84・赤き混沌に染まる街
『……すみません、こちらも敵を逃しました』
パーティチャットでアジーちゃんたちにこちらの状況を伝えつつ、彼女たちの現在地を地図から確認します。この街にある【星の石碑】に近い場所にいますね。マーカーが動いていることから、こちらに向かって移動しているようです。
……アールもその位置にいますね。アールは私の従者なのでパーティを組んでいなくてもいつでも状態を確認できますが……どうやらアールも一度倒されてしまったようです。アールは元々はモンスターでしたが、今は私の従者となったことで【星の石碑】の祝福を受け取ることができ、プレイヤーと同じく石碑から“死に戻り”ができるようになっています。
なので、たとえ致命傷を受けたとしても大丈夫……石碑がない場所だったりルシールさんのような状態になったらどうなるか分かりませんけど。まぁ、それはプレイヤーも同条件でしょう。
プレイヤーやNPCも含めて死亡条件がいまいち分かりませんね。この辺り誰か詳しく調べていないのでしょうか。
さて、今はそれよりもこれからどうするべきかですね。門の鍵は盗られてしまいましたから。
『どうする? とりあえず合流する?』
『言っておくけど、俺たちだけで鍵の追跡は無理やで。敵が多すぎるからな』
『数はどれくらいでしたか?』
正直あの組織の人はまだ三人しか見ていません。そんなに大人数がいたのですか?
『いっぱい! あたりが赤く染まるくらい!』
『……およそ三十人くらいってところやなぁ』
『三十人って……そんなに?』
『嘘やないで、ホンマの話や……まっこの街の現状を見れば、嫌でも信じることになるやろうけどな』
『それはどういう……』
「キャアアアア――!!」
「やめろ! なんでお前が攻撃するんだッ――!!」
その時でした。どこからか悲鳴や怒号が聞こえてきます。騒ぎは大通りの方から聞こえており、大通りに続くこの細い路地に人々が逃げるように走ってきました。
人の流れに逆らって大通りに出てみると……、
「赤い霧!?」
大通り一面が赤い霧に飲まれていました。霧の影響を受けて混沌化した住人たちが暴れています。
「フハハハ! 喚け、叫べ、恐れよ! 我らは……【赤き混沌の使徒団】! “大いなる混沌”に代わり、この世界に破壊と混沌をもたらす存在だ!」
さらに赤い霧よりもさらに赤いローブを羽織ったフードの集団がいました。……その数、確認できるだけでも二十は超えています。……意外にも大きい組織だったんだ。
彼らは混沌化して暴れる住人たちはもちろん、逃げ惑う人たちを襲っていきます。それだけでなく、周りの建物も壊していく。とにかく好き勝手暴れて、手当たり次第に物を壊しているという印象を受けました。……なるほど、彼のような者ばかりが所属する集団の集まりだったのですね。
『こちらでも赤フードの連中が確認できましたが……どこから湧いて出てきたんですか、この人数!』
『ホントだよ! こっちの通りにもいるし……数多いって!』
『クロエさん、ちょっと空から街を見てもらってもええか? まさかとは思うけど、街全体にこいつらがいるかと思ってしまってなぁ……』
ブルーイくんの言う通りにニルを空に上げ、その視界から街を見下ろしてみることにします。
『……ひどい有様ですね』
山の合間に穴が空いているような地形に築き上げられた街は、今や混沌を撒き散らす霧とローブの集団によって赤く染め上げられていました。
数は……百は下らない。それ以上かもしれません。まったく、この大人数は一体どこから現れたのですか?
『サヴァールから連絡来た! サヴァールと屋敷に向かった人たちは無事に合流できたみたいで、あっちも赤い集団に会ったそうだよ。交戦した後逃げられて今は街で暴れる赤フードたちを倒しつつ、住人の避難を誘導しているって』
『……では一旦サヴァールさんたちと合流しましょう。この数が相手では少人数で行動しても意味がありません』
『うん、分かった! ……避難場所は領主の屋敷に決まったようだよ。サヴァールたちもそこに向かってるみたい』
領主の屋敷は……あぁありましたね。階段状となったこの街の中で、街を見下ろせそうな高い段地に領主の屋敷が見えました。マップの情報からもあれがそうでしょう。
「ルシールさん、移動しますよ!」
「うむ、そうだな。ここにいては埒が明かん」
ルシールさんが肩に飛び乗ったのを確認して、私は杖からホウキに持ち替えます。屋敷まで飛んだほうが早い。
「どこへ行くつもりっすか……クロエさん?」
飛び立とうとした瞬間、背中に衝撃が走ったかとおもうとそのまま建物の壁まで吹き飛ばされました。……攻撃された。誰に?
「……あぁ、あなたでしたか。ポコちゃん」
「どうもっす、さっき振りっすね」
赤いローブを身に纏い、フードで顔を隠した小さな者。ですが、その喋り方から分かる通り、ポコちゃんでしょう。両手にはガントレットが装備されていました。
ルシールさんの安否を確認する。一緒に吹き飛ばれましたがこちらはダメージがなかったのでしょう。大丈夫そうでした。対して私はHPが半分も削られてしまっている。……ポーションで回復しておきましょう。
「旦那も手加減したんすかねぇ。てっきり倒してるもんだと思ったら……元気そうじゃないっすかぁ」
「……鍵はどこに?」
「アタイはもう持ってないっす。うちの上司に渡してきたっすからね。……これでアタイの仕事は邪魔者を排除する役目に戻ったわけですよ」
ポコちゃんが手を振ると、赤フードの連中が現れました。彼らは私を逃さないように四方八方を囲みました。
……参りましたね。この数は無理です。一人や二人ならまだしも、五人、十人ともなるともう手の打ちようがありません。この数を相手取れるほど、クロエはそこまで強くありません。
「旦那には悪いっすけど……邪魔者は排除しないといけないっすからね」
そう言って武器を構えたポコちゃんでしたが――、
「見ぃぃぃつぅぅぅけぇぇぇたぁぁぁあああああーー!!」
「――うわっ何っすか!?」
ポコちゃんの後ろから振り下ろされたのは――大きな鎌でした。ポコちゃんはすぐに回避したため、その鎌を避けることができましたが、当たっていたら首が飛びかねないほどの怒りが込められていたような攻撃でした。……欠損表現はないゲームなのでそんな光景は見えないとは思いますが。
「とうとう見つけたわよ! リリの邪魔をしてくれたあの時のアイツ!!」
ビシッとポコちゃんに向けて指を差すのはもちろん、あの魔族のリリちゃんでした。
「なんであんたがいるんっすか!? せっかく一芝居打って牢屋に放り込んだってのに!」
「ハッこの騒動に乗じて逃げてやったわ! それより、やっぱりあなたはあの嘘つきな白ウサギね! 一度ならず二度までも不愉快な思いをさせてくれるなんて……もう許さないんだから! 全員潰すつもりだけど先にあなたから潰してあげるわ!!」
「はぁー厄介なのに恨まれっすねぇーアタイ!!」
怒りが凄まじいリリちゃんはそのままポコちゃんと戦闘を始めていきました。よしよし、この内に私はここから離脱を――
「……逃がすと思いますかしら、お嬢ちゃん?」
立ちふさがったのは他でもありません、他の赤フードの人たちでした。ポコちゃん一人抜けたところで、この人数差はどうにもなりませんね。
「……まったく、揃いも揃って忌々しい連中ですね」
「ふふ、ごめんあそばせ。ですがこれも我らが組織のため。さぁ、あなたにはこの舞台から降りて――きゃあッ!?」
喋っていた赤フードの一人が後ろから攻撃を受けます。その後ろには……見知らぬ剣士の男の人。さらにまた別の人が現れたかと思うと、彼らは私を囲んでいた者たちと戦い始めました。
「なんかよく分からねぇけどこいつらは倒していいヤツだよな?」
「えっええ……感謝いたします」
「いやいやぁ、俺はただ敵を倒してだな…………いや待て! めっちゃ今の俺、ピンチに現れたヒーローぽい感じじゃね? やっべすげー!」
……澄ました顔で答えたかと思うと、次には興奮して喜びだした剣士の人。
「こらー! NPC相手と話してないでこっち手伝えや!」
「あっわり! じゃあな!」
剣士の人は周囲で赤いフードの連中と戦う仲間らしき人たちの元へ加勢しに行きました。……彼らはプレイヤーでしょうか?
よく分かりませんが、リリちゃんとプレイヤーたちのおかげで助かりました。
これ幸いと私はその場を後にし、ホウキに乗って領主の屋敷に向かいました。




