったんだ……。
「なるほど、美形悪役という路線もあったか……」
「……何を言っているんですか、カイルさん?」
何に食いついたやら。カイルさんが女性と写真を取るイグニスを見て、そんなことを呟いていました。いくら美形でも、あなたがやったら洒落にならなさそうなんですが気のせいですか……。
「それにしても100スターコインも取るなんて高すぎじゃありません?」
「これでも最低値だよ。それにあっちよりはまだマシだから」
ファンの対応を終えたイグニスがとある方向を指しました。そちらを見てみると――。
「ハァーイ! 下僕のみんなー元気にしてるかなぁ? リリだよ! まぁ本当はぁ……あなたの永遠の幼女。ヴァーチャルアイドルのMMでーす!」
「やっほぉぉぉMMちゃーん!!」
「握手してくださあああい!!」
「もう、みんなせっかちだなぁ。じゃあ、一時間後に握手会をするからね! 参加券は500スターコインで売ってるからね~!」
……たくさんの男性ファンに囲まれているのは、あの悪魔のリリちゃんでした。
「……なんですか、アレは」
「ヴァーチャルアイドルのMMだよ。アイドル界じゃ一番有名で最古参のアイドルだ」
……名前だけは聞いたことがありますね。いや、この前放送番組で見かけたかもしれません。リリちゃんってそんな有名人だったんですか。
「ちなみに彼女は三代目らしいよ」
「三代目……?」
「彼女はヴァーチャルアイドルだからね。外見は歳をとったりしないんだ。だけど……まぁ中の人は別だからね」
「……なるほど」
外見は3Dのアバターなのでしょう。だから彼女は歳を取ることがないと……。ただ、それを演じる人の代替わりはあったんですね。
「……それにしても悪役はアイドル活動しないといけないんですね」
「いや、クロエ。別にそういう決まりがあるわけじゃねーからな? それに俺らのキャラにだってファンが付くことがあるかもしれないぞ?」
カイルさんにそう言われる。えっ、それならクロエにもファンが付くかもしれないってことですか?
「どうしましょう……サインなんて書いたことがありません」
「気が早いぞ……。まだファンなんているかもわからないだろ?」
確かにそうかもしれませんが、いざそうなったらどうするんです? サインの練習……しておいたほうがよいでしょうか?
「あら、お姉さんたちじゃない。……それとぽっと出のにわか集団のみなさん」
私達に気付いたリリちゃんがこちらにやってきます。その目は隣にいるイグニスを含めた赤いフードの人たちを不愉快そうに見ていました。
「今回はよくもやってくれたわね。あの街を惨劇の場に変えるのはリリたち魔族のはずだったのに……」
「魔界とのゲートでも作ってたんでしょ? ボクたちの部下が壊してしまったようだけど……。まぁ、副産物的効果だったけど、キミたち魔族の目的を壊せたのは楽しかったよ」
「くっ……あのうさぎもうざいけど、あなたも相当ね! 人間たちに恐れを抱かせるのはリリたちの仕事なのに! 次会った時は徹底的に潰すから! このぽっと出の集団!」
今回の騒動。一歩違っていたら、リリちゃんたち魔族と戦っていたことになったかもしれないんですね……。
「それにしてもさっきからぽっと出と言っていますが……どういうことですか?」
「あぁ、我々の【赤き混沌の使徒団】は公式の歴史には存在していなかった組織だからだ」
「えっ……それはどういう意味ですか?」
公式の歴史に存在していない? これだけ存在感があるというのに、しかもNPCのルシールさんだって知っていましたよ?
「――かつて星の神々の解放を謳い、星の教会から離反し、混沌竜とともに世界に混乱をもたらした解放教団という組織がありました。その中で真っ白なローブを血に染めた赤いフード姿の過激派がおりまして……赤き混沌の使徒団のルーツはその過激派でありましょう。まぁ、ワタシが作り出したオリジナル組織なのですがね」
そう言って現れたのは背に黒い翼を持った赤いフードを被った男でした。その顔はフードと、そして目を象ったシンボルが描かれた黒い目隠しをしていますからわかりません。
「みなさま初めまして。ワタシは【赤き混沌の使徒団】の創設者でございます。ゲーム中ではただのモブとして動いているので、キャラ名がないようなもので名乗れる名前がないですね……。目隠しをしているのだってわかりやすいようにですし……。その前にこのキャラ死にましたし、名乗っても……」
「えっ死んだんですか?」
「はい、死にました。この前勇者に倒されてしまって……そのまま帰らぬ者に……」
……いきなり現れた創設者がもう死んでるって……。この【赤き混沌の使徒団】は本当に、なんなんですか……。
「そうですね、一先ずファントムとお呼びください」
その場にいる全員に頭を下げたファントムと名乗る男。同じ赤フードのイグニスたちは、突然の創設者の登場に驚いているようでした。
「先程の話は本当なのですか? あなたが作った組織であると……」
「ええ、ええ、もちろんですとも。ワタシはベータの時の知識を元に、第一期のスタート時からそういう設定でロールプレイングをしておりました。そしたら、ワタシに便乗してこの組織を名乗る人物が増えて……その影響でしょうか? いつの間にやらそれが公式設定に組み込まれていたようで……今やNPCも知っているような組織になりました」
……詳しく話を聞いてみると、どうやら解放教団という組織までは公式の設定にあるようでした。その先の過激派うんぬんの話は、彼が付け足した設定だというのです。
「理解できない、という顔をしていらっしゃいますね。ですがこれは、そういうゲームなのでございます。――君たちが紡ぐ言葉が、歴史となるのがこの世界の魅力。さぁ、演者たちよ。嘘の真実を語りなさい! その言葉が、この神が用意せし空白のページを彩る物語となるのだから! フフフ、フハハハハハ!」
手を大きく広げ、周りに人々にも聞こえるくらいの大声でファントムさんはそう言いました。
嘘の真実ですか……。虚構を演じる我々ロールプレイヤーは時にその行為は無意味ではないかと思われる時もありましょう。茶番をしていると言われても仕方ないことです。他のゲームならなおさら。
それが意味あるものだと、彼は言っているようでした。
いや……それにしても……。
「……あなた方悪役は、本当は全員変人だと理解できましたよ」
「ボクをあんな奴らと一緒にしないでくれる? ボクは真面目にやってるんだからさ!」
そういうイグニスの後ろはというと……。
「悪役やるならうちの組織来るっすよ~。ほら、アニキも呼び込みしてくださいっす!」
「えっと……げいむの中で、日々のストレスを発散するなら【赤き混沌の使徒団】がオススメ。ろーるぷれいもはかどり……なぁ、訳わからん文字が多いんだか……」
「ちょっと! 魔族も人手不足なのよ! こんなぽっと出の組織なんかの仲間になるより、歴史ある我が魔族で悪役をやったほうがいいわよ!」
「何? 私と写真が取りたいだと? フッこの容姿に見惚れるとは貴様、センスがあるな。50スターコインだ」
「さぁ、嘘を演じなさい! 君たちはこの作られし世界を真実とする役者なのだから!」
……リリちゃんも含めて、悪役勢は全員コント集団の間違いではありませんか?
「まぁ、頑張ってください、イグニスさん」
「やめろ……やめろよ。そんな目で見るな……」
ニルの如く残念な、そして哀れんだ目で彼を見れば、肩を震わせてそんな言葉を呟き始める。
「悪役っていうのは、侮蔑され、憎悪され、嫌悪され、最後にはざまぁみろって言われて醜く酷く、散っていくものなんだ。そんな……そんな目で……そんな哀れんだ目で……ボクを……僕のイグニスを見るなあああ!!」
完全に崩壊してしまったイグニスさん。まぁあれだけ真面目に悪役やっていたというのに、周りがこれではそうなりますよね。しかも彼は見たところプライドの高い人物。完璧を求める彼のことですから、その周りにもそれと同等のことを求めていたようですから。
ゲーム中のイグニスは他のキャラを振り回しているような印象を受けたのに……イグニスさんは逆に周りの行動に振り回されている感じですね……。
「はい、ストップ。あまりうちの弟をいじめてくれるな、クロエさんとやら」
そういって崩壊したイグニスさんの口を塞いで抑え込んだのは、さっきまで写真を撮っていたオズさんでした。……二人は兄弟だったんですね。
それにしても、バレてしまいましたか。いや、確かにゲーム中のキャラの事情を持ち出すなとはいいますが……やっぱり許せないものは許せないでしょう? なのでちょっと仕返ししただけですよ。
「はぁ……お前もどうして僕のキャラを貶めるようなことをしてくれる? 元々はお前が作ったキャラじゃないか!」
「貶めてなどいない。ただ、完璧すぎるのはダメだと思ったまでのこと。完璧を求めてどうする? その先にあるのはNPCのような人間味のない正確さだぞ? 貴様は機械にでも成り下がるつもりか?」
確かにそうかもしれません。この世界で完璧にロールプレイができる存在というのは、NPCくらいなものでしょう。だって彼らは、完璧に物事をこなす機械なのですから。
「完璧すぎる弟というのも困りものだな。……まぁ自慢の弟には変わらないんだがな。背さえ私よりも高くなければ……」
「だからこの微妙な身長なのか! だからお前のキャラより身長が低いんだな!」
「ハハハッ、いまさら気付いたのか。我が弟よ」
そう言って背の高いオズさんが、イグニスさんの頭を押さえつけるように手を置いていました。……現実だとこの身長差が逆転するようですね。
「……悪役っていうのも大変なんですね」
「あぁ、その通りだ。悪役ってのは大変なんだよ……」
「どうしてそんなに同意をしているのですか、カイルさん?」
「……あぁーなんでもない」
さっきまですごく同意するように頷いていたカイルさんでしたが、そう聞くと目を逸らしました。
「思ったんですが、カイルさんってどうして悪役キャラをやらなかったんです? あなたならはまり役なのに……」
「そんなもん、正義のキャラがやりたかっただけだ。ほら、こんな話なんかどうでも――」
「それはリリも気になったなぁ……」
気付けばリリちゃんがこちらにやって来ました。そして同じようにカイルさんを不思議そうに見上げています。
「あっそうだ。おい、リリ。お前に聞きたかったことがあるんだが……」
「なになに?」
「ヴァーチャルアイドルのMMなんだろ。ゲーム内の様子を配信してるって聞いたんだが……」
「うん、してるね。録画してあるやつを編集してだけど」
「……ベリー村の時の映像」
「編集してネットに上がってるよ」
「やっぱりか!」
カイルさんが頭を抱えだす。……そういえばこの前のベリー村の時の映像は、カイルさんのロール不調もあってヒストリーには上げませんでしたね。でも、リリちゃんが録画していた方は上がっていたようです。
「ごめんね、そういうキャラだと思ったんだもん。確かにヒストリーには上がってないなぁって思ったけど……でもでも、今回のあなたの様子もヒストリーに上がると思うよ?」
「あぁ、そうなんだよ。そこなんだよなぁ……」
今回もカイルさんはロールを間違えた場面がありました。あの規模のエピッククエストだったので、カイルさん一人が拒否しても、今回のことはヒストリーに上がりそうです。
「ねぇ、そのことなんだけどさぁ。ちょっと提案あるんだけど聞かない、お兄さん?」
「……なんだ?」
「あのねぇ――」
カイルさんがリリちゃんの身長に合わせて腰を落とすと、その耳元でリリちゃんがささやき始めました。わざわざそんなことしなくても、個人チャットで周りには聞こえないと思うのですが……。
まぁ内緒話といえば、という感じで条件反射としてしてしまったのでしょう。二人共ロールプレイヤーですし。
「――なんだけど、どう?」
「嫌だ」
「えーすっごくいい設定じゃん! それにおいしい設定だよ?」
「嫌だね。俺は悪役なんてしたくねぇ! そんなの仕事で十分だ!」
どうやらリリちゃんの提案は一蹴してしまった様子のカイルさん。それにしても気になることを聞いてしまった。
「ねぇ、カイルさん。仕事ってどういう意味ですか?」
「あっ……なんでもねぇよ」
「……そうですよね。失礼しました。ただ、これまでの行動を考えると、カイルさんって結構危ない仕事をしている人だと思うので、聞かれたくないことで――」
「待て! 何を勘違いしているんだ! 俺の仕事は危険な仕事じゃない!」
カイルさんはすごく悩んだ様子でしたが、仕方ないと呟いて言いました。
「……はぁ。俺は顔出しの俳優やってんだ。それも悪役を専門でする悪役俳優だ」
……まさか本職の方だったとは。でも腑に落ちました。演技が上手かったのも俳優だったからですか。
「ロールの間違いも長年の悪役をやってたクセが出てしまっただけだ」
先程ツバキさんがロールのクセを出してしまいましたが……カイルさんもそうだったのでしょう。彼の場合は年月の差が違いすぎて、ほぼ体に染み付いてしまっている感じでしょうけど。
「なるほど……てっきりヤの付く危ない関係の人かと……」
「まぁ、あながち間違いじゃない。俺はそういう役をやっているわけだからな」
顔出しといっていたので、カイルさんの素顔はそういう役が似合う人なのでしょう。今の時代、アバターを着込んで俳優をする人もいますが、カイルさんは違うみたいですね。
「ずっとそういう役ばかりで……だから主人公とか、悪役じゃない役ってのを演じるのに憧れがあってな……。“カイル”をやっているのだって……事務所的にイメージもあって、現実の俺じゃ絶対にできない役だったんだ」
「“カイル”というのはあなたの憧れだったんですね」
「あぁ、そうだよ」
少し照れくさそうに話すカイルさん。……私やツバキさんと同じく、自分の憧れていたものを演じるためにこのゲームを始めたようですね。
「まじかよ、カイルのおっさんって俳優だったんだ!」
「どのような作品に出演しているんですか! 私、すごく気になります!」
「あぁもう、だから言いたくなかったんだよ!」
カイルさんはライトくんとツバキさんに迫られていました。中の人の話題を避けていたのも、自分が聞かれたくなかったからなんですね。
「あらら、フラレちゃった。まぁ仕方ないよね……ところでそこの勇者くん?」
「な、なんだよ?」
リリちゃんに話しかけられて、一瞬びっくりするライトくん。
「ちょっと聞きたかったんだけど……あなたって本当に勇者に選ばれたの?」
「はぁ? そうに決まってんだろ? まぁ剣は盗まれちまったけど……」
「そうじゃなくて、教会に勇者として認定されたか聞いているんだけど?」
「えっ……いや、教会の連中とは一度も関わったことがないぞ?」
「あぁ、やっぱり」
リリちゃんが少し困ったような表情をしています。何か問題があったというのでしょうか。
「あのね、勇者って名称は教会に認められた星持ちに対して言われるのよ? 星を持っていたからって名乗っていいわけじゃないの」
「えっ……まじで?」
「いや、そうでもないな」
そう言って出てきたのはオズさんでした。
「勇者という名称は本来はあの星の勇者たちを指す。その言い方を広めたのは教会だ。今は確かに言われている通り、教会に認められた者を勇者と呼ぶのが相応しいが……星持ちを勇者だと言っている連中もいるからその限りではないようだ」
その言葉には説得力がありました。オズさんは服装から見て分かる通り、元は星の教会の神官です。なのでそういった設定を知る機会があったのでしょう。
「ふーん、そういう設定なのね。人間界の情報はあまり触れてないからよく知らなかったわ。ごめんね、そこの勇者くん。曖昧な知識を教えちゃって」
「何か教会関係で聞きたければ聞くがよい。教えられる範囲でなら教えてやるぞ?」
「お、おう……」
戸惑ったようにライトくんが返事をする。まぁつい昨日まで敵同士で睨み合っていたような人たちからこんな扱いを受ければそうなりますよね……。
「それにしても、よく皆さんそこまで設定を知っていますね……」
「まぁね。リリはこの一ヶ月くらいは情報収集してたから。本格的に活動したのは、あのベリー村の一件からよ?」
リリちゃんもイグニスさんと同じく潜伏してたんですか……。第一期組のロールに対する熱意がすごいです。ロールプレイに熱心な人ばかり残っていると聞いていましたが、ここまでとは。
「私は元々ベータ組だからというのもあるな」
「そうだったんですか?」
「あぁ。……そうだ、そこの五人の英雄はベータ時代に起こった出来事をモデルにしていると知っていたか? そこのエルフの魔女は、私がベータ時代に使っていたキャラがモデルだ」
「えっそれは本当ですか!?」
まさか……目の前にいるこのオズさんがあの英雄の魔女アストレイアだったなんて……。
「あくまでモデルだ。名前もキャラモデルも私が使っていたキャラと全く違う。ただ、五人の勇者と魔王が戦ったという出来事は本当にあったことだ」
「そうだったんですか……」
「ベータ時代のデータはすべてクリアされた。何も残らないと思っていたが……運営も粋なことをするものだな」
そう言って感慨深そうに銅像の魔女を見ていました。
「私、CMに出ていたあの魔女に憧れてこのゲームを始めたんです。あなたがそのキャラをやっていなかったら、このゲームを始めていなかったかもしれません」
「そうか。まさか私のキャラがゲームをプレイするきっかけを作るとは……プレイヤー冥利に尽きるというものだ」
嬉しそうにオズさんは笑いました。……この人とこんな繋がりができるとは思っても見ませんでしたね。
「だから――気を付けるんだよ、勇者くん?」
「そうそう、キミも勇者の力を取り上げられたりしたくないだろ?」
「わ、わわわわわかってる……分かりましたから!」
「おいおい、そこまで脅すなって」
何やら物騒な言葉とそれに慌てるライトくんの声。そして慌てる彼を落ち着かせるようなカイルさんの声が聞こえてきました。そちらを見るとリリちゃんとイグニスの姿もありますね。
「どうしたというのですか?」
「何って……勇者っていう特別な力を持つお兄ちゃんに、悪役からのエールを送ってるだけだよぉ?」
「それにこれは忠告だよ。すでに勇者や魔王……特殊な地位に就いたプレイヤーの中で、迷惑行為をしたプレイヤーはその権利や力を剥奪されたり、ひどい場合はアカウント停止処分を受けているんだ。だから彼にそうならないように教えてあげていただけさ」
……そんなことが起こっていたんですね。手に入れた地位はどうやら永久的なものではないようです。突然運営から、その力を奪われることもあるようですね。
「ボクだってこの力をいつ奪われても不思議じゃないね」
そう言ってイグニスは指輪を見せながらいいました。……確かにあなたのその力は、特別ですからね。
「キミも気を付けるんだよ? 特殊地位にいるプレイヤーは、他のプレイヤーより運営の監視が厳しいからね。下手に他プレイヤーに迷惑を掛けようもんなら……」
「ばぁんっ! とされちゃうからね?」
「……肝に銘じておきます」
悪役をやっているような二人にそう言われてしまえば、頷くしかありません。
「キミもだよ? 勇者くん」
「そうそう、お兄ちゃんがしっかりやらないと、その権利はまた別の誰かに移るんだからね」
「分かってます……はい……」
悪役二人に囲まれて、そう威圧的に言われていました。……二人よりも身長が大きいというのに、ライトくんは小さく見えました。
「……はぁ。勇者っていう特別な立場になったのに……想像と全然違う……」
「まぁ、頑張ってください、ライトくん。せっかく選ばれたんですからね」
「あぁ、そうだな。……普段の俺なんて普通すぎてつまらない男だったんだ。だけど……この世界の俺は勇者だ。特別になれたんだから!」
「……ライトくん?」
「……あっはい。分かってます。気をつけます……」
二人に何を吹き込まれたやら。ずいぶんとしおらしくなってしまったライトくんでした。
「おっとそろそろ握手会の時間! じゃあね~!」
そういってリリちゃんは人混みの中へ消えていきました。
「旦那たち! いい加減こっち手伝って欲しいっす。その平凡なイケメン顔を活かして、女の子捕まえてくるんですよ!」
「平凡なイケメン顔って……」
「くくくっ、ふははは! 確かに平凡なイケメン顔だな。ありがとう!」
「オズ、これは褒め言葉じゃないと思うんだけど……」
そんな風にしてイグニスたちはポコちゃんに連れられて行きました。
平凡なイケメン顔……。あぁ、確かにそう例えられますね。キャラクタークリエイトが自由なゲームの世界です。当然、みなさん顔がいいキャラを作る人たちが多いでしょう。周りを見渡しても、美男美女しかいません。……まぁ魔族とか魔物とかは除きますが。
それにしても……。
「誰も私にサインをねだりに来ないのですが。これはおかしいと思いませんか?」
「いや、まったくおかしくないからな?」
カイルさんからそんな冷たい言葉を受けました。でも、やっぱりおかしいですよ。
「だって今回も結構活躍していませんでしたか? それに前回のことだって……森でもポーションを売り歩いていたのです。少しくらいは知名度があっても……あっても……」
「ねぇよ。世の中そんな甘くねぇからな」
くっ……現役俳優からの言葉だからでしょうか。その言葉には説得力がありすぎますよ。
「……どうせ私は平凡な美少女ですよ。便利なポーション売りの人ですよー……」
「お前、どんだけサイン書きたかったんだよ……。はぁ、仕方ねぇな……」
そう言ってカイルさんが手を差し出してきました。
「サイン、書いてくれるんだろ?」
「なんですか、カイルさん。本当はクロエのファンだったんですか?」
「……んなわけねぇだろ」
同情で言われたのくらいは分かります。ですが、貰ってくれるそうです。……こうなったら書きましょう。ええ、すごく綺麗な字で書きますとも!
電子色紙を出して、そこにサインを書きました。
「はい、これでいいですね?」
「おうおう、ありがとさん」
受け取ったカイルさんは色紙をしばらくジッと見ていました。どうしました? 私の字が綺麗すぎて感動しましたか?
「なぁ、クロエ……」
「なんですか?」
「これって、日本語のカタカナってやつか?」
…………やってしまった。確かにカタカナで『クロエ』って思いっきり書いてしまいましたよ!?
あぁ、クロエなら英字のほうが似合ってるのに……なんで日本語で書いてしまったのでしょうか。
「あの、カイルさん。それを返してください。書き直します……」
「……やだね。ミスしたやつとか逆にレア度が高いからな」
「なっ……! “カイル”さんだったら返してくれましたよ!」
「そうだな。だが、今の俺は“カイル”じゃないからな」
そういって笑うのは、礼儀正しいカイルさんでも、悪役的なカイルさんでもなく、ただの意地悪なおっさんでした。
「ほら、俺のサインをやるから」
「ちょっと! こんなのいりませんよ!」
「ひでぇな。俺のサインだぞ、ありがたく受け取っとけ!」
ポンっと渡された色紙を反射的に受け取ってしまいました。その隙にカイルさんはどこかへ姿を消してしまいます。
「まったく……」
受け取ってしまったカイルさんの色紙を見ると……まぁしっかりとした綺麗なサインが書かれていました。俳優やってるだけありますね、サインを書き慣れてらっしゃる。
……あれ、もしかして。俳優のサインですよね? ならオークションで売れる?
ダメですね、そんな行為はダメです。大体、ご丁寧に私の名前まで書いてあるし、名義は『カイル』です。そもそも、どこの誰の俳優かもしりません。
まぁ、私のサインを受け取ってくれたのですから、このサインは貰っておきましょう。VR機器のストレージに大事に保存しておきました。
「ふふ、なんだか楽しそうなことをしていらっしゃいましたね」
「あぁ、すみません。今まで放ってしまっていて……」
「いいえ、構いませんわ。あなたたちのやり取りを見ているのは楽しかったのですから」
そう言って私の友人がこちらに来ました。
「みなさん、本当に楽しそうにゲームをしていらっしゃいますね」
「……そうですね」
見渡す限りの広場には、本当に色々な人達がいます。……その中には私のように理想とする存在に憧れを抱いて、ゲームを始めたプレイヤーもいるでしょう。
「プレイヤーの人たちも楽しそうですが……彼らも楽しそうにしていますね」
彼女の視線をたどると、そこにいたのはプレイヤーと楽しく話をするNPCの姿。
「回収されてからというもの、彼らの行方を知ることはできませんでした。……人知れず破棄されてしまったのではないかと私はとても心配していましたが、こんなにも元気な姿を見れて……本当に良かった」
古い友人の無事を確かめることができたというように、少し涙ぐんでいる彼女でした。
旧式のサポートロボットは、とある欠点があったことでノア社に回収されました。あまりにも完璧に人間として作られた彼らは……人間のダメな部分まで、完璧に再現してしまったんですよね……。
仕事でミスをする。サボる……といった具合です。ニルを見ていれば分かるでしょう。アレはきちんと仕事はしますが、基本的には仕事をしたくない感じですからね。機械がそんなことするかと言われたら、しないでしょう。
それが使われたあの旧式は……人としては完璧だったかもしれませんが、機械としては欠陥品のサポートロボットでした。
「……たとえ、破棄されていたとしても彼らは何も思わなかったと思いますよ。だって彼らは……ただのAI。心のない機械なのですから」
「そうかもしれませんわね。そんな彼らの気持ちを代弁して、良かったと思ってしまうのは……私が人だからでしょう」
そう彼女は言いました。
「……でも、ここは彼らにとって最高の仕事場だと思いますわ」
「確かにそうですね……ここ以外にはないでしょう」
人らしいAIなのですから、そこに息づく住人たちというのも簡単にこなしてしまえます。最大の欠点でしたが、今ではその欠点が活かされています。
「……抽選が当たるといいですね」
「はい、そうですね!」
振り向いた彼女は、当たることを願うように笑いました。




