83・光と闇
「クロエ、気をつけい。奴の力は先程見て分かる通り、詠唱なしで魔法を展開するぞ」
「そうだね、ボクは魔法を詠唱無しでできるよ。だからキミが勝てるわけがない。空も満足に飛べない魔女さん?」
「……言ってくれますね」
その言葉は言わないでくれませんか。魔女と呼んでくれたことに関しては感謝しますけれど。
「……お前のような者が扱ってよい力ではないぞ、イグニス。その力はクロスリング家初代当主が編み出した刻印術であろう。その力を扱ってよいのは現当主である魔術公……お前の父親のみであることを忘れたか」
「初代も我が父も分かっていない、この力の有効な使い方を……。だからボクが代わりに実践してるだけさ」
……と、まぁ私の目の前でルシールさんとイグニスがそんなやり取りをしていますが……正直私は話についていけていません。だって知らない設定ばかりで話が展開されていますからね。クロエも私も知らないのだから、あの二人の会話には入れません。
大体なんですが、魔術公爵って? チートじみた力を持ちながらにして、貴族出身とか設定盛りすぎでしょう。しかも公爵ですって。私は子爵家ですよ。その半分くらいの地位を私のキャラにもくださいよ。
にしてもNPCのルシールさんにこれだけ話を合わせられるところを見るに、やっぱりプレイヤーではなくてNPCなのでしょうか。……うん、きっとそうに違いない。もしそうだったら運営に抗議しにいかなきゃいけない。
「で? 話は止めるのではなかったのですか? こちらは知らない話ばかりで退屈なのですが!」
そう言って【エアショック】を放ちます。
「……ごめんよ、確かにキミには関係のないボクの話だったからね。退屈していた詫びに教えてあげるよ、ボクの力……我がクロスリング家に受け伝わる【刻印術】をね!」
私の【エアショック】はまたしても【結界術】の【防御の結界】によって防がれてしまいました。ニルを通じてイグニスの情報を少し見ることが出来ていますが、三秒間ほど【防御の結界】のバフアイコンが見えました。
「そんなすごい技術を持っていながら、それのネタバラシをしてくれるなんて……私を舐めているのですか?」
「あはは、けしてそんなつもりはないよ。物知りな猫の口から言われる前にボクから言いたいだけさ」
確かにルシールさんなら知っているでしょう、この人の能力のことを。聞いたら教えてくれそうですが……どうやら本人が教えてくれるようです。
「刻印術というのはその名の通り、魔法を印にしそれを物に刻む魔術のことさ。詠唱呪文の簡略化を目的として編み出された技術で、ボクの家の当主がその刻印術を編み出したんだよ。その技術を受け継いでいるから……ボクは詠唱を必要としない!」
そう言ってイグニスが杖を持っていないほうの片手をこちらに向けて伸ばした。――その手には二つの指輪。どちらもルビーのような赤い宝石の付いた金の指輪。
「趣味の悪い指輪を付けているかと思えば…………そういうことですか!!」
ホウキに乗って避けようとしますが……四つの火の魔法が作り出した炎が私を襲いました。とっさに風魔法の【ウィンドシールド】を使い、【ファイヤーショット】を避けることができましたが【ウィンドシールド】で防げるのは射撃技のみです。
「くッ……」
射撃技ではない攻撃魔法である【フレイムビート】は避けられませんでした。
これの魔法自体の威力は低いもののようですが、対象に火耐性を下げる効果と【火傷】の異常状態付加の効果があるようですね。私の状態異常のアイコンの欄に火耐性低下の効果と【火傷】アイコンが付きました。
さらに、一拍置いて起動された【フレイムスパーク】と【ヒートバースト】。【フレイムスパーク】は射撃技なので【ウィンドシールド】が防いでくれました。
【ヒートバースト】はその名の通り【ダークバースト】の火魔法版だと思えばいいのでしょう。範囲技のようなので、【ウィンドシールド】では防げません。
その攻撃を受けて、HPゲージが三割減っていきました。まだ【火傷】が残っているのでスリップダメージが入っていますが、なんとか一撃死は免れました。
しかし、これではっきりしました。イグニスが杖もなく魔法を扱えていた理由。イグニスは杖の代わりとなる媒介をすでに装備していたのです……、刻印術の刻まれた指輪という媒介を通して魔法を扱っていたようですね。
「クロエ!」
「ルシールさんは下がってて! 巻き込まれでもしたらベルの体が持ちませんよ!」
ルシールさんは今はベルの体に憑依しています。今はただの猫であるベルです、【星の石碑】の力があるとはいえあまり傷つけたくはありません。
それに私たちよりもレベルの高い相手なので、使い魔としてはまだ弱いルシールさんがいても意味がありません。いや……一つ意味がありました。
『ルシールさん、彼の扱う火の魔法の中で一番再詠唱に時間がかかる魔法は?』
『【フレイムスパーク】の十二秒だ』
『ありがとうございます。それだけ知れればもう十分です』
それだけ答えるとルシールさんはすぐにこの場から離れていきました。
「いつまでそのホウキに乗っているつもり?」
ふとイグニスを見ると、足元に魔法陣が出現していました。――魔法の詠唱をした際に現れるエフェクトです。……魔法を詠唱している? 詠唱する必要はないはずでは……?
考えようにも相手の【エアショック】が飛んできたので、【アースシールド】を使って防御します。……ですが【エアショック】を撃ってもなお詠唱エフェクトはそのままだった。……つまり、【二重詠唱】の技術を使ってもう一つ魔法を詠唱しているはず……。
私の見間違いではなかったようです。すぐにその壁を貫くように光線が飛んできました。光魔法の【ラスターレイ】……シールド効果無効の貫通属性持ちの魔法に当たり、体力がさらに減らさてしまい、レッドゾーンへ。
急いで回復ポーションを使うと、たちまち体力は全快に戻りました。その時点で【火耐性低下】と【火傷】の状態異常も自然回復しました。
「クロエ、キミはそんなホウキに乗って逃げ回るような人じゃないでしょ? それとも怖気づいたのかな?」
「まさか、そんなわけないでしょう。だってあなたの魔法……子供が扱う魔法よりも弱い魔法ですからね」
「……言ってくれるねぇ」
崩れた土壁の向こうからこちらに向かって歩いてくる赤フードの男を睨みつつ、私はホウキから降り立ち、杖を装備する。そしてアイテムボックスから【踏み固められたゴウロ土】と【ストーンローラーの甲羅岩】を取り出す。それを用いてゴーレムを生成。
「ニル!」
空を飛ぶニルとゴーレムに指示を出す。ニルには【ダークミスト】を。ゴーレムにはイグニスを対象に【攻撃】命令を。その間に私は魔法の詠唱を開始。
「キミの使い魔も、ゴーレムも……ボクの敵じゃないね!」
【ダークミスト】は光魔法の【フラッシュ】で打ち消される。闇魔法なので、強い光には弱いのです。フラッシュを受けてニルも目がやられてしまい、フラフラと飛行する。
ゴーレムはイグニスに近づき拳を落としましたが、素早い動きでかわされる。……あの素早い動きはどうやら【ウィンドステップ】の効果のようですね。
しかもイグニスは魔法を詠唱しながら動いているように見えます。【魔法知識】のレベルが上がると【移動詠唱】なるスキルを覚えられるのでそれでしょう。【二重詠唱】と重複使用不可ですが、その名の通り移動しながら魔法を詠唱できます。
【下克上】も働いているところも見るに、イグニスはレベルが上ですので覚えていても不思議ではありません。
イグニスは足を止めて二つ目の魔法を詠唱し、杖を前に出す。するとゴーレムの足元に炎の壁が出現。【フレイムウォール】ですね。
「さらに火力をあげてやろう」
もう一つ、魔法が発動される。今度は風が渦を巻き始めました。風魔法の【トルネード】は炎を巻き上げゴーレムを燃やしていきます。風と炎が合わさり、互いの威力を上げたのでしょう。その一撃をもって、ゴーレムは倒されてしまいました。
使った素材から強度の高いゴーレムができたはずですが、それでも火力に押されてしまったようです。……こんな魔法を組み合わせた使い方があったとは。
感心している場合ではありません。詠唱が完了した【シャドウアロー】をイグニスに放ちます。しかし、光魔法の【ライトブレード】の魔法を撃たれ、相殺されてしまいます。元々この太陽の元で闇魔法は弱体化しているので、相殺もしやすかったでしょう。
それにかまうことなく、私はさらに【エアショック】を放ちます。
「そんな魔法、ボクだって防げることくらい知ってるよね?」
イグニスは当てつけのように風魔法の【ウィンドシールド】を使いました。確かに【エアショック】は射撃魔法です。これではイグニスに当たることはないでしょう。
ですが……それは普通のエアショックではありませんよ?
「うわっ……砂!?」
イグニスは驚いて目をつぶる。そう、あの風には【きめ細やかな砂】が含まれていました。
ウィンドシールドは使用者を覆うように風が渦を巻きます。私も使っていますからその特性を理解できていました。
あの風の向きでは、細かい砂を巻き上げて使用者まで届けてしまうのです。守る技なのに、今回は逆の効果を生んでしまったわけですね。そのおかげでイグニスを【目くらまし】の状態異常にかけられましたけれど……私もこれから気をつけておきましょう。
その隙に私は魔法の詠唱を開始する。詠唱する魔法は二つ。
これさえ唱えられれば……こちらの勝ちかもしれません。
「……こんなもの!」
何かを取り出したイグニス。……よく見ると【目薬】のようです。あぁ、状態異常回復アイテムを持っていましたか……。それによって目は治ってしまったようですね。
「ボクを驚かせてくれたことに感謝しよう。だから、もう一度ボクを驚かせてみせてよ。この魔法を耐えてみたりさぁ!」
詠唱する私に向けて……あの魔法が発動されました。
今まで連続して撃ってこなかったのは魔法の再使用時間のせいでしょう。詠唱時間は省略できても、再使用時間までは省略できないようです。
先程ルシールさんに教えてもらいました。四つの魔法の中で一番再使用時間が長いのは【フレイムスパーク】の十二秒。対して【ウィンドシールド】の再使用時間は十五秒、それに魔法もすでに二個詠唱している……間に合いません。
詠唱中の私はこの四つの魔法を受けることになりました。
逃げ場なんてありません。【シャドウムーブ】で避けようにも、この通りに今は影一つありませんから。【エクスチェンジ】も自身を対象に発動はできません。
私の視界を赤い炎が焼き尽くしていきます。ですが……その視界が灰色に染まることはありませんでした。
「あぁ、やっぱり。あなたの魔法は――弱いですね」
四つの火の魔法が放っていた派手なエフェクトが消えていきます。クリアとなった視界の前には、驚くイグニスの姿がありました。
「どうして……どうして生きているんだ!? まともにあの魔法を食らったのに……それにポーションだってまだ使えないはずじゃ……」
「ええ、ポーションは使っていませんよ」
そう言って私は鞄から取り出した薬草を食べます。……この絵面はカッコイイのでしょうか。少しでも格好良く見えるように薬草を食べておきましょう。誰か格好いい草の食べ方を教えてください。
それよりも、どうして私が生きているのか。
あの炎の中、私は薬草を食べて凌いでいました。【草食】スキルを持つ私は薬草をそのまま食べても、ポーション並の回復性能を持つ効果を得られますから。
ポーションの再使用時間が終わっていない中でしたが、代わりとなる薬草があったお陰であの攻撃を耐えられたのです。
「動かないでください」
「チッ!」
動こうとしたイグニスを拘束するように詠唱していた【ダークバインド】を放ちます。闇の鎖が彼を縛り上げたので、杖も構えることもできないので魔法を詠唱できないでしょう。
「まだ話は終わっていませんからね。……あなたは同時に二つまでしか魔法を詠唱できない。いくら無詠唱で使える魔法があったとしても、同時に唱えられるのは二つのみ……そうでしょう?」
イグニスは【四重詠唱】をできません。私と同じく【二重詠唱】までしかできないでしょう。
四重詠唱を使って、四つの魔法を同時に発動していたわけじゃない。【二重詠唱】で魔法を二つ無詠唱で唱え、それを二連続していただけです。
その二つの魔法の合間に私は薬草を食べたことでこの魔法を耐えられたのです。これが連続魔法でなく、一種類の一撃魔法によるものだったら回復を差し込む余裕はありません。
「さらにあなたの魔法は弱い。正確には詠唱していない時ですね。杖を用いての詠唱で行った魔法の威力は高かった……威力が弱い理由はその刻印術と指輪にありますね。連続して唱えていたのだって……単発だと威力が低いからこそ。その為に四連をしていたのでしょう?」
無詠唱で撃てるなら四連する必要はないはずです。火魔法は闇魔法に次いで威力の高い魔法なのですからね。それでも四連する必要があったというのは、威力が低くなっていたからでしょう。
「無詠唱できる魔法にも制限があるようですね」
無詠唱で扱っていたのは【ファイヤーショット】、【フレイムビート】、【ヒートバースト】、【フレイムスパーク】だけしか見えていません。それ以外の魔法は詠唱していました。どんな魔法も無詠唱で扱えるわけではないようです。
もしくは元から詠唱なしの物でしょう。それでも杖を装備していないと使えないようです。刻印された魔法なら指輪だけでも発動できるようですが……。
アクセサリーの装備枠は最大四つ。両手に二個ずつ指輪をしていることから、刻印術で無詠唱できる魔法がこの四つの指輪にそれぞれ刻まれているのでしょう。今まで杖も持たずに発動していた魔法も、それの魔法を刻印した指輪を装備して発動していたのでしょう。
「無詠唱を取る代わりに、威力を犠牲にした魔術とは……なんともお粗末ですね。私が魔法の正しい姿を見せてあげましょう」
「闇魔法使いがこの太陽の元で何ができるっていうの? できの悪い魔法を披露する羽目になるのはそっちじゃん」
「……何を言っているのやら。太陽の光があるからこそ、影は――闇はできるのですよ」
その時でした。私たちのいる場にゆっくりと影が落ちてきます。
「なっこれは……ゴンドラリフトの影か!」
その通り。これは街の頭上を動くコンドラリフトの影です。この場所には影はありませんでした。ですが、動く影なら街の至るところにあるのです。
動きが不規則な雲の影と違って、ゴンドラとその影は決まった場所を動くので、場所の割り出しも簡単でした。影が落ちる場所に逃げる風を装って、ホウキで飛びながら移動していたのです。
ゴンドラの影によって闇魔法は少し力を取り戻しました。
――ですが、まだ足りない。もっと威力が欲しい。
さらなる威力を求めて、私は風邪引き薬を取り出す。それを飲み込めば状態異常【風邪】の効果を受け、体が重くなりステータスが少し低下します。
ですが、同時に【闇の代償】効果が発動します。いえ、もう発動していましたね。
【火耐性低下】と【火傷】の効果も、どうやら【闇の代償】の効果対象だったようですから。これで状態異常の数は三個。【闇の代償】の効果は異常状態の数が多ければ効果が増します。それによってステータス低下効果も打ち消すほどの強化効果を受けました。
もう一つ、【きめ細やかな砂】を取り出し自身にふりかける。これで【目くらまし】の異常状態を取得。これで状態異常は四つ。視界が見えなくなりましたが、ニルの【視界共有】があるので大丈夫です。フラッシュを受けたニルは復活しており、私の後ろから状況を見せてくれました。
「さぁ、あなたに見せてあげましょう。これこそが、一撃必殺の魔法であると!」
相手を縛っていた【ダークバインド】が外れました。それと同時に【ダークバースト】を放つ。
「そんな魔法……ボクには届かない!」
拘束が解かれたと同時にイグニスは【結界術】の【防御の結界】を張りましたが……、
「ニル!」
後ろで待機をしていたニルが合図と共に、イグニスの【防御の結界】を【冷たい視線】で壊します。
【防御の結界】はバフ効果です。ニルの持つ【冷たい視線】は相手のバフ効果を一つ打ち消す効果を持ちます。
「……あはは……まさかなぁ」
守りを失ったイグニスを、私の【ダークバースト】が飲み込みました。
――この技は連続技ではなく、たった一撃のみの高威力魔法。そこに回復ポーションを差し込む余裕もありません。
闇の魔法による黒と紫の爆発するエフェクトが、イグニスを中心に派手にあがります。その爆風を受けて、私の髪が揺れました。
「はぁ……」
風邪薬を飲んで【風邪】の効果を治します。【火耐性低下】も効果時間が過ぎたようで消えました。まだ【目くらまし】は残っていますがとりあえず視界は確保できています。
……なんとかなったようですね。爆風が収まればきっとイグニスが地面に倒れた姿が見えるはずで――
「……これはッ!?」
爆発が収まりかけた頃、その中心から炎が巻き上がりました。真っ赤に燃える炎と共に、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「……ボクはキミのことを甘く見ていたようだよ。まさかここまでやってくれるなんて……嬉しいなぁ」
その炎の中心からイグニスが現れました。傷一つもないかのような笑みを向けてくる彼の腕には、大きな鳥が止まっています。まるで炎が鳥の形をしているかのようなその姿は、どこか神聖な雰囲気も感じ取れる。
……【召喚:ファミリア】からの情報判定により、あれは使い魔だと分かりましたが……あれは普通のモンスターとは訳が違う。だってあれは絶対……、
「フェニックスですか……」
「ふふ、そうだよ。精霊フェニックス。ボクの使い魔さ」
まさかフェニックスを使い魔にしているとは思いもしませんでしたよ。イグニスは私の魔法は受けて確かに死んだのでしょう。ですが、フェニックスの力を使って復活したというわけです。
……反則技もいい加減にして欲しいところですね。確かに前回私を助けてくれた時、【不死鳥の羽】を使っていましたけれど……。
「いえ、待ってください。使い魔なんておかしいではありませんか。精霊は使い魔にはできないはずでは……」
確か前にルシールさんが言っていませんでしたか? 精霊種は魂の位が人より高いから無理だとかなんとか……。【召喚:スピリット】を使用しないと精霊種とは契約できなかったはずでは?
「確かにフェニックスの魂の位は人よりもはるかに上だから無理に見えるだろう。だけどそれは一体の使い魔という枠に無理やり収めようとするからできないんだよ。人が使い魔を使役できる限界は三体までだ。その三体分の枠を全部こいつに使ってると言えば……分かるかな?」
確かに【召喚:ファミリア】で契約できる使い魔の数は通常では三体までです。その枠を全てフェニックスに使っていうのだとしたら……いや、それでも無理があるんじゃ……。
「まぁいくら三体分の枠に収めたとはいえ、かなり無理やりだよ。だから使い魔としてはかなり不安定だ」
そういった瞬間、フェニックスの姿が光り輝くと消えていきました。もしかしたらルシールさんと同様に実体を保たせる器を上手く作れないのかもしれません。
「……それでも納得できませんね。大体契約を了承するなんて……」
「了承したからこそ、使い魔としてボクの元にフェニックスはいるんだよ。それにね、キミは納得いっていないようだけど、キミだって規格外の使い魔持ちじゃないか。――ルシールの主人さん?」
確かに私もまた、ルシールという規格外を使い魔にしていますけれど……。
「さぁ、遊びの続きといこうじゃないか。ボクをもっと楽しませてくれるんだろう?」
フェニックスによって復活したイグニスが、指輪をした手をこちらに向けたその時でした。
「あっ、旦那! こんなところに居ましたか! 通信も無視するなんて……!」
建物の屋根の上から飛び降りてきたのは、イグニスと同じ赤いフードの者。すごく背が高くて毛に覆われた狐のような口元ですから、あのノッポの人でしょう。
「ポコに遊ぶなって言っておいて、自分は遊んでいるんですか?」
「やだなぁ、ボクのは必要な遊びだったよ」
「だったら他の二人も止めておいてくだせぇ……。まぁこっちで処理しましたけどよ……」
……まさかと思って左を見る。あぁ、デスペナルティが付いているということは。
『クロエさん、ごめーん! 鍵逃したあああ!』
『すまん! だけどあんな人数を二人で相手にするのは無理や!』
パーティチャットから、二人の声が聞こえてくる。……どうやらポコちゃんを追ったものの、返り討ちにあってしまったようですね。
「どうやら無事に鍵は返してもらったようだね」
「元々あなたたちの物ではないでしょう」
笑みを浮かべるイグニスを睨みつける。どうやらこちらの足止めも無駄になってしまったようですね。
「ほら、旦那! 戻りますぜ!」
「えぇーやだー! もっとクロエと遊びたーい!」
「次の作戦もありますし、旦那を連れて帰らないとあの人に怒られるのはオレなんですって! いいから戻りますよ!」
「はぁ……仕方ないなぁ。……この決着はまた今度ね。じゃあね、クロエ!」
「あっ、待ちなさい!」
結局、二人には逃げられてしまいました。今日はやたらと人に逃げられる日ですね……。




