78・あの男
「あっははは! あの二人がコソコソと何かやってるから気になってボクも来てみたけど……正解だったなぁ。まさかキミがいるなんて」
真っ赤なフードにローブ姿は彼らの組織の揃いの衣装のようです。あの後に来たデコボコ組の衣装も同じものでしたから。だから、この男があの時の人物か確信が得れませんでしたが、これではっきりしました。
――こいつはあの時の男です。封印を解こうとし、ルシールさんを赤い獣にさせたあの男。
「旦那、何やってるんで……」
「あら、そちらのノッポの方も見覚えがありますね」
「……な、なに言ってやがる。人違いってやつだ!」
あの男の隣にもう一人、赤いフードとローブ姿の人が来ました。あの時のデコボコ組の片割れぽいですね。背が高いので隣のあの男のほうが小さく見える。これはこれでデコボコした組ですね。
まぁ、そうでなくてもあの男は私と背丈が変わらない感じなので、余計にそう見えるのでしょう。
「キミ、彼女と知り合い? ふーん……森にでも行ったの?」
「ななな、何を言ってるんだかさっぱりでさぁ。旦那を差し置いて手柄を頂こうとしたとか、オレはこれっぽっちも思っていやしませんよ! そ、それより旦那、今はそれどころじゃないですって」
「……まっ、それもそうだね」
慌てるノッポの男を一瞥してから、あの男はサヴァールくんの方へ向き直りました。
「私を無視するとは……いい度胸ですね!」
杖を構え、魔法を発動させる。発動の早い【ウィンドカッター】が、すぐに彼に向けて飛んでいくが――、
「おっと危ない」
赤フードの男の周りに身を守るような紫のバリアのような物が展開されました。あれは【結界術】の【防御の結界】のようですね。それに阻まれ、私の魔法は届きませんでした。
「容赦ないねぇ。もし味方に当たっていたら、どうしていたの?」
「その方は盗賊ですから。たとえ当たったとしても、まったく構いません」
「あははっ、それもそうだね。でも、キミの後ろにいる彼には、流石に同じことはできないでしょ」
「一体何を――」
バサリと後ろから羽音が響いた。その何かを知らせるような音に、慌てて後ろを振り返る。
「なっ……カイルさんッ!?」
カイルさんがこちらにむけて、剣を振り下ろしてきました。慌ててなんとか回避する。どうしてカイルさんが私に攻撃をしたのか。その疑問はすぐに分かりました。
「……ッ! すま、ない……クロエ……」
息が荒くし精一杯の理性で返事をする彼の瞳は、いつもの優しい青ではなく狂気の赤に塗りつぶされていました。
「クソッどうなってやがる!? 体のいうことがきかねーぞ!」
聞こえてきたのは慌てるラッシュさんの声や他の方々の動揺の声。
……これで、分かりました。どうして私以外の人間が、彼ら赤フードの連中を止めなかったのか……。霧が晴れてきたことで、周りの状況にも気がつけました。皆、赤い霧の影響を受けていたのです。
「それにしても不思議だな。キミはよくこの状況下で、正気を保つことができているね……。見たところ、お守りなんて物も持ってなさそうなのにさぁ?」
……それは私も疑問に思っていた所です。ですが、答えはすでに出ていました。
右上の状態異常。そこに【混沌】の異常状態が付いたかと思うと、すぐに消えさり、別のアイコンが現れました。
【星石の加護】というバフでした。……このバフを見れば分かる通り、守護者としての力が働いているのでしょう。この程度の混沌なら守護者の力で打ち消してしまうようです。ルシールさんを死の間際のままでなんとか生きていたのも、この力でしょう。
ニィと彼が笑った気がしました。……あぁ、この予想は当たりたくないものですね。
それにしてもお守りですか。やっぱりお守りを持っているとこの霧の中でも混沌化しないようですね。あの男たちもこの状況下で正気を保つことができているのもそうでしょう。
「お守りを持った男の子のことを知っていそうですね」
「ん? 悪いけどボクは覚えがないな。ねぇキミは知ってる?」
そう言って彼は隣のノッポの方を向きました。……クリンくんを攫ったのはこいつじゃない?
「旦那、そいつらにかまってる暇はないですよ。早く戻らないとあの人に怒られますよ」
「確かにまたあいつを怒らせるのは止めておいたほうがいいね。じゃあね、キミと遊べないのは残念だけど……代わりにしばらくそいつと遊んでなよ」
「待ちなさい、質問に答え――ぐっ……!?」
体に衝撃が襲う。カイルさんの【シールドバッシュ】が直撃してしまったのです。まったく、容赦のない攻撃ですね。さらに私は五秒間のスタン判定を食らってしまいました。これでは何もできない。そんな私にさらに攻撃が迫る。
「たくっ世話を焼かせやがって!」
私の元に割り込んできたのは、なんとライトくんでした。彼は上手くカイルさんの剣を大きな大剣で受け止めた。
「ソードカウンター!」
どうやらそれはスキルだったようです。青いエフェクトを纏ったライトくんの大剣は、カイルさんの剣ごと彼を押し返し、壁まで吹き飛ばしてしまいました。
「おい、大丈夫だよな? それからお前は狂ったりしてないよな?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございました、ライトくん」
ライトくんは至って正常のようです。たぶん、彼は勇者だからでしょう。今持っている大剣は、残念ながら勇者の剣ではありませんが……、それでも先程の彼は輝いて見えました。豆電球くらいには。
「それからニルも危険を知らせてくれて、ありがとうございました」
私の近くを飛ぶニルは、先程危険を知らせるように羽音を響かせてくれました。あの音がなければあの時の攻撃を避けられなかったかもしれません。彼はなんでもないというように首を振った後、険しい表情をしたままとある方角を向いています。そうでしたね、まだ終わったわけじゃありませんでした。
「さぁ、盗んだ鍵を返してもらおうかな」
「それは……ぐッ!?」
あの男に胸ぐらを捕まれながら、縛られているサヴァールくんも混沌化していました。
「ふーん。あの人達がどうなってもいいんだね」
「……何の、……話だ……!」
「とぼけるつもり? キミたちがその鍵を盗んだのは彼ら作業者たちを守るためでしょ? ボク達の手に渡らないようにさ――」
「旦那、さっさとずらかりましょうぜ。あいつら正気に戻りつつありますよ」
「……それもそうだね。とりあえず鍵を探すの面倒だし、こいつごと連れて行こう」
この混乱に乗じて彼らはサヴァールくんを連れて、逃げてしまいました。
「ニル、外に出て彼らを探してください! まだ遠くには行っていないはずです!」
ニルが素早く外に出ていく。ニルは私の使い魔だからか、混沌化していませんでした。私の視界の端でニルの視界をモニターしつつ、この部屋の事態の収束を図ろうとします。
「こっちはあらかた大丈夫だよ、クロエちゃん!」
「ミランダさん。それにアールも……」
ミランダさんとアールがポーションを混沌化していた人たちに投げていました。あのポーションは私が作った聖水入りのポーションです。
「でも、ミランダさんには一つしか渡してなかったような……?」
「前に売ってくれたでしょ? 店の商品だけど、非常時用にいくつか持ってきていたんだよ~」
なるほど。だからあのポーションを持っていた二人は、この状況でも混沌化を治すことができたのですね。
「それよりもっとポーションはないの? この数だと殴って気絶するほうが早そうだけど……」
そう言ってハンマー取り出すミランダさん。えっ、まさかそれで殴るつもりですか?
「ポーション代って出るんでしょうか?」
一応ポーション代は貰っておきたい所ですね。……湖の水もポーション制作用の水として大量に持ち歩いているのでこれも使えないことも無さそうですが……聖水並のこれを出したくはありません。出したら何か言われそうです。特にミランダさんあたりに。
ここはそんな貴重なポーションを使用したくないという体で行きましょう。
「あとで請求すればいいじゃない。私もそのつもりだし、なんなら取り立てを手伝うよ~?」
それが伝わったのか、ミランダさんがそんなことを言ってくれました。それはなんとも心強い。
「では、遠慮なく」
私は持っていた聖水ポーションを混沌化していた人たちにかけていきます。エル・ドラードのメンバーたちはもちろんのこと、警備隊の人たちにもかけていく。
あのままでもしばらくすれば治るでしょうけど、その前にハンマーで殴られる危険性がありましたからね? もちろん、あとでポーション代は払ってください。
「すまない……迷惑をかけました」
「いえ、あの状況では仕方ないでしょう」
この場の混乱も収まりました。カイルさんも正気に戻ったようで、先程の行動を謝りに来てくれました。
――さて問題は……、
「どうしよう、サヴァールが連れ去られちゃったよ!」
「落ち着いてください、アジー。彼は大丈夫ですから」
仲間が連れ去られたことで心配するように騒ぎ立てる、アジーちゃんとブルーイくんの姿がありました。




