91・ハッピーエンドを求めて
【星の石碑】の元へ“死に戻り”し、カイルさんからクリンくんがいるという場所に向かいました。
「あやつの話では赤い霧と同じ原料を飲ませたそうだな?」
「ええ、そうらしいです」
再召喚したルシールさんを肩に乗せニルの先導の元、空を飛んで行きます。
「あれが……クリンくん?」
場所に到着するとカイルさん達はもちろん、他プレイヤーらしき人たちも集まっていました。
その中心では暴れまわる人の姿。半身を爛れた赤い獣の体に侵食された、赤い瞳を持つその少年にはとても覚えがありました。
「クリン!」
人垣を割って現れたのは、ミランダさんとアールでした。彼女たちも私と同じく連絡を受け、今到着したのでしょう。変わり果てたクリンくんの姿にひどく驚いていました。
クリンくんはカイルさんにその大きな獣の腕を振り回していました。今はカイルさんが引きつけているようで、他の人を攻撃する心配はありませんが……いつまでもそうするわけにはいかないでしょう。
「やっと来たか! あのポーションを使ってくれ!」
ライトくんにそう言われ、私とミランダさん、それからアールもポーションを取り出すとそれぞれクリンくんに向けて投げました。三人のポーションはクリンくんに当たり、回復のエフェクトが出ましたが……、
「がぁぁ……ガアアアァアアアアァァ!!」
「おい、なんでだ! なんで浄化されない!」
ライトくんの焦った声が聞こえてくる。……クリンくんに変わった様子はありません。ライトくんが浄化されたことを確認できていない。
「グァ……グアアアアアア!!」
「まずいっ……!」
ポーションを投げたことで、カイルさんから私達に標的を変えたクリンくん。……スピードが速い。その速さは赤い獣になっていたルシールさんを思い出します。
直前で【アースシールド】を展開しましたが、獣の腕ですぐに壊される。私は今デスペナがあり魔法の威力が低下しているとはいえ……破壊力も人のものじゃないようですね。
「なんだ、また赤い獣か?」
私たちに向けられたクリンくんの攻撃は剣によって防がれました。……現れたのはラッシュさんでした。
「回復をあの盾の優男に掛けてやれ。俺はこいつを引きつけるから、その間に拘束スキルで動きを止めろ!」
「了解!」
ラッシュさんが他のクランメンバーに指示を飛ばしていく。カイルさんに回復魔法が使われ、クリンくんにダメージがでない雷魔法の【スパーク】による【麻痺】の異常状態を与えられ、動きが止まりました。
その手際の良さに正直びっくりしました。前回私に吹き飛ばされたクランと同じクランを率いる人ですか?
「動きは完全に止めた。俺らにできるのはここまでだ。助けるのはお前らの役目だろうからな」
「ラッシュさん……どうして」
「……俺はそこの姉さんに借りを返しに来ただけだ」
ミランダさんを見ながらラッシュさんが言う。確かにミランダさんが彼を立ち直らせてくれたからこそ、こうしてクランメンバーとともに活動ができていますからね。
「協力に感謝します。……さて、動きは彼らが止めてくれたが……」
「赤い霧の時と違い、クリンくんは直接原料を飲まされたようです。だから聖水程度の力では、上手く祓えないようですね」
カイルさんとともに麻痺で上手く体を動かせないでいるクリンくんを見ます。あの状態では、ただの聖水程度では元に戻すのは無理でしょう。となると……、
「そうなると勇者の力が必要だが――」
「おい、そこのライトとか言う奴が勇者なんだろ! 動画で見たから知ってるぞ!」
その時、周りで見ていた一部の人たちからそんな声が上がりました。
「勇者なんだろ、なんとかしろ!」
「選ばれし者の特別な力ってやつを見せてみろよ!」
「はやくあの子を救ってあげてー!」
周囲からの声がどんどん大きくなる。
確かに、ライトくんは勇者に選ばれています。ですが……、
「……ない。勇者の星剣はないんだ。だから俺は……勇者の力を使えない……」
ツバキさんに大剣レックスを奪われてしまった今、ライトくんは勇者の力は使えません。あの剣がなければ、ライトくんは普通のプレイヤーと変わらないのです。
「なんだよ、使えねぇな!」
「何が勇者だ、レアスキル当てといて肝心な時にそれかよ!」
「盗まれたとか雑魚だなぁ。俺にその権利があれば、こんなことにはならなかっただろうに」
「剣があればあの子を救えたのに……あの子が死んだらあなたの責任ね」
周囲の勝手な期待と落胆が容赦なくライトくんに浴びせられました。
「うるせぇ! 俺だって……俺だって星剣があれば……剣がありさえすれば……!」
心ない言葉に言い返すことはできず、ライトくんは顔を俯けて悔しそうに星剣ではない剣を握り締めていました。
……まさかこんなことになるとは。勇者に選ばれるって良い事ばかりではなく、結構辛いですね。確かに今は剣がないですが、あったとしてもこうしてやっかみを言われたでしょう。
なれる人間の少ない貴重な勇者という枠。その特別な役になれた人というのはそれだけ人を引きつけ、羨み、そして恨まれます。今回の周囲の反応は、この明確な格差に対する不満の一端が見えた気がしました。
「外野は黙ってろ! てめぇらは見てるだけの観客だろうが!」
ぴしゃりと、騒ぎ立てる声を止めたのはラッシュさんでした。おかげで外野の声は小さくなりましたが、まだ解決をしたわけではありません。
「クロエちゃん……本当に、本当にクリンを助ける手はないのかな……?」
「ミランダさん……」
ギュッとスカートを両手で握りしめたミランダさんは、中央で苦しそうに叫ぶクリンくんを見つめていた。
……ロールプレイだと思いました。
ですが、そこには演技ではなく本気の感情――クリンくんを助けたいという強い思いが見えた気がします。
「おい、ロールプレイヤーなんだからなんとかできねぇのか?」
「よく言いますねぇ……何かあればとっくにやっていますよ」
ロールプレイヤーだからって特別じゃないんですよ。他のプレイヤーと同じです。
『……ルシールさん、何か手はありますか』
『正直、剣があればとしかな。……純粋な混沌石ではないから、長期に渡る影響力も低いとみえる。一度捕獲して、ライトの剣を取り戻すか星の教会に連絡をするという手もあるが……』
『それもまた手ですが……できればすぐに解決してあげたい。……あんなに苦しそうなクリンくんもミランダさんも見たくないですよ』
二人はクロエにとって少し特別です。あのダイロードの街で言葉もろくに喋ることができなかった時から世話になった雑貨屋の二人。そんな二人が揃って苦しんでいる。それを見過ごせるわけがないのです。
それに――
『――だってゲームは楽しむものじゃん?』
そう言っていたミランダさんの目に涙がありました。……クリンくんを助け出せない? そんな結末、誰だって望んでいません。ミランダさんも、クロエも、私だって。
『湖の水なら大量にあります。量でなんとかなりませんか?』
『無理だ。確かに純粋な混沌石ではない混沌の力だが……それだけでは元に戻せん。そこに勇者の力でも加われば別だろうが今のやつに勇者の力を振るうための……いや待て』
ふと考え込む仕草をした黒猫は徐々に下がっていたしっぽを持ち上げていきました。
『湖の水の成分には星石の力が宿っておる……勇者の力とは星の力を自在に操る者のこと……神の涙の付いた大剣レックスが扱えるのもその理由……あれは強力な力ゆえ使用者を選ぶが水の中のわずかな星の力なら勇者であれば扱えるか……ならば水の中に眠る力を集め、それを扱いやすい形状に整形すれば……しかし、そうなれば……』
『ルシールさん、何か手を思いつきましたね?』
ぶつぶつと呟いていたルシールさん。その瞳をみれば分かります。彼女は助ける方法を見つけた。
『……できるが私は正直勧めとうない』
『どうして?』
『お前さんが守護者であるとバレる方法だ。万が一そうでなくても、疑われることは間違いないだろうの。この大勢の場でそれができるか?』
周囲を見渡せばずいぶんとギャラリーが増えてしまっていました。あのウィラメデスを倒した直後なので、プレイヤーが集まるのも納得です。
もし守護者とバレてしまえば……その情報は一気に拡散されてしまうでしょう。隠しようがないほどに。それでも……、
『そんなの答えは決まっています。――やるに決まっているでしょう? 守護者だとバレてもいい。……大体、イグニスにもうバレているではありませんか。今更隠してなんになるというのですか?』
『――お前さんならそう言うと思った。確かにそうだね。なれば私も覚悟を決めて――表へ出るとするかの』
私の答えはすでに予測済み。それでも答えを聞いていたのは……確認のようなものだったのでしょう。
『クロエ、お前さんに渡した召喚魔法ファミリアの魔術書を持っておるな? あれを出せ』
よくわからないまま、私はアイテムボックスに大切にしまいこんでいた魔術書を取り出します。これは以前ルシールさんに肉球サインを貰ったあの魔術書ですね。
『……開けてみてくれ……確か最後のほうのページに……よしあった!』
『これは?』
パラパラと本を開いていると、一枚の紙が挟まっていました。
『それは上級スクロールで作ったファミリアの召喚魔法だ』
【スクロール】というアイテムは一回きりの消耗品魔法アイテムです。スクロールに封じられた魔法を一回だけ使用可能とするアイテムですね。スキルを覚えている必要はなく、またMP消費もない優れたアイテムです。ただし、めちゃくちゃ高い代物。おいそれと気軽に使えるものではありません。
『正直、試しに作ったものゆえ、使い道はないと今まで存在を忘れておったが……そのスクロールを使えばお前さんの持つ召喚魔法よりも高度な魔法を扱える。それを使って――私を召喚しなさい』
『ルシールさんを……ですか?』
『あぁ、それで呼び出せば私はきっと人のままで召喚ができるはずだよ。そうすれば……この状況を打開できる方法を取れる』
『本当ですか!』
ルシールさんを人のままとして召喚できるなんて……。それだけこのスクロールに込められた魔法というのは強力なのでしょう。
「ミランダさん、なんとかなりそうですよ」
「……クロエちゃん?」
涙を浮かべるミランダさんに微笑んで、私はルシールさんに言われた通りに準備にかかる。
ニルとルシールさんの召喚を解除。……上級スクロールで召喚し直さないといけないので、その際に私の召喚魔法で召喚されている二人をそのままにすると干渉してしまうからだと言っていました。
「ライトくん、顔を上げなさい。――あなたの力が必要ですからね」
「……でも俺には……」
「剣が必要なのでしょう? その代わりとなる物があれば問題ないでしょう」
「……えっ」
ボックスから大量の湖の水を取り出す。桶にいっぱい入った水が、計30個並びました。
そして、ルシールさんの作ったスクロールを手に持つ。
「さぁ、出番ですよ。ルシールさん!」
スクロールを使用すると、その紙は一人でに宙に浮きました。そして紙が燃えだすと共に、魔法陣が現れる。宙に浮いた魔法陣が下に移動し、そこから光が現れる。その光は人型をなしていました。
「かっかっか。魔術師ルシール、召喚に応じ参上した! 久しいの、皆の者よ!」
光が収まると、白髪を一纏めにした老婆の魔術師がにっこりと微笑んで立っていました。
「ル、ルシールさん!?」
「おい、なんでルシールがここに!?」
「ルシールおばあちゃん!?」
カイルさんたちから驚きの声が上がる。確かに今まで姿を見せなかった人が突然こんな形で現れたのですから、驚きますよね。
「おい、あれはルシールだろ? あの掃除クエストのさ」
「あぁ、あの動画にも出てたよな……なんでこんなとこに?」
「今のファミリアの召喚魔法だろ? あいつの使い魔ってことか!?」
そして周囲からの反応を上がりました。ルシールさんはダイロードの街で、クエストを発注していたNPCでした。なのでそのクエストを受けたプレイヤーたちがいたのでしょう。
それにあの動画……彼女が赤い獣になった件はエピッククエストとなり、公式のヒストリーにも載っています。それを見ているプレイヤーたちもいたのでしょう。ライトくんが勇者だと知っていた人もいましたしね。
「悪いが事情を話している暇はない。……クロエ! これはスクロールによる召喚だからね。正規の召喚ではないから私の召喚維持にはお前さんの魔力を用いる。魔力の維持には十分気をつけるんだよ!」
「分かってます!」
現に今も減り続けている魔力。デスペナのせいで魔力の最大値が減ってしまっているのが痛い。なんとかMP切れにはならないように気をつけないといけません。もしMPが切れてしまったら、ルシールさんの召喚状態は解除されてしまうのですから。
「始めようかの」
ルシールさんが手にどこからともなく……魔法を使ったかのように物を取り出しました。それは本と星を象った飾り蓋のルーペペンダント。
「――“星の図書館、管理司書官ヴィヴィリアよ。【精霊ジャックフロストの魔術書】、【鍛冶師ヴァルカンの見聞書】、【星の勇者、英雄レックスの伝説】……これら三冊の貸出を要請する」
『特殊会員証を認証しました。管理司書官の権限に従い【精霊ジャックフロストの魔術書】、【鍛冶師ヴァルカンの見聞書】、【星の勇者、英雄レックスの伝説】の貸出を許可します」
ルシールさんの声に答えるように、子供のような声が聞こえたかと思うと、光と共に宙に三冊の本が現れました。
『ルシール様、久方ぶりのご利用ありがとうございました。貸出期限になりましたら、延滞本と共にご返却をどうぞよろしくお願いします』
「……あぁ、そのうちな」
ぼそりと誰とも分からない人に向けてそうルシールさんは言います。……それにしても星の図書館ですか。確か魔法都市ユニレイにある世界のあらゆる書物から、危険な魔術書を管理する組織の名前だったと思います。
「さぁ、本たちよ詠いなさい。記されし知識を奏でなさい――《コンセール・ド・リーヴル》」
そう詠唱を紡いだルシールさん。それと同時に三冊の本が宙に浮いたまま開く。
「精霊ジャックフロスト。かの精霊は雪と氷を操る精霊。この魔術書にはその魔法の術が記されておる」
湖の水が宙に浮く。それらは徐々に凍りついていきました。
「鍛冶師ヴァルカン。かつて世界を救いし五人の英雄の武器を作った鍛冶師の名だ。この見聞書には彼が用いた製法が記されておる」
氷は徐々に形を変えていく。その形はまるで剣のように。
「英雄レックス。知らないものはない、星の勇者とも呼ばれる星持ちの者だ。ライトはかつての英雄が使っていた剣に選ばれた。ならばそのように調整をかけねばな。この本にはレックスについての伝説が記されておる」
作り出されていく剣はよく見れば、あの【大剣レックス】に似ている気がします。
「すごい……ルシールさんってこんな魔法が使えたのですね」
「これは魔術書や本に記された知識を最大元に活用する私が編み出した魔法だ。本に記されているならば、その力をそのまま再現し、借り受けることができるの」
「……しがない魔術師なんて嘘じゃないですか」
「いいや、私はしがない魔術師だよ。……他の魔術師に比べればね。それより魔力の残量は大丈夫かい?」
そう言われ、目の前の光景に感心している暇はないと気づきました。ルシールさんが魔法を扱ったことで魔力の消費が増えている。魔力切れを起こしそうになっていたので、魔力ポーションを使います。
ですが……、
「足りない……」
それでも回復量が追いつかない。すぐに減っていく魔力。
「……思った以上に製作に時間がかかる。もう少し耐えてくれんか」
ルシールさんの召喚を解除させるわけにはいきません。解除してしまえば、もう手がないのです。スクロールの二枚目もありません。
なんとか次の回復を魔力草とブルーローズを一緒に食べることで、魔力ポーション並の回復をしましたが……それでもまだ足りない。魔力ポーションのクールタイムはまだ終わっていない。
「アール、魔力ポーションを!」
近くにいたアールにそう言うと、彼は一つ頷いてポーションを使ってくれました。魔力の回復を表す青いエフェクトが私を包みます。魔力が回復しましたが……、
「まだ……足りない! どんどん減っていく……!」
減り方のスピードにポーションの回復では間に合わない。このままでは――
「クロエちゃん、私のポーションも使って!」
「僕のポーションも使ってください」
「俺のもな!」
ミランダさん、カイルさん、ライトくんがそれぞれポーションを使用してくれました。三人分の回復エフェクトが重なります。
「――なら俺のも使え!」
「私のもあるよー」
「なんか知らんが、これ使えー!」
「魔力の自然回復が高まる魔法をかけてあげるよ!」
「最大値アップもいるだろうな」
ラッシュさんを筆頭に、クランのメンバーはもちろんのこと、周りで見ていた人たちも私を手助けするようにポーションはもちろんのこと、バフをかけてくれました。おかげで魔力を気遣う必要がなくなりました。
「よし……完成したぞ!」
しばらくしてそれは完成しました。大剣レックスに似せて作られた氷の大剣。朝日を反射するその刀身は闇を払う光のようです。
「ライト、あとは任せたからの」
「……あぁ、ルシールのばあちゃんありがとうな!」
「くれぐれも失敗するじゃないよ。二振り目は作れんからの」
宙に浮く氷の大剣をライトくんが受け取った瞬間、ルシールさんの姿が消えました。魔力切れによる消失です。
「あんたのその苦しみ、すぐに終わらせてやる……!」
ライトくんが剣を構え、【麻痺】の状態異常で動きが鈍いクリンくんを見据えました。そして一気に駆駆け寄ると、クリンくんを斬り伏せます。
「うぐぐぐ……うがあああ!!」
斬った瞬間に氷の大剣が砕けていき、そして斬られた場所である体を覆う赤い部分が浄化されるように煙を上げて消えていく。徐々に人間らしさを取り戻していき、気付けば元のクリンくんに戻っていました。
「クリン!!」
地面に倒れたクリンくんに向かってミランダさんが走っていく。私達も安否を確かめるために付いていきました。
「………………てん、ちょう?」
「クリン――うぐっよかった~!!」
「うわっちょっと店長抱きつかないでくださいよ! というかこの状況は一体なんですか!?」
この様子を見る限り、クリンくんは大丈夫そうですね。その様子に一同ほっとしました。
「よかったなー!」
「やっぱりハッピーエンドが一番ね!」
周りにいた人たちからもそんな喜びの声が届きました。一緒になって喜んでくれている人たちもいるので、見ていた人たちが全員悪い人たちというわけでもないですよね。ポーションを投げてくれた人たちもいましたから。
「ありがとう。これもみんなのおかげだよ~!」
ミランダさんが私達を含め、その場にいる全員にお礼を言っていました。
一時はどうなることかと思いましたが、無事にクリンくんを救えてよかったです。
こうしてクリンくんを救えたのも、色んな人達の手助けがあったからですね。そう思いながら、散開しつつある人垣を眺めました。




