86・魔獣ウィラメデス
「諸君、聞こえるかね? 私は現在この街にいる【赤き混沌の使徒団】の指揮を取る者だ!」
怪物の咆哮が鳴り止むと、今度は男性の声が街に響きました。魔法かなにかで拡散されたその声は、この街のどこにいても耳に届くでしょう。
「さて、諸君らにも見えているだろう……あの魔獣ウィラメデスの姿が。かの魔獣は先程まで地下深くに閉じ込められていた魔獣だ。我々はその境遇に深く同情し、魔獣を解き放った。解き放たれた魔獣は、きっとこの街を襲い破壊し尽くすだろう。なぜ、魔獣がそんなことをするのか? 諸君らの胸に手を当てよく考えたまえ。――人々の都合で傷つけられ、人々の都合によって地下深くに閉じ込められた。そんな人の勝手に都合に振り回された、魔獣の怒りをみるがいい!」
ウィラメデスがその声に合わせるように、また咆哮を轟かせる。咆哮には確かに怒りが込められているように聞こえました。
「あぁ、一つ教えておこう。諸君らは星神の加護があるから重傷を負っても大丈夫だと思っているだろうからな。だがしかし、星の石碑が万が一にも壊れたらどうなると思う? この地に掛けられた星神の加護は消え失せ、重傷を負ったとしてもその傷を癒やしてはくれないだろう。そのまま放置されれば……どうなるか分かるだろう?」
その言葉に周りがざわめき出した。
「嘘だろ……星の石碑は大丈夫だよな!?」
「あれは星神の力だ! そ、そんな簡単に壊れることはな、ないだろ……!」
プレイヤーも少し騒ぎ立てましたが、それよりもNPCや街の住人たちの動揺の声が酷かった。
この世界は【星の石碑】の設定を考えると重傷を負うと石碑の元まで転移されます。転移される過程で傷が癒やされるので、あまり死ぬことはないわけです。
その加護を失うということは、重傷になってもその場に残り続け、誰にも発見されなければそのまま死に至るでしょう。石碑の力が働くほどの重傷とはもう死ぬ一歩手前なわけですから、放って置くとすぐ死にますね。
「ウィラメデスは星の石碑を壊すだろう。そうなればどうなるかは想像がつくはずだ。――では、頑張りたまえ。諸君らに星の神々の祝福があらんことを!」
街に響き渡っていた声はその言葉を最後に聞こえなくなりました。
「……なぁ、星の石碑が壊されたら俺たちも死に戻りができないってことだよな?」
「そうなるだろうね」
ライトくんの言葉にカイルさんが同意します。……設定的に見ても我々プレイヤーたちも星の石碑から死に戻りしています。その要となる石碑が壊された状態で死んだ場合……蘇生魔法も掛けなかったとしたら……もしかしたら死亡判定にされるかもしれません。
「死に戻りができなくなって死んだらロストだと? ゲームとしておかしいだろ!」
「ラッシュ……あなたはまだ言いますか。……まぁ死んでも大丈夫ですよ。最近の情報ではたとえ死んでも新しくキャラを作った時に、前キャラのステータスを引き継ぐこともできるそうですから」
フライデーさんは落ち着き払った様子でそう言いました。へぇー……死んだとしてもステータスを引き継げるなら、実質死んでいないようなものですね。
「我々プレイヤーにとってはあまり騒ぐほどのことじゃありませんよ。……プレイヤーにとってはね」
ちらりと私たちを見るフライデーさん。
ええ、その通りです。だってキャラが死ぬという事実は消えませんから。少なくとも、ロールプレイヤーやNPCにとったら。
転生したなど特殊な設定でやり直すなら別でしょうけど、そういう設定でやり直さないなら、キャラは死んだ時点で終わりです。
「あぁ、こんな話をしている暇はありませんでした。ウィラメデス……これはレイドボス戦になるでしょう。そのためにも作戦を考え、各プレイヤーや他クランとの連携を取り、邪魔をしてくる敵勢力の抑制に――考えるだけでやることが山積みです。この規模の大型レイドはいつ以来でしょうか……実に、実に滾ります! 面白い!」
落ち着いた印象のあったフライデーさんでしたが、今の彼は興奮気味に目を輝かせて街を破壊するウィラメデスを見ていました。フライデーさん……こういう人だったんですね。
「では、私はウィラメデス討伐のためクランメンバーとともに行動しますので――」
「おい、フライデー。俺は何をすれば……」
「あぁ、ラッシュ。今のあなたは新生エル・ドラードのメンバーとして失格です」
「……し、失格だと!?」
「ええ、ですから――あなたを追放します」
「なっ!?」
フライデーさんが手を動かし、メニューを呼び出し操作していきます。すぐにラッシュさんの元へ通知が来たのでしょう。ラッシュさんは信じられないものを見たという表情で、フライデーさんを見ていました。
「その金色の鎧も染め直してください。あなたはもうエル・ドラードのクランメンバーではありませんので。……それでは」
「おい、マスターに許可なく追放とか……じょ、冗談だろ? なぁ待ってって……待ってくれよ、フライデー! フライデー!!」
呼び止める声を無視して、フライデーさんは他の仲間を連れたって去っていく。残されたラッシュさんは呆然と立ち尽くしていました。
「あっちは……まぁ置いておくとして、俺らはどうする?」
ライトくんにそう言われ、その場に残った面々が考え始めました。
「私たちはデスペナ食らってるので何もできませーん!」
「あと一時間は何もできないね、僕たち」
「そういう訳だから、オレたちはここで大人しくしている。じゃあな」
そう言ってサヴァールくんたちは避難所の人混みの中に消えていきました。
「俺は工房もあるくらい拠点にしている街だし、討伐戦には参加するつもりだ。職人だから裏方だが……」
オリヴァーくんがそう言いました。確かにアクセサリー職人であるオリヴァーくんです。戦闘は得意ではないのでしょう。
「だったら武器や防具の修理や販売、それから食品やポーションなどの販売も必要そうだね~。もう戦いが始まってるし、拠点は今すぐ作ったほうがいいけど……やっぱりクリンのことが心配……」
ミランダさんが少し暗い表情をしながら言いました。
「でも、この事態を放っておけないし、星の石碑の加護が切れてしまったらクリンの身にも万が一ってことがあるかもしれない……。探しに行きたいけど、私はここでみんなのサポートをするね。だから、誰か私の代わりにクリンを見つけてきて欲しい」
「では僕が探してきましょう。ライト、君も来るだろう?」
「もちろんだ」
クリンくんの捜索はカイルさんたちがすることになったようです。
「ありがとう。じゃあカイルさんたちにクリンのことは任せるね~。私はここに拠点を作るために、知り合いの商人がいないか探してくるよ~。オリヴァーくんも手伝ってくれない? この街の人だから私より人脈があるでしょ?」
「あぁ分かった」
ミランダさんにオリヴァーくんが返事をする。二人はここに残り、他のプレイヤーたちの手助けとなるよう裏方に回るようですね。
「クロエ、お前はどうする? 俺らと来るよな?」
「そうですね……」
さて、私はどうしましょうか。この街にやって来た理由はクリンくんを見つけるためです。だからカイルさんたちと共に行動した方がいいのでしょうが……。
……ちらりと横目で見てしまう。あの沈んだ金色の背中を。
「――やっぱ気になるよね。まったく……あんな顔されたら放っておけないじゃないの!」
「ミ、ミランダさん?」
ミランダさんがそう言って、項垂れたままのラッシュさんのほうへ近づいて行く。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「な、なんだよ……話しかけんなよ……」
「いいえ、答えて。――あなたはどうしてゲームをプレイしているの?」
そうラッシュさんへ質問をしたのは、紛れもなくミランダさんでした。




