88・集う者たち
「現在この街には20人規模のクランが、我がクランを含めて2つ。他の小規模なクランを合わせて……こちらで確認できるプレイヤーの戦力は100人程度ですね」
「100人……? そんなにこの街にプレイヤーが集まっているのですか!?」
思わずロールも忘れて驚き、街を見渡す。確かにプレイヤーは多いとは思っていましたが……そんな人数が集まっていましたか。
「言っておきますけど、これはこちらで把握できた人数です。連携をとっていないクランや個人で動いているプレイヤー、野次馬なども合わせればもっといるでしょうし敵側にもいるでしょう。それらを合わせれば、推定500人ほどかと。この街の現状はSNS含めゲーム内でも拡散されているでしょうし、時間が経つにつれてさらに増えるでしょうね。事前告知なしの突発的に起きた出来事だったというのに、これだけの人数が集まるとは私も驚きましたよ」
「……道理で今日は重いわけです」
実は処理落ちが少し発生しているんですよね。500人もこの街に集まって、わちゃわちゃスキルなり魔法なりを使用し、さらには大型ボスまで暴れている状況です。処理落ちするのも当然です。
「……この程度で処理落ちとかお前のVR機器、型落ちもいいところだな」
「ラッシュ、ゲーミング用に調整された機器を誰もが使っているわけではありませんよ」
「でも、この規模なら最近の汎用モデルでも処理落ちはしないだろ?」
へぇ~、最近の汎用モデルのスペックは高いとは思っていましたが……そこまでいいのですか。
「……数年前の汎用モデルですが、なにか?」
「数年は古い……買い換えろよ」
「これでも当時は最新モデルだったんですよ! それにまだ使えます!」
「今の技術の流れの速さを見ろ! 数年も経ってりゃ十分古い!!」
くっ……確かに一年、二年であっという間に技術の進歩が進んでいく時代です。VR機器といえばヘッドギア型が主流で、ARはメガネ型が主流だったかと思えば、VRもARも複合したMRマルチデバイスとしてリストバンド型が台頭してきたこの時代です。数年も経てば現行モデルに比べると劣るでしょう。
……あぁリストバンド型はまだ出始めたばかりで、知覚連動の精度がまだまだ低いんでしたっけ? いや、今は関係ありませんでしたね。大体、そう易々とVR機器を買い換えられるものではありませんよ。
「……それで、討伐作戦の内容は決まったのですか?」
一つ咳払いをして崩れていたロールを戻します。ちょっとだけフライデーさんに微笑まれましたが、すぐに真剣な表情になりました。
「現状は連携が取れているクランでウィラメデスの足止めを行っています。進行ルートを見るにやはり狙いは街の中心階層にある【星の石碑】のようです」
イルーの街全域を上から見たように立体化させたマップが現れました。中央層……この領主の屋敷から見て二段くらい下の階層、この場所から見て街の左側に【星の石碑】があります。
地下鉱山入口から出てきたウィラメデスを表す大きな紫のマーカーがありました。予測ルートとして現れている線は、街を二分するように一直線に石碑まで伸びていました。
ウィラメデスを囲う緑のマーカーは足止め班でしょう。金色は……エル・ドラードのメンバーですね、彼らは街の至る場所に散らばっていました。
「このチームは邪魔をしてくる赤フードの連中を抑制しています。……あぁちょうど観測班から、敵の位置情報来ましたね。表示させます」
マップ上に赤マーカーが新たに増えました。
「……おい待て、なんだこの敵の数は……!」
街に点々と現れた赤のマーカーは、予想以上です。街の全域に渡っている……。
「推定で500人……いや街を覆えるほどです……この数ならそれ以上でしょうか?」
「プレイヤー人数上回ってねーか!?」
「あちらはNPC込みの戦力と見ていいでしょうね……あっはっは、いやはや実に参りましたねぇ!」
困っているというより、嬉しそうな声で笑い出したフライデーさん。この戦力を見てどこにそんな余裕が……。
「レイド戦というより、戦争に近い規模ですね。いやぁ、あの時の攻城戦を思い出しますね」
「あーあの攻城戦な……最悪のPVP戦だったやつ…………待て、フライデー。これはPVPじゃねぇか? 俺らの専門はPVE! PVPは専門外で――」
「いえいえ、何をおっしゃいますか。あの怪物を見てそんなことを言えますか? これはレイド戦ですよ」
「いや、敵側にプレイヤーいるってお前言ってたじゃねぇか!」
「あれはボスの手下。人型の雑魚エネミーだと思ってください。そう思えば……ほら、どうみても街を舞台にした大規模レイド戦!」
「……嘘つけ!」
めちゃくちゃキラキラと輝いた目をしたフライデーさんの勢いに押されたのか、ラッシュさんは若干身を引いていました。
「ラッシュさん、フライデーさんっていつもこうなんですか?」
「……あぁ、そうだ。ここまで興奮しているのは公式大会以来だが……」
紳士的で礼儀正しかったフライデーさんはどこへ消えたのですか。ロールプレイヤー並の豹変ぷりに驚きました。
「……あぁ、すみません。さて……この敵の数ではこちらが押し切られます」
「なんとかならないのですか?」
「そうですねぇ……街で動く野良組と連携が取れればなんとかなるかもしれませんが……、野良と連携を取ったことがありませんし、彼らがこちらの指示を素直に聞くかと言われたら聞かないでしょう」
「最悪、指示厨呼ばわりされておしまいだろうな」
名前も知らないようなプレイヤーがぽっと出てきて指揮官らしく振る舞ったところで、プレイヤーたちが付いてくるかと言われると……微妙なところですね。
「せめて動きさえ分かればこちらも動きやすいんですがね……。ウィラメデスのシールドも破らないといけませんし……」
「シールド?」
「あぁ、言っていませんでしたね。ほら、ウィラメデスを見てください。攻撃を受けていますが、結界のような物を出しているでしょう?」
遠くでプレイヤーたちのスキルや魔法を受けるウィラメデスでしたが、確かになにやら結界のような物が体を覆っており、攻撃をまったく受け付けていないかのようでした。
「現在ウィラメデスのシールドの装甲値は攻撃パターンの調査と共に探らせていますが……あの規模の攻撃を受けても瞬時に修復しているところを見ると、生半可な攻撃ではダメでしょうね」
「……集中攻撃して叩くしかなさそうだな」
「ええ。そのためにも一斉攻撃をしたいのですが……連携が大事な作業ですし、そもそもシールドを壊すための人数が足りない、さらには赤フード組の抑制にも手を焼いている状況です。あちらは大半がNPCでしょうし元から一つの組織です。そのためか、命令を出す指揮官との連携がしっかり取れています。……指揮系統が機能していない現状の我々では、難しいところですね」
何か打開策はないものかとフライデーさんが問いかけるように私たちを見ました。
ラッシュさんも頭を抱えて考えていますが……ダメそうですね。
……そうですね、何かないでしょうか? プレイヤーたちが命令を聞かないのなら、命令はしないで何か別の形に指示出しをしたりは……あっ一ついい手があるではないですか。
「――クエスト。クエストを出しましょう!」
「クエスト? そんなんプレイヤーが出せるわけ――」
「出せますよ。【依頼書】を使えばいいのです。そして、やってほしいことを依頼として……例えばこの街の南側にいる赤フードの敵を抑制してくださいっていう内容で出します。各所の内容別で発注し、受注した依頼数を見れば、ある程度は他の人の動きも見えてくるでしょう。シールドを破壊するメンバー募集もそうすればいい」
「ふむ、悪くない手ですね。ですが……」
私の話を一通り聞いた後、難しい表情をしながらフライデーさんが言いました。
「依頼とするからには報酬を定めなければなりません。その資金を誰が出すというのですか? プレイヤーの数を見ても相当数の金額が必要になるでしょう。無償でやってくれるかもしれませんが……その望みにかけますか?」
「あっ……確かにその問題がありましたね」
500人規模の報酬金を誰が払えるというのでしょう。一介のプレイヤーでは無理な話でした。いい手だと思ったのですが……。
「――だったら領主に頼み込むのも一つの手だよ~」
ゆったりとした声が聞こえてきました。振り返るとそこにはミランダさんとオリヴァーくんがいました。
「さっき領主の人が話しているのを聞いたんだけど……警備隊が避難誘導だけで手一杯で、街を守るためにどうすればいいか悩んでいる感じだったよ~」
「NPCを利用すんのも、一つの手だと俺は思うぞ。上手く事が運べば警備隊とも連携取れるし、彼らを通してクエストを流すことができるだろうし……そうなったらこっちとしてもやりやすいだろ?」
……なるほど。確かに領主の手を借りれば資金問題は解決できそうですね。オリヴァーくんの話ではこの鉱山街を仕切る領主は金持ちだから、そこらへんは問題ないと言っていました。
「NPCを利用するとは……盲点でした。あぁでも、このゲームならではの手ですね」
「問題は領主と交渉しなきゃならないぞ? 一応面識があるから俺が仲介に入るが……」
「今は猫の手でもNPCの手でも借りたいくらいです。それに相手もNPCと一緒に戦っているというなら、こちらもNPCと共に戦うべきでしょう。そのためにNPCに頭を下げに行く必要があるというなら……やりますよ」
どうやらこれで話は纏まりそうですね。
「では私はオリヴァーと共にさっそく領主と交渉してきます。ラッシュ、あなたは私の代わりに現場への指示出しをお願いします」
「任せろ!」
すぐに指揮権を譲り受けたラッシュさんが各方面に散らばったメンバーや、他クランのリーダーとチャットを通して連絡を取り始めました。
「それから、クロエさん。あなたにはクエストを発注する上で赤フードを抑制すべき地区とシールド破壊のための人数と地点の割り出しをクランメンバーと共にしてくれますか? 何分、人手が足りないもので……」
「クエストの件を発案したのは私ですからね。責任を持ってやりましょう」
「では、任せます。分からないことがあれば、ラッシュや他のクランメンバーに聞いてください。こういう修羅場は何度も経験していますから、頼りになりますよ」
にっこりとした笑顔を残して、フライデーさんはオリヴァーくんと共に領主の元へ行きました。
「クロエちゃん、【依頼書】はこっちで用意しておくから後で取りに来てね~」
「はい、分かりました」
クエストとして発注するにはまず【依頼書】が必要でしたね。ミランダさんが用意してくれるそうなので、任せましょう。
「ところでミランダさん、クリンくんは……」
「……カイルさんたちが探してくれているけど、まだ見つからないみたい」
「そうですか……」
「こんな状況になっちゃったから、余計に探し辛くなったと思うし……仕方ないね」
「ミランダさん……」
……なんでしょう。ミランダさんはプレイヤーでした。なのでこれはロールプレイだって分かっていますが……この心配は本物のような気がします。
「……心配なのは変わりないけど、今は私にできることをするしかない。クロエちゃんもやるべきことがあるでしょ? ……クリンは強い子だからね。だから、きっと大丈夫」
まるで自分に言い聞かせるように言って、ミランダさんは自分のやるべきことをしに行きました。
……それにしてもずいぶんと大事になってきましたね。引き受けた事をしっかりとやらなくては。
「……話は纏まったようだね。所々私には分からないことがあったが……」
今まで見えるところでアールやニルと共に待機していたルシールさんが、私が一人になったタイミングをみてやってきました。
「すみません、こちらの事情込みで話していたので……」
「なんであれ、アレを倒す算段はついたのであろう? ならばよい」
ルシールさんが街の方面を見ます。相変わらず巨大な怪物が街をのっそりと歩きながら破壊していました。
「あやつも力を持ったばかりに不幸な道をたどった奴だが……話が聞けぬ獣である以上、私たちは倒すしかあるまい」
ストーンローラー種の亜種だという魔獣ウィラメデス。その力と希少性に目をつけられ、第一期組に狙われて、その騒動で地下に封じ込められました。今は【赤き混沌の使徒団】に利用される形で、その時の怒りをぶつけている。
「……本当、人の都合に振り回されている哀れな獣ですね」
もうこれ以上、振り回されないように倒すことが最善かもしれません。そう思うのもまた、人の都合でしょうけど。
「しかしまぁ……正直言ってあれだけの力を持つあやつを倒せるか、私でも分からんのぉ……」
「――そうでしょうか? 倒せるかどうかは、試してみないと分からないでしょう?」
「……かっかっか。そうであったな!」
ここへ来る前に交わした会話をもう一度ルシールさんとします。まさか、こんな大物と戦うことになるとは思いもしませんでしたけど。




