87・ストップ・ザ・ロール
「ラッシュさん、あなたがゲームをプレイする理由はなに? 特にあなたにとって合わないゲームをする理由は?」
「そ、そんなの決まってるだろ……」
ミランダさんの有無を言わせない勢いに押されたのか、ラッシュさんが口を開きました。
「俺はマスターに付いてきたんだ。このゲームが気に入ったからプレイするって言ったから……。でも、俺にはそう思えなかった。大体なんだよ、ロールプレイ重視のゲームとか……プレイヤー間の不公平な差もあるし……改めてフロンティアは神ゲーだったと――」
はっきりとした口調で言っていたラッシュさんでしたが、そこでハッとしたように一度言葉を止めました。
「……いや違う。フロンティアだって職格差やシステムの不合理さがあって、そこに不満を持っていた。人気があるゲームだが、けして完璧な神ゲーとは呼べなくて…………なら俺はなんであのゲームを楽しいと思ってプレイしていたんだ?」
ラッシュさんはSSOと同じくフロンティアにもシステムに対して不満を感じていたようです。でも、それでもフロンティアをプレイしていた……その理由が分からないようですね。
「フロンティアを楽しんでプレイしていた理由は分かる?」
「そりゃあ、ダンジョンを攻略したり、強敵のボスを倒したり……その功績を他のプレイヤーに褒められたりして嬉しかったから……」
「それは全部一人でやっていたの?」
「なわけないだろ! 一人でできるもんか! マスターやフライデー、クランメンバーたちと一緒に攻略したからこそ勝ち取った栄光だ! そうやって苦労して手にした実績と名誉が、俺にとってフロンティアをプレイしていた理由で全てだった!」
「本当に? 本当にそんな理由が、あなたがフロンティアをプレイしていた理由なの?」
「……それは」
ミランダさんが改めて聞くと、ラッシュさんは考え出し、そしてやっと分かったといった表情をしました。
「…………違う。そうじゃない。確かに、誰かに讃えられたりするのは嬉しかった。でも、違う。俺は……仲間たちと失敗しても再挑戦し、その努力が認められたように記録が残った時が一番嬉しくて……そうだ、むしろ記録とか名誉とかなんてどうでも良かったんだ!」
拳を握りしめ、今まで気づいていなかった気持ちを吐き出すように彼は続けました。
「そうだよ、最初からそうだったじゃねぇか! システムの不満を愚痴って、倒せない敵の文句を吐き捨てて、このゲームはクソゲーだって言い合って……それでも、それでもあのゲームは楽しかった! そう思えたのはマスターやフライデーがいたからだ。――俺がゲームをプレイする理由は、あいつらと一緒に遊ぶためじゃねぇか!」
誰かと共にゲームをプレイするのは、一人でするゲームとは違った楽しさがあるでしょう。それは人によってはかけがえのないものです。ラッシュさんにとって、マスターさんやフライデーさんたちと一緒にプレイすることが、一番楽しかったことで何よりもかけがえのないものだったでしょう。
プレイするゲームがどんなものであっても、変わらなかったと思います。ただ、ラッシュさんは今まで手に入れてきた実績と名誉に拘るあまり、その思いを忘れてしまったのでしょう。
「前回のこともそうだ。俺は……初めてプレイするゲームでも俺たちの存在を知らしめたくて……早く自慢できるような実績がほしくて……あいつらに褒めてほしくて……喜んでほしくて……それで先走って失敗して……あぁクソ! 何やってんだよ、俺は!!」
そう吐き捨てると顔を手で覆い、項垂れました。
「……どうすりゃいいんだよ。追い出されちまったら俺にはもう他に居場所なんてねぇよ……。あそこが俺の居場所だったのに……唯一の場所だったのに……。今更フロンティアに戻ってもあいつらが居ないんじゃクソゲーだ……楽しめねぇよ……」
置かれた状況の深刻さが深かったようで、ラッシュさんの声は震えていました。
「大丈夫だよ。その思いに気づけたなら、フライデーさんはきっと許してくれるはず」
「…………本当か?」
「そうそう、ほらシャキッとしなさい! それでも有名なクランのメンバーだったの?」
大きな背を小さく丸めた彼の背を叩きながら、ミランダさんがいいました。
「……私もそう思いますね。目を覚まさせるためにフライデーさんはあなたを追放したんだと思いますよ」
フライデーさんはこの事に気付いて欲しかったんだと思います。ただ、彼が直接そう言っても伝わらなかったのでしょう。
「どっちにしても、もう一度あのクランに戻りたかったら話し合う必要があるだろうな……。まぁ、覚悟を決めて話せ。ここで逃げたらあんたはもう戻れないぞ」
「……あぁ、確かにそうだな」
カイルさんの口調に驚きながらも、ラッシュさんはそう答えました。
「…………なぁ」
「どうした?」
少し言うか言うまいか悩みながらも、バツが悪そうにしつつ彼は口を開きました。
「……今更かもしれないが、お前らのことを罵って悪かった。前のゲームにいた迷惑なロールプレイヤーを思い出しちまって強く当たっていたようだ。……偏見も持っていたんだろうな。意味もねぇ茶番ごっこなんてしてとか思っちまって……」
「あぁーあれはお互い様だ。こっちも前回のことに関してはキャラとゲーム的な事情があったとはいえ、あんたらの獲物を横殴りして横取りをしたわけだし……」
SSOでは横殴りという行為はゲーム的キャラ事情があったりすると、あまりマナー違反扱いされていないのですが、他のゲームだと立派なマナー違反ですからね。
「よしよし……これでひとまずOKかな?」
「ミランダさん」
「あぁ、クロエちゃん。ごめんね、いきなりびっくりさせちゃって」
喋り方も雰囲気もいつものミランダさん……のように見えますがどこか違うと感じる。プレイヤーらしさが出ているからでしょうか。
「まぁ確かにびっくりしましたけど……プレイヤーかNPCかは分からなかったので」
「えへへ、そう言ってもらえるとロールを頑張った甲斐があるよ。……でも、今回はどうしても見ていられなくてロールは止めたけど……」
今はカイルさんたちと話しているラッシュさんのほうを見ながら、ミランダさんが言います。
「私はこのゲームが好きだし、ゲームで嫌な思い出を作って欲しくないなーって思ったからね。だってゲームは楽しむものじゃん? だから、ゲームプレイヤーとしても彼の問題を放っておけなかったんだ」
そう言ってプレイヤーとしての顔で笑うミランダさんでした。確かにあのまま放っておいたら、最悪彼はゲームに対して嫌な思い出を持ったまま、ゲームから遠ざかっていったかもしれません。
「あとは、無事にフライデーさんが許してくれるといいんだけどね~」
「そうですね」
これで許しが得られなかったら……彼はそこから立ち直れるのでしょうか?
「……じゃあ、俺はフライデーの所に行ってくる」
「おう、仲直りできるといいな、金ピカ野郎!」
「頑張れよー」
ライトくんとオリヴァーくんに励まされつつ、決心したラッシュさんがフライデーさんの元へ歩き出した……のですが途中で歩みを止めてしまいます。
「どうしたのですか? 行かないのですか?」
「行くに決まってんだろ! あぁ行くさ、行ってやるさ、フライデーのとこになぁ!」
口で言うだけで、足はまったく動きません。そしてちらりと後ろにいる私たちを見てくる。
「…………」
「…………」
「もしかして、一人で行けないの~?」
「違う」
「じゃあ、行けばいいだろ。俺たちもクリンの捜索に行かないと――」
「……あっいや、待て! 待てって!」
慌てて戻ってきたラッシュさん。
「お前らはフライデーが俺を許すといったな? もし許さなかったらどうすんだよ?」
「そうなったらあなたの行いが悪かっただけです。自業自得です。すっぱり諦めてください」
「……お前、優しいかと思ったら意外と冷たい奴だな! ……いや、もしかして今のはロールプレイか!?」
最後の問いかけには答えることなく、ただ微笑みを返すだけに留めておきます。
……まったく、ラッシュさんは面倒な人ですね。それだけフライデーさんたちに拒絶されるのが怖いのでしょうけど。
「……仕方ありませんね。私が付いていきましょう」
今のところクロエは役がないので。クリンくん捜索をするべきな気がしますが……当の依頼主が任せたといった視線を送ってくるので問題ないでしょう。あちらはあちらでこの避難所に拠点を築くという重要な役がありますからね。
「いや、俺は別に付いてきてほしいとは言っていないからな? なっ?」
「はいはい、私はウィラメデス討伐作戦の詳細が気になったので、フライデーさんに会いに行くだけですよー。あなたがフライデーさんに許されなかったとしても、知りませんからねー」
それぞれの目的に向け解散し、私は歩みの遅いラッシュさんを引っ張りながらフライデーさんの元へ向かいました。
フライデーさんたちはすぐに見つかりました。屋敷の中で一番見晴らしのいい場所から、なにやら数人のクラン以外の人たちと話をしつつ指示を出しているようでした。
「……ラッシュ、何のようですか? あなたはもうクランメンバーではありませんよ」
こちらに気付いたフライデーさん。ラッシュさんを見るなり、睨みつけるような厳しい目をしました。
「フライデー! もう一度クランに入れてくれ!」
ラッシュさんは勢いよく頭を下げました。
「俺はマスターやフライデーたちがいたから、あのゲームを楽しくプレイできていたんだ。お前らがいないゲームをプレイしても楽しくなんかない。俺は……これからもお前らと一緒にゲームを遊びたいんだ。実績も名誉もいらねぇ、そんなもんお前らと一緒に遊ぶのに必要ない! やっていくゲームがSSOになるんだったら、お前の言う通り、SSOのゲーム仕様に合わせてプレイする。……無理はしない、本当に合わなかったらやめる。でも、お前らと一緒にプレイしていけばその認識も変わってくるかもしれない……だから!」
ラッシュさんは頭を上げるとフライデーさんをまっすぐと見据えました。
「もう一度、俺をエル・ドラードに入れてくれ……!」
真剣に、まっすぐに。仲間への思いをぶつけるようにラッシュさんはいいました。そんなラッシュさんを見て、フライデーさんは険しかった目元を緩め、優しい視線になりました。
「ええ、その通りです。純粋に仲間と楽しむためにゲームをプレイするのが一番優先すべきことです。もちろん、同じゲームをプレイする他のプレイヤーにも配慮した上で。……まったく、気付くのが遅いのですよ」
「フライデー……」
「新生エル・ドラードにようこそ、ラッシュ。歓迎しますよ」
「……っ! ああ!」
加入通知が来たのでしょう。ラッシュさんは現れたらしい通知のボタンを押すように、手が動いていました。その表情はとても嬉しそうで、若干涙ぐんでいました。
「彼が世話になったみたいですね。手間を掛けさせてしまいましたが……こうして早くラッシュが戻ってこれたのも事実です。ありがとうございました」
「いえいえ。……あなたは放ったまま彼自身が気付くのを待っていたようですね」
「私が一から説明するより、こうして行動に出て手荒くしたほうが彼にとって一番分かりやすいかと思いましてね」
にっこりと微笑んでそう返すフライデーさんでした。何度も説明はしたのでしょうが、あまり耳をかさなかったのでしょうね。だから今回手荒な真似に出たと……。もう少しやりようはあったかもしれませんが、付き合いの長いらしいフライデーさんが考えた行動なので、これ以外にはなかったのかもしれません。
「さてさて……新生エル・ドラード、初めての大仕事はすでに始まっています。狙うはもちろん――ウィラメデス討伐です」
笑みはそのままに、スッと目を細めて街で暴れるウィラメデスを見るフライデーさん。まるで狩人がこれから狩る獲物を見ているかのようでした。




