80・外された仮面
『そういうわけで、こちらは鍵を奪ったポコちゃんを追っています。そちらの方はカイルさん達に任せました』
『了解しました。何かあれば連絡をしてください!』
カイルさんに鍵を奪われたことを伝える。ここからは彼らとは別行動を取ることになりました。カイルさん達は屋敷の方へ行き、私たちは鍵を奪ったポコちゃんの追跡です。
追っているのは先行しているアジーちゃんとニル。その後を追う形でブルーイくんと私とアール、それからルシールさんがいます。
「すみません、ブルーイくん。怪しんでいたというのに鍵を盗まれてしまって……それにサヴァールくんのことも……」
「気にしないでください。それにうちのサヴァールの心配は無用です。攫われはしましたが、彼の安全は分かっていますからね」
隣を走る私より背の低いドワーフのブルーイくん。彼は不満な顔ひとつなく、屈託のない笑顔を返してくれました。
そんなブルーイくんからパーティ申請が飛んでくる。それに許可を出し、入ってみるとパーティメンバーの中には――、
『サヴァールくん……?』
『うわっ……黒魔女さんが入ってくるとは予想外ですね……』
攫われたにしては元気な声が帰ってきました。本来なら拐われた相手と連絡のやり取りができるなんておかしな話ですが……まぁこれはゲームなのであまり深く考えないほうがいいでしょう。
『あーいや、なんでもない。今のは気にすんな!』
慌てて普段のゲーム中の口調に戻すサヴァールくん。きっといつもは三人だけでパーティチャットを使用しているから、ロールプレイはしていないのでしょう
『パーティチャット内なのでオフレコでいきましょう。こちらもそのつもりで話します』
『えっ待って……クロエさんプレイヤーだったの!?』
『……僕はそうじゃないかって思ってましたけど……本当にプレイヤーでしたか……』
アジーちゃんの驚く声と、それから喋り方は違いますが同じ声なのでサヴァールくんでしょう。二人の声が耳元から聞こえてきます。
『ハッハッハッ、こいつはびっくりやな! 俺もプレイヤーとは分からんかったわ!』
『……私は今あなたの方に驚いていますよ……』
『ん? 俺のどこに驚く要素があるっていうんや?』
この声、ブルーイくんですよね? 思わず隣を見てしまう。
先程のブルーイくんのロールの時とは、とても違う喋り方をするそのギャップが凄まじい。
……三人の中で一番ロールプレイが上手いのは彼かもしれません。
『それで、サヴァールくんは大丈夫なのですね』
『こっちの心配はしないでください。今縄抜けに成功しましたので、次は部屋の外に出ようかと思っているところですから。それに助けが来るのでしょう?』
『……本当、大丈夫そうですね』
冷静な彼の声に、心配していた気持ちが薄れていく。
これならあちらは放っておいても大丈夫そうですね。
『まったく敵もバカだよね。サヴァールは鍵を持ってないっていうのに連れ去っちゃうんだもん。やっぱり私に鍵を持たせておいて良かったでしょ?』
『まぁ結果論としてはそうですが……前回のアジーは依頼品を川に落としたから信用できなかったし……』
『あれは追手が来ていたから仕方なかったでしょ! 慌ててたら手から滑り落ちたし、誰が持っててもきっと落としてたよ!』
『はいはい、言い合いもそこまでにしておけや。今日はお客人がいるからなぁ?』
パーティチャット内に響き渡るアジーちゃんとサヴァールくんの声。その二人をやんわりと止めるブルーイくん。……ロールプレイをしていても、していなくても彼ら三人の関係性は変わらないようですね。
『あっそうだった。ごめんごめん』
『すみません。……あっカイルさんからパーティ申請来たからそっちに移るよ。クロエさん、アジーとブルーイをよろしく願いします』
『ええ、そちらも頼みましたよ』
サヴァールくんがパーティから抜けていきました。カイルさん、彼にパーティ申請出していたんですね。確かにあっちはあっちでパーティを組んだほうが連携も取りやすいでしょう。
『……アジーちゃん、次の角を左に行かせる事はできますか?』
さて、こちらも連携しましょうか。
ニルの視界から逃げるポコちゃんの姿とアジーちゃんの姿を見つつ、街のマップを見比べる。マップにはパーティメンバーとなったアジーちゃんの姿も確認できるので、いま彼女たちがどこを走っているのか分かりやすい。ちなみに先程まで映っていた印を見るに、サヴァールくんはやはりジョニーさんの屋敷にいました。
『えっ可能な限りやってみるけど……十字路だから難しいかも……』
『前方方向を塞いでください。右側はこちらの使い魔が塞ぎますから』
『了解!』
しばらくして彼女たちはその地点に差し掛かる。アジーちゃんはさらに疾走し、ポコちゃんの前に立ちふさがる。そしてその右側の道はニルに塞いでもらう。
走ってきた道は私たちが追いかけてきているので、必然的に進める道は一つだけ。
『よし、次の角を右に行くように仕向けてください。分かれ道なのでアジーちゃんだけでもできるはずです』
『分かったよ!』
そうやってポコちゃんが進む道を誘導してく。この段々と高低差の多い、入り組んだ街は死角が多くそして――、
「行き止まり!?」
驚く彼女の声が少し遠くから聞こえてきます。そう、私は彼女を行き止まりまで誘導していたのです。現在、この街のマップ情報はほぼ揃いつつあります。これもニルが上空から探し回るように街を見下ろしていたお陰ですね。それによって【土地鑑】効果も発動したのでしょう。今は詳細なマップデータが出来上がり、どこを通れば行き止まりの場所に通じるかマップを見れば分かるようになりました。
「さて、逃げ場はありませんよ。ポコちゃん?」
袋のネズミならぬ、袋のウサギとなった彼女をアジーちゃん、そして追いついた私とブルーイくんが囲みます。
「違うのよ……あたしはこうするしかなかったのよ!」
「……本当ですか? なら少し話をしましょう」
どうにも彼女の言葉は疑わしい。私がそう思っているからそう聞こえるのかもしれませんけれど。
「あなたの行動にはどうにも、理解しがたい行動がありました。先程、リリを捕まえた時、悲鳴を真っ先に聞いていましたが……どうして最初にリリと遭遇した時、聞こえなかったのか……」
『そいつは私も疑問に思っていたところだの……』
最初に遭遇した時はルシールさんが一番に悲鳴を聞いていました。彼女よりも耳が良さそうなウサギの獣人であるポコちゃんが、どうして聞いていなかったのか……。次に遭遇した時にはまっさきに悲鳴を聞いていたというのに……。
「音の方向、反響によっては聞こえないことだってあるわ……それだけで決めつけるっていうの?」
「では音の聞こえ方がそうだとして……現場に駆けつける時、どうして遠回りな方を選んだんですか?」
詳細なマップを見て気が付きました。先程、リリちゃんを捕まえる際にポコちゃんが案内した道は、現場に近づく際に遠回りするルートを選んでいたのです。もっと近道となるルートがあるというのに。
「それは……音の反響もあったし……それにその道には詳しくなくて」
「おかしいですね。あなたはこの街に住んでいるのでしたよね? だからこの街の道にだって詳しいというから、あの時私たちの道案内役として付いてきたのではありませんでしたか」
「そうだけど……あの辺りは本当に詳しくなくて……」
「ではどうして今、あなたはこんな行き止まりにいるのでしょう? この辺りはあなたの家があるという裏通りですよ」
今私たちがいるのは、最初にリリちゃんと遭遇した場所と近い。確か、この辺りの裏通りに彼女の家があると言っていました。この行き止まりに誘導したのは私ですが、この先には行き止まりがあるということを彼女は知っていたはずです。だというのに、彼女は先程驚いた表情をしていました。まるでこの先が行き止まりであることを知らなかったかのような驚き方です。
「……ええ、そうよ。あたしはこの街の出身じゃないわ」
観念したようにそういうポコちゃんでしたが、まだ諦めてはいないようです。
「では、そういうことにしておきましょう」
「……信じてくれないのね」
「あなたが彼らの仲間ではないという証拠は何一つありませんから」
まぁ、彼女が彼らの仲間だという証拠もありませんけれど。
「……酷いわ。あたしは彼らに脅されていたってだけなのに……」
「ねぇ、クロエさん。彼女もこういっているんだし……信じてあげようよ」
涙目になって訴えてくるポコちゃんを見てか、アジーちゃんがそう言ってくる。
……うーん、うまくいきませんね。どうしても彼女は怪しいと私の勘が働いているのですが……。
「……茶番もそこまでにしなよ、ポコ。その言い訳も通じそうにないよ」
聞き覚えのある声に慌てて後ろを振り返れる。私たちがいる裏通りの薄暗い行き止まりとは反対、日が当たる道からこちらに向かって歩いてくる人影が一つ。私と同じ背丈の赤いフードを被った男がいました。
「はぁ……だんなぁ。せっかくのアタイの努力を壊すなんて酷いっすね」
さっきまでの涙もどこへやら。まっすぐ立っていた耳をダランと落として、先程までと違う気だるげな口調でポコちゃんが喋りました。
「ふふっボクは壊すのが好きだからね」
「……そんなんだから、いっつもあの人に怒られるんすよ?」
二人の会話から明らかに初対面ではないと思われます。――なるほど。
「ポコちゃん、あなたは彼らの仲間のようですね」
「……本当はバラすつもりなんてなかったんですけどねぇ」
ポコちゃんはどこからか取り出した赤いローブを羽織る。
「改めまして……アタイは普段【赤き混沌の使徒団】の顔なし組やってるっす。顔なしだからこそ、バラしたくなかったんすけどねぇ」
その喋り方には覚えがありました。あのデコボココンビのちっこい方の片割れです。
「……あなた、あの時の片割れですね」
「ええっ何言ってるんすか。人違いならぬフード違いを起こしてないっすか?」
「あーやっぱり行ったんだね。森に……」
「違いますって! 行ってないっすって! ホントっすからね、マジで!」
「……キミのそういう諦めが悪い所、ボクは好きだよ? 聞いててもっといじめたくなるね」
「アタイは旦那のそういう所が嫌いっすよ……」
立場的にはあっちの男の方が上なのでしょうか。繰り出される言葉と態度からそう感じられました。いえ、というより力関係が上という感じでしょう。ポコちゃんはあの男を少し恐れているように感じます。
「それにしても、最初から嘘を吐いていたんですね。加害者側なのに、被害者のふりをして……」
「あの蝙蝠女の被害者なのはホントっすよ。アタイの仕事はあの女の排除でしたからね。今回はクロエさんたちのお陰で無事に終わりましたよ。いやーありがとうっすよ。しかし……それで終わりだったはずなのに、どこぞの誰かさんがあれだけ派手にやっといてぇ、鍵一つも奪えないことをしてくれましたからねぇ?」
そう言ってポコちゃんは少し睨むように、あの男を見る。
「あはは、ごめんよ。三分の一のルーレットを外しちゃってさ。ボク、運はいいはずなんだけどね……今回はダメだったよ」
反省の色もなしにおどけた口調でそう答えました。鍵がきちんと奪われていたら、ポコちゃんは正体を表すことなく、姿を消していたかもしれませんね。
「おしゃべりはもういいでしょうか? ……鍵を返してもらいましょうか」
「……嫌に決まってるっすよ!」
そう言うなりポコちゃんが行き止まりの壁に向かって走り始める。そして……高い壁を難なく飛び越えてしまった。
「なっ……あの高さを!?」
「ふふん、もうかわいこぶる必要もないっすからね。こんな高さ……アタイにしたら壁でも何でもないっすよー」
壁の上から白兎がこちらを見下ろしてそう言いました。……兎の跳躍力を甘く見ていましたね。
「じゃっ旦那! 後は任せたっすよ!」
「あっ待ちなさいよ! 逃がすわけないじゃない!」
壁の向こう側に消えていった兎を追うように、アジーちゃんが追いかける。アジーちゃんも獣人。身体能力の高さはポコちゃんにも劣らないようで、彼女も壁を飛び越えようとしましたが……、
「ボクのことを忘れてもらっちゃ困るな~」
その瞬間、壁を飛び越えようとしてたアジーちゃんに向けて火球が飛んでいきました。それが当たったかと思うと、突如として爆発に包まれました。
「アジー!」
「なっなによ……これ……一撃死とかありえないッ!?」
激しい炎が一瞬にしてアジーちゃんを襲ったかと思うと、その死体が地面に落ちてく。そう……彼女は炎に包まれた瞬間に、すでにHPが全損するような攻撃を食らっていたのです。
パーティメンバーである彼女HPは常に画面の左側に表示されていましたが……そのHPが消し飛んでしまったところを見てしまいました。
「ボクのことを無視しないでよ。ボクも、もうキミのことを無視したりしないからさ――クロエ」
ニヤリと、子供のような笑みを浮かべる赤いフードの男がこちらに近づいてきていました。




